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怪物

「いけるぞ!」


戦う探索者の内、誰かが言った。


油断かもしれない。だが、確実に戦況はこちらに傾いていた。


魔物達の数は減り、新たに追加されることも少なくなってきている。


探索者達も無傷とはいかないが、重傷者を出さずに戦闘を続けている。


───勝てる。


探索者達の中に、明確な勝利への道が見えてきた。


そのおかげか、探索者達の勢いは増し、魔物達を駆逐していく。


俺達もその勢いに乗り魔物達を打ち倒して───ぞわりと、身の毛がよだつ恐怖が全身を襲った。


「……どうしたんですか?」


戦いながらも、祈凛が俺の変化を悟り聞いてくる。


「いや、何か、感じないか……?」


我ながら曖昧で掴みどころのない質問だと思った。


だが、胸の中から湧き上がる根拠不明の恐怖が、これから起きる何かを予感している気がしてならなかったのだ。


しかし、その質問の答えを得るよりも早く、『ソレ』は動いた。


「がっ───!」


眼前、大きな何かが通り過ぎる。


違う、何かではない。通り過ぎた何かを俺は知っていた。


それは、禿頭の大男だった。戦斧を振り回し、ここまでの有利な戦況へと導いた林部双喜と言う男だった。


飛んだ林部は勢いそのまま壁に激突して倒れ、ピクリも動く様子がない。


「林部!?」


気づいた入曽が声を上げた。


何が、一体何が起きた。


『ソレ』はゆっくりと、這い出る様に現れた。


触手の様な自在に動く、黒緑色の植物だった。太く、細く。大小混ざった植物が複雑に絡み合い、二足ニ腕を形成していた。


子供の描いた下手くそな棒人間をそのまま巨大化させた様なその姿だが、頭部に当たる部分、そこだけは違った。


怪物の殺意そのものを形にした様な、薄暗いダンジョンで妖しく光る極彩色の紅い宝石が埋め込まれていた。


何だよ、コイツは……。


突然の怪物に、誰もが動けなかった。


林部が倒された原因がこいつあると分かった、俺や入曽達も例外では無く。


この怪物の圧が、溢れ出す殺意が、直感させていたからだ。



─────下手に動けば死ぬ。



抵抗するどころか、指一本動かせない。


怪物を認識した瞬間、体が凍り付いたように動かない。


だが、こちら側の様子など気にすることも無く、怪物は動き出す。


「ガッ─────」


怪物が腕を振る。


薄暗いダンジョンの中でギリギリ目視できる距離、届かない筈だった。


だが、伸びる。怪物の腕が、鞭のようにしなり向かってくる。


「なっ!?」


ただでさえ視認性の悪いダンジョンの中で、高速で向かってくる鞭のよう一撃を避けるのは至難の業だ。


反射だった。


迫りくる一撃に対して、最近の日課と化していた訓練のおかげで、思考するよりも早く体が動いた。


横に飛び込むように転がる。


ギャジャッ!っと、まるで刃物で無理矢理地面を削り取った様な音を立てその攻撃は俺が先程までいた地面を穿った。


当たれば恐らく即死していただろう一撃だった。


「龍之介さん!」


「来るなっ!」


後方、近寄ろうとする祈凛に向けて叫ぶ。


駄目だ。あの怪物は、強すぎる。


林部が不意を突かれやられた今、この場で怪物に対抗できるのは俺しかいない。


他の探索者では基礎能力が違い過ぎる。ダンジョンに適応して身体能力を伸ばした林部か、『身体能力強化』を得た俺でなければ、近づくことすら出来ずに死んでしまう。


いや、俺でさえも、実力不足だ。


だが……。


今は、誰もが必死に戦っていた。余裕なんてある筈が無く、全力を賭していた。


もしあの怪物がここに来たら?


間違いなく、防衛線は崩壊する。数秒すらも持たないだろう。


誰かがやらねばならない。倒せなくてもいい、せめて今いる魔物達を倒し、来るかもしれない援軍を期待して時間さえ稼げれば……。


「ふぅ…………」


息を吐く。吸って、吐く。


「うし……」


覚悟は決まった。


随分とあっさり決めれてしまった。一度死にかけたからだろうか?


