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私は一体何をしているのだろう?


助けになるつもりだった。恩を返すつもりだった。


なのに、この現状はなんだ?


腕を切り飛ばされ、龍之介さんが空を飛ぶ。地面に落ちて血反吐を吐く。


上位個体(ハイ・エネミー)』の動きが明らかに変わっている。


『身体能力強化』を手にした龍之介さんですら、回避どころか、斬られた事を理解する事も出来ない一撃。


それをいとも容易く放ったのだ。


説明など受けずとも理解できる。あれは別に特別な一撃では無い。ただ、本気を出しただけ。殺さないように手加減するのをやめて、敵として向き合った結果。ただそれだけだ。


上位個体(ハイ・エネミー)』は埃でも払うかのように体を震わせる。


そしてゆっくりと、もはや死に体となった龍之介さんのもとに『上位個体(ハイ・エネミー)』が向かう。


再度、私は思う。


私は一体何をしている?一体何のためにここまでついて来た?


体は、すでに動いていた。


倒れた龍之介さんと『上位個体(ハイ・エネミー)』の間に私は立つ。


助けられてばかりだった。


今日だけではない。初めて会ってから、ずっとずっと。返せる物なんて、私には何にもないのに。


上位個体(ハイ・エネミー)』の動きが止まる。


私を警戒しているんじゃない。どうやって傷付けずに捕まえるか、それを考えているのだ。


上位個体(ハイ・エネミー)』がようやく動き出し蔓を振るう。龍之介さんを倒した一撃と比べて、ずっとずっと遅い速度で。


明らかな手加減に、私は絶望なんかしない。


龍之介さんを守る事が出来るのなら、なんだって利用してやる。






「ぁ……」


視界がちかちかと点滅する。


激痛により、失ったはずの意識が強制的に覚醒を促す。


血、血、血。


足元には、鮮血が溢れていた。


誰の物だろう?


激痛の中でももうろうとする意識の中で、困惑しながらも自分の物だと理解する。


自分一人で出したと思えない程の血液の量に、危機感が抱けない。


まるでスプラッタ映画を見ている様な、ゾッとするものの、どこか他人事のような感覚が抜けない。


俺は、どうなったんだ……。


朧げな視界の中、動き続ける影があった。


なんだ……誰か、居るのか……?


顔を上げて影の正体を確認する。


「いの、り……?」


そこに居たのは血だらけの、ボロボロに負傷した祈凛だ。


槍を杖代わりにしてふらつく体を支えて『上位個体(ハイ・エネミー)』から俺の前に、守護するように立っている。


「何を……」


俺の声に反応する余裕が無いのか、祈凛は必死に『上位個体(ハイ・エネミー)』が雑に振るう蔓を弾き続ける。


「ぐっ……!」


咄嗟に立ち上がろうとするが、激痛と共に体から力が抜けて動けない。


その間にも、防ぎきれない蔓が祈凛の体を打つ。『上位個体(ハイ・エネミー)』が嬲るように、祈凛を傷付けていく。


「祈凛っ!逃げろ……!」


余りにも無謀だ。


この戦いの先に勝利などない。ただ死ぬのを先延ばしにしているだけだ。


考えなくても分かるだろう。こちらは一切の攻撃が出来ず、ただ相手の攻撃を防ぎ続けるだけ。それでは例え敵を一撃で倒せる必殺技を持っていたって勝てっこない。


無駄だ。無駄なのだ。


最早逃げる他にない。


だというのに、一瞬、こちらを振り返って小さな微笑みを浮かべて祈凛が言う。



「───龍之介さん、わがままを言います。私の代わりに妹の事、お願いしますね」



「はっ───」


俺の返答を聞くより早く、祈凛が『上位個体(ハイ・エネミー)』に向かって駆ける。






『可哀そうに』


父と母の、厳かな葬式の中で親戚の誰かが言った。


まだ小さく、両親の死すら理解していないだろう妹の手を掴みながら私はただじっと耐えていた。


深い悲しみとこれからの不安はあったけれど、妹の事を思えば耐えられた。


妹が居れば、私はどんな苦難にだって立ち向かえた。


それから私と妹は、遠い親戚の家に預けられることになった。


幸い、私たちを引き取ってくれた初老を迎えた親戚夫婦はとてもいい人たちで、家族を失ったばかりの私達にとても優しくしてくれた。


親を失ったばかりの妹は毎日泣いてばかりだったけれど、親戚夫婦のおかげで長い時間を掛けながらも両親の死を何とか受け止めることが出来た。


私も、親戚夫婦に迷惑を掛けない為、ひいては自分と妹の未来の為に勉強を頑張った。


家事手伝いなんかを通じて親戚夫婦と仲を深め、私自身もようやく立ち直ったと言えるようになったその矢先だった。


『お姉ちゃん、足が、なんか変なの……』


妹の足、そこには小さく硬い、鉱石の様なできものがあった。


少しの不安はあれど、直ぐに治るのだと思っていた。ようやくこれからだって、そう思っていた。


なのに、


『残念ながら、完治は非常に難しいです』


『…………ぇ?』


白衣の医者は、重く言葉を零す。


その言葉は、私の取って到底受け止められないものだった。


『魔鉱体異形成病』。それが妹を蝕む病の名だ。


曰く、完治不可の病。


症例の少ない非常に珍しい病で、病の進行を遅らせることは出来ても、現代医療では明確な治療法が未だ見つかっていない。


どうして妹が、これから幸せになる筈の妹がそんな目に合うのか。もう十分不幸な目に遭ったではないか。


怒り、絶望、恐怖。


負の感情が私の中に吹き荒れた。


そんな私に、医者は苦しそうに言う。


『治療手段が無い訳ではありません……』


そう、妹の病は()()()()()()()()()()。だが、ダンジョンに適応して千差万別の異能の力を手に入れた『恩寵保持者(ギフトホルダー)』ならば?


