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「先日は、大変申し訳ありませんでした」


「いや、俺が適当な事を言って焚き付けちゃったせいでもある。あんまり気にしないでくれ」


「すみません……」


 自室、酷くどんよりした表情の橘が正座していた。


 部屋の空気は口を開くのがためらわれる程、重いものだった。そんな空気を吹き飛ばすために出来るだけ明るい声で口を開く。


「初めてのダンジョンに失敗は付きものだ。そんなに落ち込む事はないさ」


「後藤さんもそうだったんですか?」


「いや?特にそんな事はなかっ……いや、うん、そんな感じだ」


 危ない、傷口に塩を塗るところだった。


「そう、なんですね……」


 少しだけ、表情が明るくなった気がする。


「まあ、これに懲りたらダンジョンに行くのは止めた方が良い。まだ若いんだ、探索者以外にも出来る事は沢山あるさ」


「……それじゃ、駄目なんです」


「え?」


 疑問に答えるように、少しの沈黙をおいて彼女は言った。


「お金が、必要なんです」


 何故?とは聞かなかった。


 少なくとも、簡単に聞くべきではないと思った。


 覚悟だ。半端ではない、成し遂げなければならないという、鬼気迫る熱が、彼女の瞳に、声に宿っていた。


 理由は知らない。それでも、譲れない何かがあるのだという事は、察しの悪い俺でも手に取るように分かった。


「それじゃあ、これからも探索者を続けるつもりなのか?」


「……はい」


 申し訳なさそうだが、橘は譲る気が無さそうだ。


 未成年の少女が、命を賭けてダンジョンに潜り金を稼ぐ、か。


「はぁ……」


「っ……」


 俺のため息に、橘は失望されたとでも思ったのか、小さく震える。


 そんな様子を見て、俺は覚悟を決める。


「ふんっ!」


「ひゃっ!?」


 パチンッ!と両手で自分の頬を勢いよく叩く。


 吃驚した橘の可愛らしい悲鳴を聞きながら俺は言う。


「次の探索から、俺とパーティーを組まないか?」


「はぇ……!?」


 パーティー。


 それは探索者達が効率的に、より安全にダンジョンを攻略するための小集団だ。


 目的のためにひた走る彼女には、協力し、時に諌める仲間が必要だ。


 俺に務まるかは不安だが、居ないよりは良い筈だ。


「駄目か?」


「いえ、駄目では、ないですけど……どうして私なんかと」


 理由、彼女の事を危ういと思ったから?助けたいと思ったから?


 それもあるが、一番の理由は、


「俺が大人だから?」


 どれだけギャンブル狂いでも、真面な職に就いていなくても、子供が困っているのなら助けてやるのが先達としての務めだろう。


 橘は驚いたような、戸惑った様な顔で数秒固まる。


 あ、これは何か間違えたか?また変なこと言ったか?


「なんで…………いえ、なんで疑問系なんですか」


 そう言って、零れる様に笑い出した。


 やっぱり間違えたようだ。というか、笑い過ぎじゃない?


 抑えきれないのか、背中を丸めてくすくすと綺麗な笑い声が聞こえる。


「あー、ほら、俺ってあんまり真面な大人じゃないだろ?社会的な信用はほぼないし」


 貯金も無ければ定職にもついていないからな。いや、今は探索者が定職か?


