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混乱

「な、何だこの音は」


「先バレっていう熱い演出だ。当たるかもしれない」


「……詳しいな」


「伊達に何年もパチンコを打ってないからな」


「クズが……」


 琴音が吐き捨てる様に言う。


 しかしその言葉では傷つかない。


 何故なら大当たりに期待できる演出が始まっているから。


 パチンコに飼いならされた脳みそが日常生活では決して出ない快楽物質を出しまくっている。


 当たれ当たれ!


 演出が進行していく。


 偶数テンパイ、擬似連、発展。


 ……あれ、なんか弱くね?


 特にチャンスアップも無さそうだ。


 ハンドルを握る手が興奮ではなく、嫌な予感で汗をかく。


 おい、おいおいおい。


 当たるよな?当たってくれるんだよな?先バレしたもんな?


 演出が進む。だが弱い、全ての演出が弱い。


 いつも通り探索者が魔物と戦っている。今回は強そうな赤いドラゴンだ。明らかな強敵。


 なのに前回と違い一人である。当たる予感がしない。


 でも祈る。祈らずにはいられない。


 ───ボタンを押せッ!!


 ぬんっ!


 気合を入れてボタンを押し───すかっ。


 外れた。


「……駄目だったのか?」


 俺の顔がしぼみ、結果を察した琴音が聞いてきた。


「うおん」


「面倒な恩寵(ギフト)だな……」


 なんて言っていると、いきなり台の液晶がブラックアウトした。


 っっっ!!


「どうかしたのか?」


 怪訝そうな琴音の顔をを無視し、俺の瞳は液晶に奪われていた。


 これは、これは─────復活!!


 台が震え、重低音と高音が混ざった脳みそをシェイクするようなBGMを流す。液晶に浮かぶ数字がくるくると回り、揃う。


「な、なんだ、何が起きてる!?」


 琴音が猫の様に高く飛び台から離れる。


「最っ高の演出だぁ……」


 脳の奥、そこがじんじんと熱を持つ。それが身体全体に行き渡り、全身の筋肉が弛緩する。


 あ、あ、あ。


 顔が、溶ける。


「き、キモイ、キモイぞ龍之介!」


 液晶に表示される右打ちの指示に、反射的に従う。


 マジで良い。この瞬間の為だけにパチンコを打っていると言っても過言ではない。


 ゲージが溜まり、台が水晶を吐き出す。


 俺は口の端から垂れた涎を拭いつつ、興奮醒めあらぬ中、琴音に水晶を見せる。


「これが報酬で、こういう風に体に溶け込んで能力が手に入るんだ」


 早速、水晶が体に取り込まれていく。


 ───『星の一撃』。


 いつも通り手に入れた能力が自然と分かった。だが、その能力そのものは()()()()()()()()()()()()()


