柚子樹荘の住人
「案外、三階層と変わらないな」
「そうですね」
ダンジョン四階層、洞窟の中で積もる三つの灰の山から魔石を取り出す。
四階層に来て一日目だが、俺達には既に余裕があった。
確かに四階層の魔物は強い。数も一度に三体程現れる様になっているし、簡単な連携も見せてくる。
だが、今の俺と祈凛の連携を崩す程ではないし、魔物達の実力も三階層の魔物と五十歩百歩だ。
少し緊張していた分、肩透かしな気持ちだ。
「龍之介さん、次の魔物が来ます!」
どうやら祈凛の索敵に引っかかったようだ。
魔石をポケットに入れ、『多衝棍』を握り直して魔物の襲撃に備える。
「やっぱり少なくなってるよな」
夜、自室で恩寵のパチンコ台を回す。
魔石を投入しても表示される数字は九十、やはり少なくなっている。
「出来ましたよ~」
そんな中、台所から唐揚げを盛った大皿を持つ祈凛が現れる。
「おお、ありがとう」
「これでお料理完了です。食べましょう」
テーブルには既に祈凛特製の料理が並んでいる。
ここ最近、俺の夕食はほぼ毎日祈凛が料理を作ってくれている。勿論お金は材料費に色を付けて渡している。
最初は材料費も受け取るのを拒否していた祈凛だが、無理矢理握らせた。
それにしても旨そうだ。
「……なんつうか、傍から見てると健気な幼な妻とギャンブル中毒のクズ夫って感じだな」
夕食をたかりにいつの間にか部屋に上がり込んでいた大家さんが言う。
「つ、妻だなんて……!」
「……確かに!」
祈凛は頬を赤らめて照れているが、俺は手を打って納得する。
夕食づくりを手伝いもせず、家に置いてあるパチンコ台で遊戯している様を横から見ればそうにしか見えない。
実際は手伝おうとしたものの、十分と経たずに遠回りな戦力外通告を受けて待ち時間で恩寵のチェックをしていたのだが、探索者でもない大家さんには分かるまい。
……いや、普通の探索者もパチンコ台が恩寵だとは思わないか。琴音曰く、恩寵保持者の中でもかなりヘンテコらしいからな。
まあ、そこら辺の話はどうでもいい。
今は夕食の時間だ。
「いただきます」
俺の声に続くように、祈凛と大家さんも手を合わせて言う。
箸を手に取り、まずは唐揚げを取る。そのまま口に運び大きく頬張る。瞬間、口の中に衣に包まれた歯ごたえのある肉感、そして溢れる肉汁。
う、旨い……!
何度食べても、祈凛の料理は旨い、旨すぎる。
大家さんもこの味にすっかり魅了されている。にっこにこだ。
「やっぱり祈凛の料理は最高だ!今までの人生で食べたどの料理よりも旨いよ!」
「ほ、褒め過ぎですよ」
「いや、むしろ俺は自分の語彙力の無さが悔しいよ。こんなに旨いのに、俺の言葉じゃ伝えきれないっ!せめて百回は美味しいと伝えさせてくれっ!」
「や、止めてください。恥ずかしいですっ」
顔を朱に染めた祈凛の手を掴み、拝み倒した。
その間大家さんは、にこにこでご飯を食べ進めた。
「ご馳走様でした」
ふぅ。食べた食べた。
大皿に乗っていた料理も綺麗になくなり、テーブルには空の皿だけが残っていた。
俺だけでなく大家さんも満足したようで、仰向けに倒れている。
「……お前ら、最近上手くいってるのか?」
ポツリと、何でも無いように大家さんが近況を聞いてくる。
最近のことと言えば、ダンジョンの事だろう。
「まあ、そこそこ?」
最近はダンジョンで苦戦するようなことも無く、安定して探索出来ている。
無茶はしていないし、かと言って惰性でダンジョンに潜っているわけでは無い。しっかりと次の階層に足を進めているし、充足していると言っていいだろう。
「そこそこ、ね……」
意味深に、無意識に出たという風に言葉が返される。
「……何かありました?」
「…………いや、何でもない」
絶対何かある奴じゃん。
少し考え、大家さんの考えを推察する。
