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修行

「俺が思うに、大抵の事件や事故は暴力で解決できる」


 なんて乱暴な理論だ。俺は震える。


 日を跨ぎ翌日、朝早くから部屋を訪ねてきた雁街さんに外に連れ出され、柚子樹荘の庭にて向き合う。


 雁街さんは防具も武器も身に着けず、普段着そのままの姿。俺も防具は付けていないが、『多衝棍』代わりの棍棒を手にしている。


 今から始まるのは、純粋な決闘だ。


 雁街さんは俺の実力を測る為、そんな野蛮なことをしようとしているのだ。


「や、やっぱり止めないっすか?」


 俺は逃げ腰で呟く。


「何故だ?」


 一見すれば、武器を持つ俺の方が有利に見えるだろう。


 確かに俺は棍棒、雁街さんは素手だ。明確なリーチの差がある。リーチの差と言うのは、素人からしてもかなり大きいハンデだろう。


 だが俺は知っている、雁街さんの人間離れした身体能力を。


 あれは柚子樹荘の住人で宴会をするために買い物に行った時の事。


 俺と雁街さんが買い出し係として食料を買い、柚子樹荘に戻ろうとしていた時にそれは起こったのだ。




 暑い。重い。帰りたい。


 季節は夏。眩い太陽が燦燦と地上を照らしている。


 両手にパンパンに詰まったビニール袋を握りしめ、額から汗を流す。


 何故、俺がこんなことをしなければいけないのか。全く持って納得できない。


 買い出し係を決めるじゃんけんでグーでは無く、チョキを出していればこんな重労働をせずに済んだのに……!


 憎い。じゃんけんが憎い。俺に勝ったソフィアと大家さんが憎い。


「雁街さん、さっさと帰ってビールを飲みましょう」


「そうだな」


 同じく買い出し係として荷物を抱えた雁街さんに話しかける。


 見た目通りの体力があるのか、この暑さで汗一つかいていない。楽そうだな、俺の荷物持ってくれないかな。


 暑さでぼーっとする頭で都合の良い事を思いつつ、ふらふらしながらも柚子樹荘に向けて歩みを進めていく。そんな時だった。


 小さく丸い影が、目の前を横切る


 それは交差点沿いにある公園から飛び出すサッカーボールだった。次の瞬間、サッカーボールを追って道路に飛び出る少年が目に入った。


 そして少年に不幸にも、当然のように巨大なトラックが迫った。


 耳を劈くクラクションとブレーキの音。


 ドラマや漫画の導入にでもありそうな、質の悪い光景に俺は咄嗟に動けなかった。


 しかし、雁街さんは違った。


 投げ捨てる様に荷物を手放し、少年の方に走る。


 その速度は恐ろしく早く、迫るトラックよりも先に少年の元にたどり着いた。


 そして少年を抱え、投げ飛ばす。


 宙を舞う少年が悲鳴を上げながら、俺の胸元に向かってくる。


「うぉっ!?」


 がっ、と衝撃を受けながらも少年を受け止める。


 受け止めながらも、投げ飛ばした雁街さんの方を見る。


 間に合わない。


 トラックは既に雁街さんの目と鼻の先にあり、どれだけ足が速かろうと、避ける事は不可能な距離にあった。


 不可避の惨劇が頭の中を過る。


「雁街さん!」


 悲鳴にも似た俺の声。


 その時雁街さんは、ふっ、と笑った気がした。


 雁街さんの体が、大きく跳ねた。


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 高飛びのように宙で体を捻り、芸術的に、アクロバティックにトラックを背にして跳び越えたのだ。


「─────」


 それを見た俺は声も出なかった。


 目の前で起きたことだというのに、現実に起こったことなのか信じられない。


 無事に着地し、立ち上がった雁街が唖然とする俺の方を見る。


「子供は無事か?」


「え、あ、はい……」


「そうか、それなら良い」


 死にそうな目に合っていながら、自分のことよりも子供を心配する言葉に俺は心底ドン引きする。


 この人、真面じゃねぇ……。


 そんなことを思いながらも、迷わずに命懸けで誰かの為に動く彼に尊敬の念を抱いた。




 ほぼ垂直跳びで三メール以上飛ぶ雁街さんの蹴りを喰らったらどうなるんだろう。死ぬよな普通に。


「じゃあ、取り敢えず始めるか」


 昔の事を思い出しながら物思いに耽っていると、俺の意思を無視して戦いが始まろうとしている。


「いや、だから待ってくださいって!マジで無理っすよ!」


「安心しろ、しっかり手加減はする」


 そう言ってゆっくりと前に倒れるようにし、滑らかに加速して俺に飛びかかってくる。


「ちょ!?」


 問答無用の行動に、俺も覚悟を決める。


 ここは落ち着いてリーチの差を活かす。


 相手は素手、間合いに入る前に棍棒で弾き飛ばす!


『身体能力強化』で常人離れした筋力を使い棍棒を振り回す。


 低層に住むゴブリンとはいえ、魔物でも回避できず、当たれば頭部を完全に破壊する一撃、これには流石の雁街さんも回避に専念しなければならない。


 そう思っていたのだが、ぬるりと、振った棍棒の下を通り滑るように避けられる。


 何っ!?