先程まで感じていた恐怖が、泡のように溶けていく。


「龍之介さんっ!」


祈凛の叫びを無視して、俺は怪物に向かい駆けだす。


───星の一撃。


手に持つ『多衝棍』が、淡い光を放ち始める。


「ガガッ」


怪物は笑ったように見えた。


瞬間、怪物の両手がブレる。すかさず回避する。


回避と言っても先程と変わらない。勘だ。


右に飛んだが正解したようで、触手によって地面が抉られ弾け飛ぶ。


だが、抉られた地面から発生した飛び石が俺の顔面に向かってくる。


視認した。体を捻り、動きを止めれば回避できる。だが、今その行動は死に直結する。故に無視。


「ぐっ……!」


結果、額に当たり血が噴き出る。


しかも運悪く、額から溢れた血が右目に入り視界を奪う。


ただでさえ見えずらく、距離を詰めている事で回避困難な触手攻撃を予知する事すら難しくなった。


「はは、はははははははははは!!」


笑う。


笑う笑う。


気が狂ったように口から哄笑が噴き出す。


死を間際にして、脳内麻薬がどぱどぱと溢れ出している。


最悪な状況で、最高の気分だった。まるで後先考えずに好きなだけギャンブルをしている様な気分だ。


いや、今やっている事はギャンブルだ。命懸けの。


怪物は腕を振るう。


右、左、左、中央。


考えない。全ては反射的に体が動いた。


勘だけではない。運だ。どうやら俺は今日ツイているらしい。


全力で距離を詰める。


走って避けて、遠く思えた距離は一瞬で無くなった。


『星の一撃』により『多衝棍』は眩いとまではいかなくとも、十分な威力()を携えていた。


至近距離、最早回避不可能の距離での触手攻撃に合わせて『多衝棍』を振る。


「死ねっ!!」


恐らく、一撃と共に反撃の触手攻撃で俺は戦闘不能になる。


だが、この一撃、『星の一撃』の合わさった『多衝棍』の一撃さえ当たればそれでよかった。


倒せないかもしれない。だが、『多衝棍』ならば吹っ飛ばせる。距離が出来る。時間が稼げるのだ。


世界が、ゆっくりと感じられた。極限の集中が、体感速度を送られている。


一撃が、怪物に迫る。


正確に頭部の紅い宝石を捉えた一撃。ゆっくりと、確実に接近し───()()()()()()()()()()()()()()()


「ぐぁっ!」


さらに宙に浮いた俺に触手が迫り、容赦なく地面に叩き落される。


地面に当たった瞬間、体の中の何かが砕けた。


「っ───!」


悲鳴すら出なかった。今までの人生で味わった事の無い激痛に、視界がちかちかと点滅する。


明滅する視界の先、一体いつの間に現れたのかそこには怪物の他に二つの影があった。


それは闇を切り取った様な、瞳も牙も、その体を構成する全てが黒い狼だった。それが二頭、王に侍る忠実な従者のように怪物に寄り添っていた。


何だよ、何だよそれ……。


「ガガッ」


怪物は嗤った。


最初から、勝ち目などなかった。


俺は攻撃を回避していたんじゃない。回避()()()()()()()んだ。


怪物の声と、態度で理解した。


コイツは、遊んでいるんだ。必死に足掻く俺を使って。


激情が、痛みを無視して俺を焼く。


怒りだ。許し難い怒り。


「がっ、アアぁッ!!」


血反吐を吐きながら、無理矢理体を起こす。


だが、現実は非情だった。


「ぁっ……」


倒れる。体が、立ち上がれない。


余りにも、傷が大きすぎた。『再生』では癒しきれない程の重症だった。指先から、熱が抜けていく。


それでも睨んだ。怪物を。


例え体が動かなくとも、この意志だけは負けていないと。


「ガッ」


怪物はつまらなそうに、どうでもよさそうに腕を振るった。


それは俺にとっての、致命の一撃だった。


迫りくる触手を俺は受け─────無かった。


体が浮き上がり、ふわりと回避した。


俺が動いたわけでは無い。体が勝手に動いたのだ。いや、動かされたのだ。


それはピンクの髪が特徴の、優しい少女によるものだった。


「い、のり……」


「大丈夫です龍之介さん、私が何とかします……!」


そう言った祈凛の手は震えていた。


握った槍の穂先はガタガタと震え、とても戦えるように見えない。


それでも彼女は、俺を背にして立っていた。


恐ろしいだろうに、無理だと分かっているだろうに、自らの実力を過信して戦った愚か者を守るために立っているのだ。


「やめ……にげ……ろ…」


口から血が溢れて、上手く言葉が繋がらない。


「嫌です、逃げません」


それでも意図は伝わった。だけど彼女は逃げない。


振れる穂先を怪物に突き付け、少女は言う。


「次は私が守ります」


止めろ、止めてくれ。


声が出ない。体が動かない。


全身を貫く激痛よりも、この後の起きる惨事を想像する方が辛かった。


「ガァッ」


怪物が動く。


動け、動け動け動け動け動けッッ!!


鳴りやまない頭痛が、激しく内側から突き破るように限界を超える。


意識が─────



「─────遅れました」



声の主は、突然現れた。


肩で綺麗に切り揃えられた珍しくも無い黒髪、整った顔立ちだが癖のない顔つき。身長は男性にしては低く、女性にしては高い。中性的な顔立ちと相まって男女のどちらとも判断できず、ダンジョンと言う危険地帯に似合わない、見慣れたショップの制服姿。


俺はその人を知っていた。名前は知らないが、確かに交流があった。


何時も見慣れた柔和な笑顔は無く、感情の見えない硬い表情を浮かべ、その人は怪物の前に足を踏み出す。


「反撃と行きましょうか」


その人はレンタルショップの店員さんだった。



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