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星の一撃

 重い、体に何かが巻き付いているようだ。


 深い眠りの中から、ゆっくりと意識を覚醒させていく。


 ……なんか、最近似たようなことがあったな。


 瞼を開けると、真っ黒で艶やかな髪が見えた。


 琴音が俺の体に、蛇の様に巻き付いている。


 俺が床の硬さに耐えかね、無意識に琴音のいる布団に紛れ込んでしまったかと思ったが、そうではないようだ。


 俺は就寝時と変わらず硬い床の上にいた。つまり、琴音が布団から這い出て、俺を抱き枕がわりにしているのだ。


 ちなみに昨夜着替えも持ってこなかった琴音は、寝巻きとして俺のシャツとズボンを借りている。


 いくら琴音のスタイルが良くとも、男である俺のサイズでは少し大きい。


 それ故に、全体的に緩い。具体的に言うと、見えるのだ、肌色が。


 目を逸らし、天を眺める。


 しかし、視覚を誤魔化そうとすると、次は触覚が俺を襲う。


 コイツ、もしかして下着を付けてないっ!?


 決して小さくない双丘が押し付けられることで、それが安物のTシャツという薄い生地にしか覆われていないことが理解できた。


 ヤバい、色々とヤバい。


「おい、起きろ、琴音起きろ!」


 肩を叩き、起床を促すが起きる気配はない。


 むしろ起きるどころか身じろぎして抱きしめる力が強くなる。


 より強烈に体が密着する。


 止めて、これ以上抱きしめられると不味い事になっちゃう!


 無理矢理離れようとするが、離れられない。圧倒的な筋力差がある。


 クソ、ゴリラかよ!


 しょうがない、この手は使いたくなかったが……。


「祈凛ッ!助けてくれぇっ!」


 声を上げて助けを呼んだ。


 隣の部屋からゴトリと音が鳴る。祈凛が起きた音だ。柚子樹荘の壁は薄いので静かな朝は物音がよく聞こえるのだ。


 それから数分、脳内で般若心経を唱えて心を無にしていると、インターフォンと共に声が聞こえる。


「どうしたんですかぁ?なにかありましたぁ?」


 寝起き特有の、語尾が緩い祈凛の声だ。


「ドアは開いてるから!助けて!」


 そろそろ限界だ。煩悩が爆発してしまう。


「っ!?大丈夫ですか!?」


 勢いよく開けられる扉、視線が合う俺と琴音。


 心配ですと言わんばかりの瞳が、一瞬で冷たく、光を通さぬ漆黒になった。


「何、してるんですか……?」


 無表情、無感情、人が発したとは思えない熱の感じぬ言葉が突き刺さる。


「琴音が抱きついて離さないんです。決して故意ではありません本当なんです信じてください」


 思わず敬語で、命乞いのように素早く答える。


 いつもの祈凛からは考えられない程、圧があった。


「……そうですよね」


 ゆっくりと、祈凛の瞳に光が宿る。


 良かった、いつも通りの祈凛に戻った。


「取り合えず、琴音を引き剝がすのを手伝ってくれ」


「分かりました」


 祈凛と協力し、目覚めない琴音の拘束から抜け出した。


 ふぅ、なんて寝相の悪い奴だ。


 一息つきながら、祈凛に礼を言う。


「ありがとう、助かった」


「いえいえ。それより龍之介さん、改めて聞きたいことがあるんですけど」


「なんだ?」


 祈凛の瞳が、またもや黒く染まり熱を失う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 決してやましい事をした訳では無い、という事実を伝えるのに、琴音が目を覚ますまでの長い時間が掛かった。