 なんだ、この能力。


「どうした?」


 俺の恩寵(ギフト)にドン引きしていた琴音が聞いてくる。


「いや、手に入れた能力何だが……訳が分からないんだ」


「ん?どういう事だ?」


 混乱しているので、余計な解釈は付けず、そのまま答える事にする。


「能力名は『星の一撃』。効果が、その……」


「どんな効果だ」


「……星に応じた一撃を放つ、だ」


「星に応じた……?」


「訳わかんないだろ?」


 何かの比喩だとは思うが、いまいち掴めない。


 それは琴音も同様だったようだ。しかし、琴音は分からん、と言い放ち立ち上がった。


「取り合えず私に試せ。使えば何か分かるだろう」


「は!?出来る訳ないだろ!」


 どんな能力かもわかってないんだぞ、もしかしたら命に係わるような強力な一撃を放つ可能性だってある。


 いきなり人に向かって試せる訳がない。


「問題ない。今の龍之介では逆立ちしても私に傷一つ付けれん。それは恩寵(ギフト)を使おうが変わらん」


「だからってなぁ……」


 例え鎧で守られ傷つかないと確信していても、友人を包丁で刺すようなマネを出来る精神では無いのだ、俺は。


「ええい、それなら明日協会で試す!いいな!」


「いや、別に俺はいいけど、琴音は明日も休みなのか?最近忙しいんじゃ無かったか?」


「そ、それは……」


 やはり不味かったようで、琴音の眉が中央に寄る。


「ちょっと待て」


 琴音はそう言い、スマートフォンを取り出し、素早く操作。耳に当てて数秒、


「もしもし、私だ」


『んぁ?どうしたこんな時間に』


 スマートフォンから聞こえたのは女の声。聞いたことの無い声だ。


「明日は休む、以上だ!」


『……はっ!?ちょ、ちょっとま───』


 琴音はスマートフォンから聞こえる声を無視して通話を切断した。


「これで問題はない」


 いや、大アリでしょ。


 説得しようかと一瞬考えたが、自信満々な笑みを浮かべる琴音に、どういっても無駄だなと悟った。


「それじゃあ、明日の昼からでいいか?」


「いいぞ」


 よし、了承も取れたな。


「じゃ、今日はここで解散にするか」


 改めて解散する事にする。


 いつの間にかまたも眠りについていた祈凛を起こし、酔いつぶれた大家さんを担ぐ。


 柚子樹荘にある空き部屋に大家さんを投げ込み、寝起きでむにゃむにゃしている祈凛に付き添い部屋まで案内した。


 そして部屋に残ったのは、俺と琴音のみになった。


「さ、琴音も早く帰れよ。送っていくからさ」


 既に外は暗くなり、人気のない深夜になっている。


 いくら強かろうと、一人で家に返すのは忍びない。


「?別に送らなくていいぞ」


「いやいや、そう言うなって。俺は心配なんだよ」


 琴音の容姿に騙されて襲った暴漢が殺されないか。


「だから問題ないって。だって今日は()()()()()()()()からな」


「…………はい?」


 すぅ、はぁ。


 大きく息を吸い、吐いた。


 どうやら俺も知らぬ間に酔っていたらしい。


「そろそろ帰れよ、送っていくからさ」


「だから、今日は泊まるって言ってるだろ!」


 聞き間違いじゃ、無かったかぁ……。


「よし琴音、まずは水を飲もうか」


 グラスに水をついで渡す。


 琴音は素直に飲み干す。


「じゃ、帰ろうか」


「嫌だ!」


 本気だ。この女、本気で俺の家に泊ろうとしている。正気の沙汰とは思えない。一体何が目的なんだよ。


「客用の布団なんてないぞ?」


「一緒に寝ればいいだろ」


「いい訳ないだろ!」


 何を言い出すんだこの女ぁ!?


 昔から仲が良かったが、ここまで押して来ることはなかった。


 この女、平気な顔をしているが実はかなり酔っているな?


「分かったよ、布団は琴音に渡す。俺は風呂に入ってくる」


 取り敢えずここは逃げよう。


 柚木樹荘には風呂が付いていないので、お風呂に入る時は近くの銭湯に行かなければならいのだ。


「じゃあ、私も行く」


 ですよね、そんな気はしてました。


「行くか……」


 お風呂に入って酔いが覚めてくれたら良いなぁ……。


 希望的観測を抱きながら銭湯に向かった。




「じゃ、電気消すからな」


「おう」


 …………眠れん。


 明かりが消えた部屋の中、瞳を閉じても一向に眠気はやって来なかった。


 俺は緊張して目がバキバキだったが、琴音はすぐに寝息を立て始めた。


 マジかよ。早すぎんだろ……。


 最早男として認識されていない。俺はこんなに胸を高鳴らせているのに。


 クソ、なんだか腹が立ってきた。こっちの気も知らずによぉ……。


 こういう眠れない夜は、楽しいことを考えるに限る。


 オスイチ、全回転、レバブル、フリーズ……。


 布団が無いため硬い床に寝っ転がり、妄想に浸る。


 万枚、コンプリート……。


 思考が、どんどんと曖昧になっていく。


 気づけば俺の意識は、深い眠りの中に落ちていった。





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