居るのだ。完治不可能、不治の病を癒す事の出来る人間が。


私はその事実を知り、直ぐに妹の治療をお願いしようと思った。


だが、私はまたしても絶望する事になる。


金だ。莫大な金。それが必要だった。


妹の病を治すためには、常人が生涯懸命に働いても足りない程の、桁外れの金が必要だった。


当然だ。不治の病を治すなんて規格外の『恩寵保持者(ギフトホルダー)』など、世界中で引く手数多だろう。


そんな人間を呼ぶのに、莫大な金が必要な事は至極当然だった。


私には、どうする事も出来なかった。


どれだけ頑張ろうと、子供の私には限界がある。親戚夫婦にもそんな資産は無く頼れない。仮にあったとしても、どの面で頼むというのか。


無力感に押しつぶされそうだった。


何よりつらかったのは、病気が判明した後の妹の態度だった。


『大丈夫だよお姉ちゃん、そんなに心配しなくても』


自分がどのような状況にあるのか理解していない訳では無い。


むしろ誰よりも、患った病について説明を受け、調べただろう。


だというのに、自分よりも私を心配して作り笑いを浮かべる姿は見ていられなかった。その瞳に見つめられるだけで泣いてしまいそうだった。


私は必死になって調べた。


妹の治療費を工面する方法を。


子供の私が出来て、かつ高額な金銭を得られる方法。それも妹の病気進行する前に、短期間でなくてはならない。


真っ当な方法では不可能だ。いや、例えどんな方法でも、難しいだろう。


だが、その細い希望を叶えるための方法を、私は見つけた。


探索者。


それが私に出来る、妹を助けるための唯一の方法だった。


即座に行動に移した。探索者免許を取り、必要な武術を習った。


親戚夫婦には激しく反対された。


貴方がそんなことをする必要はない。私たちが何とかすると。


妹にも心配を掛けた。


それでも私は止めなかった。止める事なんて出来る筈が無い。もう、家族を失う事には耐えられない。


私は家出同然で飛び出した。


だが、何の準備も無く飛び出して来た私は家を決める事にも苦労した。


もし大家さんに出会っていなければ、私は野宿しながらダンジョンに潜る事になっていたかもしれない。大家さんが柚子樹荘を紹介してくれて本当に助かった。


そして私は、龍之介さんに出会った。


ずっとずっとずっと、龍之介さんには助けられていた。


引っ越したばかりで怯えていた私を励まして、ダンジョンで身の丈の合わない防具で倒れた私を助けて、大人だからなんて理由で一緒にダンジョンに潜ってくれて。


どうしてここまで手伝ってくれるのか、初めの頃は何か企みがあるのではないかと思っていた。


しかし、違ったのだ。龍之介さんには何の企みも無かった。あるのは子供の私を守ろうとする、善意だけだった。


龍之介さんはどうとでもない事の様に言うけれど、この世界に見知らぬ子供の為に命懸けのダンジョンへ一緒に潜ってくれる人がどれだけいるだろうか?


何の実績も無く、役に立たない所か未熟な探索者は仲間に危険ばかり増やすのだ。


そんな事、教えられなくてもダンジョンに潜っていれば分かる事だ。それに龍之介さんには才能がある。ダンジョンに潜って一日で『恩寵保持者(ギフトホルダー)』になってしまう程の、眩い才能が。


私には追い付けない速度で強くなる彼に寄生しているのだ。とんだ悪女だ、私は。


そんな私を助けるために龍之介さんは『上位個体(ハイ・エネミー)』に挑み、傷ついている。


こんな事、到底許されることではない。


いいや違う。許されても助けたい。底抜けにお人好しで、ちょっと抜けたところのある龍之介さんを。頑張り過ぎてしまう龍之介さんを。


たとえ─────()()()()()()()()()






上位個体(ハイ・エネミー)』が操る蔓が迫る中、全速力で駆ける。


緩い。


迫る蔓は私を捕まえるつもりが無いと断言できるほど、密度も速度も緩かった。


近づいてくれるのなら都合がいいとでも言うように、あからさまな手加減がある。


駆けながら、私は呟く。


「『起動(イグニッション)』」


蔓を避けながら、『上位個体(ハイ・エネミー)』との距離が縮まっていく。


その度に蔓の密度は増していく。


槍で切り払い歩みを止めない。払いきれず、体に蔓が巻き付いても決して止まらない。


進んで進んで、やがて全身に蔓が巻き付いていく。


「ガガッ」


完全に動きを止めた私を『上位個体(ハイ・エネミー)』が嘲笑する。


そして捕まえた私を観察しようと、わざわざこちらに歩み寄ってくる。


傲慢で、こちらを完全に見下した態度だ。


そんな態度に、私は嗤い返す。


捕食者気取りの『上位個体(ハイ・エネミー)』ならそうしてくれると思っていたから。


嗤いながら、感じる。


胸元に秘めたモノから熱を帯び始めている事を。


「─────さよなら」


瞬間、爆ぜる。


紅く輝く迷宮鉱石、『ラビリンス・スカーレッド』が。


上位個体(ハイ・エネミー)』と私諸共に。


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