 昼、約束通り新たに手に入れた『星の一撃』という、意味不明の能力を試す為、レンタルショップの訓練所に琴音と共に来ていた。


 祈凛は来ていない。本来昨日に取るはずだった休日を取らせ、休ませている。昨日は琴音に無理やり連れられ休日なのにダンジョンに入ってしまったから、その振替だ。


 俺と琴音で能力の確認に行くというと、自分も行く、と言ってくれたが断った。


 ダンジョンに潜るというのは、自覚する以上に疲れる。


 特に未成年で体が出来上がっていない祈凛は、しっかりと休息をとるべきだ、と言うと、何故か疑いの目を向けられた。


 朝の件が完全に尾を引いている。


 後でもう一度説明しよう……。


「よし、使ってみろ」


 琴音が腕を組む、教官の様に言う。


 レンタル品の硬そうな西洋甲冑を着せた鎧立てを前に、俺は集中する。


 手に持つのは『多衝棍』ではない。あれを使うと、派手に吹っ飛んでしまうにで能力の詳細が分かりづらいのだ。


 故に今回持つのは、なんの変哲もないただの棍棒である。サイズ感は『多衝棍』と同じなので違和感はない。


 すう、っと息を吸い込み『星の一撃』を発動させ、同時に棍棒を振る。


 棍棒は正確に甲冑に胸部を打ち、ガンッ、と力強い音と共に甲冑が少し揺れる。


「……不発か?」


 今の一撃は、いつもと変わらないように思えた。だが、手応えはあった。恩寵(ギフト)を発動した時特有の、体の奥から何かを引き出すような感覚があったのだ。


 しかし、目に見えて威力向上などしていない。『星の一撃』何て大層な名前をしているのだ、発動していたのならこんな物じゃないだろう。


 感覚と実際に起きた現象の違いに変な気持ちになる。


 そんな俺を尻目に、琴音は一人納得したように頷いた。


「龍之介、もう一度能力を使って殴ってみろ」


 その後に、ただし、と琴音は言葉を繋げる。


「一分間『星の一撃』を維持してからだ」


「お、おお……?」


『星の一撃』という能力の維持、そんな事出来るのかと思いながらも、素直に従いもう一度やってみる。


 棍棒を構え、『星の一撃』を発動させる。


 …………っ!?


 発動から五秒ほど経過すると、棍棒が淡い光を放っていることに気がつく。


 これが『星の一撃』の効果か!?


 驚きながらも能力を維持していると、少しづつ、しかし確実に光が増していく。


 三十秒経つ頃には、しっかりとした光となり、棍棒を包み始める。


 それと同時に、棍棒、いや、光に体の中の血液が吸い取られるような脱力感が発生する。


 なんだ、何が起きてる!?


「龍之介、意識を集中させて維持するんだ」


 琴音の冷静な声が混乱した俺を落ち着かせる。


 維持、維持だ。


 そして一分。隠し用のないほどの光を放つ棍棒が、俺の手元で出来上がった。


「やれ」


 光に力を吸い取られ、立つことも苦しくなってきた俺は、返事を返す余裕もなく、その鬱憤を晴らすように狙いも付けずに棍棒を振るう。


 ───ガンッッッッッ!!


 その一撃は爆発音にも似た轟音を立て、強烈な一撃となり甲冑をバラバラに破壊しながら吹き飛ばした。


 振り下ろしたこん棒もまた、根元から粉々に砕け、武器という形を保てなくなった。


「…………マジか」


 余りの衝撃に、当事者の俺が放心状態となっているのに、琴音は予想通りと言わんばかりだった。


「『星の一撃』、制限はあるが、中々強力だな」


 放心状態になりながらも、結果を見て俺も『星の一撃』の能力について理解できた。


『星の一撃』、それは一定時間体力を使い力をチャージし、一気に開放する能力だ。


 チャージ中は光を放つなど使いづらい面が多々あるが、使いどころを間違えなければ強力な武器になるだろう。


 そうやって能力の理解を深め、冷静さを取り戻していく。


「どうすんだよ……」


 そして冷静になって、俺は琴音に問いかけた。


「何がだ?使い道の話か?確かに低階層なら確かに使う機会は少ないかもしれないが、もう少し深く潜れば嫌でも使う羽目になるさ。今は実感しずらいかもしれないが、『星の一撃』はかなり使える能力だと思うぞ?」


「違う……」


 能力の話は今はどうでもいい。そんな事より重要な事があるだろう。


「バラバラになった甲冑と棍棒、レンタル品だぞ……!」


「……そうか」


「おい、何で顔を逸らす!」


 連帯責任だよな?琴音も責任取ってくれるよな?


「安心しろ、修理費用なら私が出す。ただし、謝罪には龍之介一人で行くんだ」


「なんでだよ!連帯責任だろ!?」


「そうですよね、お二人で壊したんですから」


 忍者の様に、ぬるっと店員さんが俺の背後に現れた。


「「っ!?」」


「い、いつのまに!?」


 いきなりの店員さんに驚く俺だが、それ以上に驚くべきことがあった。


 琴音が店員さんを見て、冷や汗を流していたのである。


 子供の頃からガキ大将として悪ガキどもを子分にして、両親だろうが教師だろうが、どんな大人にも喧嘩を売ってきたあの琴音が!


「さて、お二人とも、お話をしましょうか」


 その理由を、俺はそのあと直ぐに知ることになった。

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