「……もしかして、ソフィアに何か聞きました?」
「うっ」
大家さんが痛いところを突かれたように声を漏らす。
やはりソフィア絡みか。
ソフィアと会ってから既に三日は経っている。だが、あの直観を受けてからそれらしい不幸は訪れていない。
むしろ順風満帆と言ってもいい。
「……ソフィアにさ、お前らを気に掛ける様に頼まれたんだよ」
「気に掛ける様にって……」
一体何が起きるって言うんだよ。
何となく抱いていた、どうにかなるだろうという気持ちが揺らぐ。
「だ、大丈夫っすよね……」
ジッと、大家さんの瞳を見つめる。
「さ、さあ……」
俺はガシッと大家さんの肩を掴む。
「大丈夫って言ってくださいよっ!」
「し、知るか!離せっ!」
わいわいと暴れる大家さんと俺、それを尻目に祈凛が食器の片づけを始めた。
数分、揉みくちゃになりながら大家さんと戯れついていると、突如玄関扉が開いた。
現れたのは大男だった。
黒のサングラスに黒のロングコート、長いストレートの黒髪、そして二メートルを超える巨漢、その姿はそこにあるだけで、周囲に威圧感を与えていた。
突然の事態に、祈凛が完全に停止した。
「おお、雁街さんじゃないっすか、帰ってきたのすか?」
「雁街、この馬鹿を引き剥がせ!」
しかし、俺と大家さんにとっては見慣れた人物だった。
大男の名は雁街、雁街十蔵。
俺やソフィアと同じ、柚子樹荘の住人である。
雁街は呼びかけに応じるようにゆっくりと動き出し───バタリと倒れた。
「が、雁街さん!?」
突然倒れた雁街に、俺のみならず大家さんと祈凛も声をあげる。
急いで近づこうとすると、ぐぅっ、という低い音が鳴る。
それは、雁街の腹部から鳴ったように思えた。
「……腹、減ってるんですか?」
「……飯を、恵んでくれ」
恥いるような、小さい声で雁街が呟いた。
「済まなかったな、突然押しかけて」
「いや、別にいいんですけど、何があったんですか?」
翌日の朝食用にと取ってあった食材で祈凛が作ってくれた料理を食べ終え、雁街が謝罪を口にする。
俺としては、雁街さんには色々と借りがあるのでむしろその借りを返せて嬉しいくらいなのだが、それより一体何があったのか気になる。
「ちょっと事件に巻き込まれてな、三日程飲まず食わずで森の中を走り回る羽目になってな」
「一体どんな事件に巻き込まれたらそんな事になるんすか……」
平然ととんでもない事を言い出す雁街だが、彼に取ってそれは日常だった。
雁街は所謂不幸体質というやつで、いつも何かしらの事件に巻き込まれているのだ。
いや、不幸せいではあるものの、彼自身自分から事件に首を突っ込んでいっている節がある。
目の前で困っている人間を見逃せない人間なのだ。
そのせいで海外に行く訳でもないのに、年の半分以上を柚子樹荘で暮らしていない。
俺も会うのは一ヶ月ぶりだ。
「それで、そちらのお嬢さんは……新入りか?」
雁街がチラリと祈凛を見る。
「は、はい。橘祈凛と言います。よろしくお願いします」
「雁街だ。何か困ったことがあれば気軽に声をかけてくれ、力になろう」
「あ、ありがとうございます」
雁街の厳つい容姿に緊張しながらも、容姿に見合わぬ緩い雰囲気に祈凛の緊張もほぐれている。
同じマンションに住む人間として上手くやっていけそうだな、と頷きながら、ふと思い出す。
「丁度いい、雁街さんに一つ相談したいことがあるんすよ!」
「なんだ?」
俺は雁街さんに、ソフィアの直感について話す。
「……なるほど、ソフィアの予言か」
「どうしたらいいっすかね?」
数々の事件に巻き込まれ、解決させてきた雁街さんの事だ。何か有効な解決策を知っているかもしれない。
「なに、簡単なことだ」
「おお!」
自信満々な雁街の言葉に期待が高まる。
「─────修行すればいい」