迷宮鉱石
「そんな事があったんですね」
「全く、ツイてない一日だった……」
ダンジョンから戻り、協会で魔石の換金を待つ間に昨日ソフィアに会った事を祈凛に話す。
しかもあの後、財布の中身だけでは足りなかったので銀行からお金を引き出す羽目になったのだ。
あの時はマジで涙が出そうだった。悲しさで言えば、パチンコの負けが込んで熱くなった末、生活費を突っ込むために二十二時にコンビニATMに駆けこむ時ぐらいの悲しさだった。
「ま、久しぶりにソフィアが会えて元気そうだったからいいけどさ」
「私も、ソフィアさんとお会いしたかったです」
「直ぐに会えるさ」
ソフィアも帰り際、『次は祈凛の事ちゃんと紹介してくださいデース!』って言ってたし。
「ちなみに祈凛は何処に行ってたんだ?」
「実は私も、買い物に行ってたんです」
「そうなのか?」
「はい」
そう言って祈凛は、ポケットから小さな箱を取り出す。
その箱をパカリと開けると、中には二つの指輪が入っていた。
二つとも同じ形状の、何の変哲も無い鈍い鉛色の鉱石が嵌ったの指輪だ。
「これは……?」
「『共光石』というものです。一つ指に付けてみてください」
指示に従い、人差し指につける。
俺だけでは無く、祈凛も同じ様に人差し指に付けた。
すると、石座に嵌っていた、鈍い鉛色だったはずの鉱石が光り出す。
「おお!」
俺だけでは無く、祈凛の指輪も鏡合わせの様に同じくらい光っている。
「二つの指輪は連動しているんです。距離が近ければ近い程、光が強くなるんですよ」
そう言って祈凛の指輪を俺が付けた指輪に近づけると、確かに少しだけ光が強くなる。
凄い、一体どんな原理なんだ?
離しては近づけ、『共光石』で遊んでみる。
面白い。……のだが、一体これをどうして買ったのだろう。使い道がいまいち分からない。
その疑問に答える様に、祈凛が言う。
「コレ、探索者用のアイテムなんです」
「……どういう風に使うんだ?」
攻撃に使えるとは思えないし、この程度の光なら目くらましにもならないだろう。
「逸れたパーティーメンバーの居場所を探る為のアイテムです。ダンジョンのトラップには転移系の物があって、遠くに飛ばされる場合があるらしいんです。このダンジョンでも五階層から極稀にそういうトラップがあるという話を聞いたので、少し早いですが対策として買っておいたんです」
「そうだったのか……」
知らなかった。
そんな危険なトラップがあるのなら、実は『共光石』って滅茶苦茶大事なんじゃないか?
「なので、龍之介さんに付けていて欲しいんです」
「成程」
今現在は三階層だが、次に潜る時は四階層を目指そうという話をしていた。
これまでの進捗を考え、順調にいけば来週には五階層に到達するだろう。その時を考えれば付けないという選択肢は無い。
だが、
「……コレ、いくらだった?」
「…………」
返答は無言だった。
考えるに『共光石』というのは、間違いなく迷宮鉱石だろう。昨日買ったので分かるのだが、迷宮鉱石はどんなものでも間違いなく、
「絶対高いだろ」
「う……!」
祈凛が、痛いところを突かれ呻く。
やはり高価な代物なのだ。
しかも二つ。いくらセットの商品だとしても、かなりの高額なのは想像に難くない。
「流石に貰えないでしょ……」
「そんな!?」
未成年の少女に指輪を貢がれるとか、自他供に認めるクズの俺でも嫌すぎる。
ショックを受けた祈凛が、それでも指輪を外そうとする俺の手を掴む。
「二つセットじゃないと、『共光石』は使えないんです……!」
「いやいや、こんな高価な物は貰えません。返してきなさい」
「……返品不可です」
マジかよ。
「気にしないで下さい。いつもお世話になっている龍之介さんへのお礼です」
「お礼って、いつも世話になってるのは俺も一緒だろ」
「じゃあ先行投資です。これから先のダンジョン探索を効率的に進めるための!」
俺が譲らない様に、祈凛もまた譲らなかった。
くッ、なんて頑固な奴だ!
完全な平行線。もはや解決するには別の答えを用意するしかないだろう。
「分かった、そんなに言うなら俺にも考えがある」
俺は首元を漁り、赤い鉱石のついたネックレスを取り出す。
昨日購入した、『ラビリンス・スカーレット』のついたネックレスだ。
それを祈凛の前に突き出し、手渡す。
「コレと交換という事にしよう」
「っ!?む、無理です。こんな高価な物頂けません!」
「高価な物って、『共光石』も十分高価でしょ」
「それとこれとは話が別です!」
強情だな。
「じゃあ担保だ。俺が『共光石』の料金分を払うまで、祈凛に貸し出す。それならどうだ?」
これが限界の妥協点だ。
「…………分かりました。それで手を打ちましょう」
完全に納得はしていないようだが、取り合えずの決着はついた。
ほっと胸をなでおろしていると、いつの間にか周囲の視線が集まっている事に気付く。
騒ぎ過ぎたようだ。
俺と祈凛は顔を赤くしていつの間にか呼び出しの掛かっていたカウンターに向かい、逃げる様に協会から帰宅した。
「……おかしい」
自宅にて、俺は呼び出した恩寵のパチンコ台の前で唸った。
俺が見ているのは、貸し出し球の数値だ。
いつも通りゴブリンの魔石を入れたというのに、数字は百では無く九十になっている。一体どういう事だ。
少し考えて、直ぐに諦めた。
分からん。こういうのは、詳しい奴に聞くのが手っ取り早い。
そう思い、スマホで琴音に連絡を取る。数コール待ってから、通話がつながる。
「もしもし」
『なんだ?』
「実はちょっと恩寵がおかしくてさ」
そう言って、事情を説明する。
琴音は直ぐに理解したようで、相槌を打ってから言葉を返す
『儀式型の恩寵にはよくある話だ。場合によって性能が上下するのは』
「って言うと?」
『龍之介の恩寵は魔石を代償に発動する。しかし、それに合わせてもう一つ条件があるのだろう。規定数以上の同一個体からの魔石は評価が下がる。もしくは、楽に手に入れた魔石は評価が低い、とかな』
「そんなのアリかよ。もっと打ちたいんだが」
趣味としても、実益を考えても。
『それなら今まで一度も戦ったことが無い強い魔物を倒せ』
「嫌過ぎるだろ……」
楽して儲けたくて探索者やってるんだぞ俺は。
……最近は勤勉にやってはいるが。それだって、祈凛が居るからだ。もし祈凛とパーティーを解散するようなことがあれば、俺は元のぐーたら生活に戻るだろう。
『とにかく、そんなに恩寵を使いたいなら今まで以上に戦う事だな』
「うへぇ……」
それから数分口を零し、通話は終了した。
しょうがない、今日は少ない球数で我慢するか。
例え少なかろうと、当たればいいのだ当たれば。
そう意気込んでハンドルを強く握るが、何の演出も無く球は無くなり時間は過ぎていった。