 間合いの見極めをしくじった。焦りの余り、想定よりも早く棍棒を振ってしまったのだ。


 雁街さんはそのまま懐に入り、拳を俺の腹部に向かって突き出す。


「───らぁっ!」


 体中の筋力を使って、無理矢理体を反って拳から逃れる。


 そのせいで体勢が崩れ、背中から地面に倒れていく。が、それを利用して片足を振り上げ、目の前の雁街さんを蹴り飛ばす。


 確かな感触と共に吹き飛び、俺と雁街さんに距離が出来る。


 ッぶねぇ!もう少しでぶん殴られるところだった。


「ほう、流石に探索者をやっているだけはあるな。もう少し本気を出しても良さそうだ」


 数メートルは蹴り飛ばされたはずなのに、何事も無かったかのように雁街さんは再度こちらに向かってくる。それも、先程よりも早く。


 俺も焼き直しのように棍棒を振るう。


 大事なのは距離感、間合いにさえ入られなければやられようはない!


 次こそ回避できないよう、タイミングも速度も狙いも、完璧に合わせる。


 決まった!


 回避不能の一撃が、正確に雁街さんの胸部を襲う。


 だが、


「ふんッ!」


「がっぁ!?」


 ゴブリンを一撃で粉砕する程の攻撃が、探索者でもないただの人間の拳に弾かれた。


 馬鹿な。


 思い出す、雁街さんの驚異的な身体能力を。


 いや、流石に人間辞めすぎでしょ!?


 弾かれて隙だらけの俺の顔面に向かい、拳が近づく。


 回避回避回避!!


 見える。だが、体の動きが間に合わない!


「ぶべらっ!」


 ガンっ、と勢いよく顔面に拳がめり込み、俺は吹き飛んだ。




「はっ!!」


「おお、起きたか」


 目を覚ますと、目の前には大家さんの小さく可愛らしい顔があった。


 後頭部には柔らかい感触。どうやら俺は大家さんに膝枕されているらしい。


「い、一体何が……?」


「お前、雁街にぶん殴られて気絶してたんだぞ」


「ああ、そういう事っすか……」


 クリーンヒットした一撃は、俺の意識を刈り取っていたようだ。


 その結果何故大家さんに膝枕されているのかは謎だが、まあ嬉しいので細かい事は気にしないでおく。


 看病してくれた大家さんに感謝を伝えながら体を起こすと、雁街さんが水とタオルを持って来ていた。


「すまない、やり過ぎた。ついつい熱が入ってしまった」


 申し訳なさそうに、頭を下げてくる。


「いえ、いや、まあ正直いきなりでやり過ぎだとは思いましたけど、俺の為にやってくれたんすからそんなに申し訳なさそうにしないでください」


 確かに乱暴な方法ではあったが、元々はソフィアの直感への解決策として行動してくれたのだ。


 結果は残念な感じだったが、文句を言うのは違うだろう。


「すまんな」


 もう一度謝罪を口にしてから、コップに注いだ水をを手渡してくる。


 受け取って水を飲みながら、これからの事について聞く。


「結局、どうしたらいいんすかね。どうしようもない気がするんですけど」


「いや、対策、というか解決方法は分かったぞ」


「マジすか!一体どんな方法が!?」


 一体何を思いついたというのか、あの一方的な戦いでは何も分からなかったと思うが。


「驚くようなことじゃない。そのまま探索者として生活していれば時間が解決するってだけだ」


「……どういう事っすか?」


 琴音が言っていたダンジョンに『適応』するとかそういう話か?


 聞いたところによると、かなり長い時間が必要らしいが。それでは、ソフィアの直感で示唆された不幸に間に合うか分からないんだが。


 雁街さんの真意を図りそこね、訝しむ。


「もう必要な物は既に揃っている」


「……??」


 ますます分からない。


「最後の一撃、目で追えただろ?」


「え、まあ、はい……」


 それがなんだ。


「あれを回避する能力は、既に龍之介に備わっている」


「いや、いやいやいや、実際に回避出来てなかったっすよ」


 見えていても、体は動かなかったのだ。


「それは動きに無駄が多いからだ」


「無駄?」


「そうだ。自分の実力以上に身体能力を上げる探索者によくありがちなんだ。自分の体を使いこなせないのは」


「そう、なんすか?」


「ああ、特に急激に成長した奴ほどそういう傾向が強くなる。本来の実力を引き出せていたなら、こんなにあっさり負ける事は無かった筈だ」


「はぁ」


 たしかに俺は段階を踏んで『適応』したのではなく、恩寵(ギフト)によって『身体能力強化』を手に入れ一気に強くなった。そのポテンシャルを引き出せていないという事か。


「じゃあ、どうしたらその本来の実力を引き出せるんです?」


「簡単だ。慣れろ」


「な、慣れる?」


「体を動かしていれば、自然と身についてくって事だ。取り合えず毎日欠かさず今日みたいに俺と訓練だな。そうすれば数日でかなり馴染むと思うぞ」


「……マジすか」


 普通に嫌だ。


 嫌過ぎて隣の大家さんに止めてもらおうとチラ見する。


「怪我しないようにしろよ」


 止めてはくれない様だ。


 おぅふ……。

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