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かつて

「ふ、ふざけるなよッ!儂を誰だと思っているッ!?」


豪奢な調度品で飾られた一室、そこで小太りで中年の男の声が木霊する。


男は通話の繋がった電話に向けて唾をまき散らす勢いで怒鳴り続けた。


「言い訳などいらんッ!つべこべ言わずに援軍をさっさとよこせと言っているッ!儂は支部長だぞッ!?貴様なぞ、儂の機嫌一つで首が飛ぶことを理解しろ、この愚か者がッ!!」


思う存分罵倒を吐き切ったのか、叩き壊す勢いで通話を切り座っていた椅子へ乱暴に座りなおす。


自らを支部長と叫び、通話を切断してからは不安そうに爪を噛む中年の男。その左右には、二つの人影があった。


二つの人影は同じ様に、要所をプロテクターで覆った近未来的なアーマーを着込んでいる。そしてその背中には、でかでかと『警備隊』という文字が刻まれていた。


「おい、援軍の話はどうなった?」


影の片割れ、口から飛び出た八重歯が特徴的な女、福宮(ふくみや)が支部長に声を掛ける。


「フン、あの愚か者共は事の重大さを理解していない。緊急依頼を受ける人材が近くに居ないなどと抜かし負った。人材など、そこいらの探索者を強制的にダンジョンに連行してしまえばいいのだ」


忌々し気に人権を無視した発言をする支部長に対してもう一つの影、長身で顔に大きな傷跡を残す男、揺路(ゆろ)の表情がピクリと動く。


だが、揺路は何も口には出さなかった。


……コイツはもう駄目だな。


何故なら既に、支部長を見限っていたからだ。


探索者協会本部の許可も取らずに防衛依頼を発令、その上、降級を含む罰則をちらつかせての依頼など前代未聞だ。さらに自らの保身の為にダンジョン内外の治安維持の為に存在する警備隊を護衛に使っているのだ、許されるものではない。


探索者協会はダンジョンの管理を最優先に考えている。事実上の強制依頼はまだいい訳が聞くだろうが、警備隊の私的利用は間違いなく咎められる。


この男の椅子も、今日限りだろう。


揺路はそう思っていても、もう一人の警備隊員である福宮は状況を理解しきれていないようだ。


「やはり、今からでも私たちが援軍に行った方が良いんじゃないか?」


「だ、駄目に決まっているだろう!わ、儂に万が一何かあれば誰がこの場の指揮を執るというのか!?お前は儂を守ることだけ考えておればいいッ!防衛に加わるとしても、援軍が来てからだッ!」