 狭い自室の中で数分、橘が落ち着くまで笑い声が響き続けた。


「すみません。私、後藤さんみたいな大人の人と出会ったの、初めてで」


 そりゃそうだ。俺みたいな駄目な大人は早々いない。俺の誇れる物はこの駄目さ加減だけだからな。


「それで、その……パーティーって、どうする?」


 こんな大人では頼りないかもしれないが。


 質問に橘は背筋を伸ばし、真っ直ぐに瞳を見つめて答えた。


「はい、私とパーティーを組んでください」


「勿論だ。よろしく、橘さん」


祈凛(いのり)です。(たちばな)祈凛」


 これは名前を呼べという事だろう。なので俺も、改めて自己紹介をする。


「俺は後藤龍之介(りゅうのすけ)。これからパーティーを組むんだ。気軽に龍之介って呼んでくれ」


「はい、龍之介さん!」


 こうして俺は、祈凛とパーティーを組む事になった。







「やぁっ!」


 ダンジョンの中、鋭い祈凛の声が響き、突き出した薙刀に似た先端に鋭い刃の付いた武器でゴブリンの喉を正確に貫く。


 ゴブリンは小さく呻き、灰になる。


「おお」


 感嘆の声が出る。


 祈凛の動きには、俺と違い磨き抜かれた武が感じられた。どこかで訓練でも受けていたのかもしれない。


 魔石を拾い、俺の近くに祈凛が駆け寄ってくる。


「どうでした?」


「凄いな、なんと言うかプロの戦いを見てるみたいだった」


「そ、そんな、褒め過ぎです」


 祈凛は嬉しそうに頬をほんのり赤く染め、口元に緩い笑みを浮かべる。


 先日と違い、祈凛の装備は胸部や関節を部分的に守る革鎧になっていた。手に持った槍の武器と合わせてレンタル品である。


 ちなみに俺はいつものジャージに大家さんから貰ったバットである。


 俺もカッコいい装備をレンタルしたかったのだが、借りなかった。いや、借りれなかった。


 理由は勿論金である。世の中、世知辛いね……。


「どこかで槍の使い方を教わったことがあるのか?」


「はい、基礎的な事だけですけど、武器全般の講習を受けました」


「へぇ、そんな講習あるんだ。有名な武術教室の奴だったりするのか?」


「探索者協会が主催の講習ですけど ……」


「もしかして、探索者なら知ってて当然な感じ……?」


「いえ、その、当然というか、探索者協会から武術の訓練は強く推奨されてますし、そうじゃなくても普通はダンジョンに潜る前に武器の鍛錬をするものでは……?」


 うんうん、普通命掛けのダンジョンで準備しない奴とか居ないよね。普通は鍛錬してから行くよね。


「……俺は普通じゃなかったか」


「っ!?た、確かに龍之介さんは普通じゃないかもしれませんが、それは決し良いて悪い意味では無く、良い意味で!良い意味で普通じゃないんです!」


 慰めてくれているんだろうが、そう何度も普通じゃないと連呼されると傷つくんだが。


 しょんぼりとした俺に慌てた祈凛が話を逸らす。


「ゴブリン、近くにゴブリンが居ます!倒しに行きましょう!」


「おう……」


 落ち込みながらも頷き、祈凛の先導に従いゴブリンの元に向かう。


 パーティーを組んでから気付いたのだが、彼女は異能とでも言うべき気配察知能力を持っている。


 ダンジョンは薄暗い。見通しは悪く、少し先の景色すら満足に見えない。だが、彼女はそんな状況でゴブリンの気配を察知することが出来る。


 最初はそういう恩寵(ギフト)でも持っているのかと思ったが、話を聞いたところそうでは無く、直観に近い能力らしかった。


 さらには運動神経も素晴らしく、流石に『身体能力強化』を手に入れた俺程ではないが、かなり動ける。


 武術と組み合わせて考えれば、単純な戦闘能力では俺より上かもしれない。


 先日は身の丈に合わない装備を付け、初めてのダンジョン探索故の失敗だったが、慣れてしまえば一人でも一層なら何の問題も無いだろう。


 そこまで考え、ふと気づく。


 もしかして、助けるどころか俺が足を引っ張ってる?


 え、ヤバくない?大人云々とかカッコつけておいて、それはヤバくない?


 冷たい汗が額を流れる。


 俺は先導されゴブリンを見つけると、勢い良く駆けた。


 全ては大人の威厳を見せる為。え、この人実はダサくない?なんて思われない為!


「うらぁッ!」


 こちらに気付く前に、全力で振ったバットがゴブリンの頭部を砕く。


 確かな感触と共に、悲鳴一つあげれずゴブリンが灰になることを確信する。


 俺は勢いよく後ろを振り返り、祈凛の方を見る。


「どう!」


「……?凄い、です?」


 戸惑っている。


 どうやらこれでは彼女の尊敬を勝ち取れていないようだ。


 くッ!一体どうすれば……!


 考える。彼女に無く、俺にだけある特別な点。


 考えて考えて、思い出す。


恩寵(ギフト)!!」


「ひぁっ!?ど、どうしたんですか!?」


「祈凛、見ていてくれ」


 俺の真剣な眼差しから伝わったのか、ゆっくりと頷く。


「わ、分かりました……!」


 祈凛の信頼と尊敬を勝ち取るため、俺は本気でイメージする。


 俺の恩寵(ギフト)、パチンコ台を!


 …………ちょっと待って、本当にパチンコ台(そんな物)で信頼だとか尊敬が勝ち取れる?


 正気に戻った頃には時すでに遅し、俺の脳内に浮かぶイメージが形となり、ダンジョンの中に見慣れたパチンコ台が形成されていく。


 学生である祈凛は現れたその奇怪な機械を身と一言、


「なんですか、これ?」


 そこにはあったのは信頼でも尊敬でもなく、純粋な疑問だった。


 ですよね……。



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