「しかし……」


必死に援軍に行こうとする福宮の説得に掛かる支部長を、揺路は冷めた目で見た。


警備隊は大抵高位の探索者が依頼を受けてなるものだ。報酬自体は高位の探索者にとって割の良い仕事では無い。だが協会からの評価や人脈を広げる上では有用だ。


その点、この支部長は随分と役に立ってくれた。


政治的闘争でこの地位に上り詰めただけあり、広い人脈と協会本部にまで伸びる太いパイプは俺の将来の為に必要だった。


だが、ここが潮時だ。


いつまでも沈む泥船に残るつもりはない。俺には俺の、高額生涯年収(ハイスコア)を上げるという目的があるのだ。


ここに居ると俺の評価にも差し障り、傷がつく。そろそろお暇させてもらうとしよう。


男が支部長にその意向を伝えようとすると───


「───失礼する」


そいつは、何の前触れもなく部屋の中央に現れた。


反射的に、遅いと分かっていながらも揺路は腰に付けた自らの獲物である長剣に手を掛ける。


「だ、誰だ貴様はッ!?」


支部長がのけぞりながら、恐怖を顔にありありと浮かべて叫ぶ。


不本意ながら、揺路も同意見だった。


一体誰なのだ、コイツは。


珍しくもない黒髪に高くも低くもない身長、それらが合わさり中性的な容姿を形成、そしてコンビニの制服の様なラフに格好。


ショップ店員ですと言わんばかりのその姿は、いっそ清々しい程にこの場所に場違いの人間だった。


ソイツからは気配が感じられない。目の前に捉えているのに、実在するのか疑ってしまいそうな程に存在感がない。


場違いであり異常。


だというのに、一切の敵意が抱けない。


無害な樹木を目の前にしている印象すら受ける。


「失礼、私の名前は───」


「───雨尾(あまお)さんっ!どうしてここに!?」


食い気味に警備隊の女が名前を呼ぶ。


雨音と呼ばれたソイツは、自己紹介の言葉を奪われ苦笑する。


「福宮、貴方に用があったんですよ」


「わ、私ですか!?な、何かありました!?」


警備隊の女、福宮が驚き声を裏返しながら聞く。


「久しぶりに今から私とダンジョンにいきましょう」


「なん、いや、えっ、あ、はい……?」


どもりながら、何故か了承する福宮。


雨尾はにっこりと柔和な笑みを浮かべて混乱した福宮と共にダンジョンに向かおうとする。


そんな二人に、口を挟む男が居た。


「ま、待て!貴様等、そんな事が許される訳が無いだろう!」


怒りに顔を歪めた支部長だった。


「……許さない?一体、誰が許さないのですか?」


対して雨尾は、ゆっくりと、平坦な言葉を返す。


「儂だ、儂が許さん!」


「……何故です?今現在ダンジョンでは探索者達が命懸けで防衛しているのですよ?警備隊を遊ばせている余裕はないのでは?」


「だからこそ儂の護衛と言う重要な任務があるのだろうが!おいお前たち、この不法侵入者を叩きのめせ!」


唾をまき散らし、醜悪な顔で支部長が叫ぶ。


「はぁ……」


ため息、瞬間、雨尾の姿が消える。


「っ……!?」


「がっ……!」


支部長の体が宙に浮く。雨尾が傍で控えていた警備隊の男の警戒を跳び越えて胸ぐらを掴み、吊り上げる。


「───この期に及んで自らの保身を優先するか」


静かに、声を荒げる事無く紡ぐ言葉には、確かな怒りが込められていた。


「が、ふがっ、……き、しゃ……」


口の端に泡を吹きだした支部長を見て、雨尾が乱暴に手を離す。


椅子に打ち付けれるように落ちた支部長は、ゲホゲホと息を整えて瞳に怒りと狂気を乗せて叫んだ。


「貴様ぁッ!儂にこのような事をしでかして、ただで済むと思うなよッ!!」


「結構。好きになさるといい、私も好きにさせてもらいます」


雨尾は踵を翻し、扉に向かう。


福宮もその後を追い、おろおろとしながら出ていった。


「おい!他の警備隊を呼び戻せ!」


「……呼び戻してどうする?」


「決まっているだろうがッ!雨尾とか言う生意気な探索者を叩きのめすのだ!」


「……職員の避難はどうする。まだ全員避難出来たわけじゃないぞ」


「有象無象の避難なぞ後回しだ!」


怒りに我を忘れ、ただ報復のみを考える目の前の男。


「すまんな、俺もここまでだ。退職させてもらう」


「……は?き、貴様、何を言っている……?」


「世話になったな」


それだけ言って部屋を出る。


その直後に罵詈雑言が部屋の中から溢れ出していたが、気にせず先に部屋を出た雨尾たちを追っていく。


揺路は思い出していた。


雨尾と言う名前、中性的なその容姿。そして瞬間移動したようなあの動き。その全てが指し示している一人の人間を。


───雨尾景虎(かげとら)


かつてこの国で最高峰の探索者として名を馳せた男。


現役を退いたとは聞いていたが、こんな所で出会えるとは。


笑みが浮かぶ。


ここで恩を売る。縁を作り、俺の高額生涯年収(ハイスコア)に貢献してもらう。


揺路は黒い笑みを浮かべながら走る。


こうして雨尾と警備隊を含めた三人は、魔物溢れるダンジョンへと向かっていく。










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