説明
「いいから見せろ。これはお前の為でもある」
「お、おう。分かった……」
琴音に迫られ、余り見せたくは無いが、俺は恩寵を使う事にする。
頭の中で念じる。そしていつも通り、光を放ち、パチンコ台が形成されていく。
それを見て、琴音の一言。
「おい、何だこれは……」
それは面白くない上に話の長い芸人を見るような、下らない嘘を何度もつく人間を見るような、冷たい視線と声だった。
はい、そういう反応ですよね。分かってました。
俺は痛む心を抑えながら、説明する。
「これが俺の恩寵です……」
「……どういう恩寵だ」
「パチンコで当たったら、新しい能力を手に入れる恩寵です」
「…………」
琴音は考え込むように、頬に手を当てた。
「龍之介、お前は自分が何をしたか分かっているのか?」
「え、なんかやったか?」
「恩寵は短期間で習得すればする程、強力な物になると言うことは知っているな」
「あ、ああ」
初日で手に入れたからこそ、俺は才能があるかもと思い、ダンジョンに通い詰めることができたのだ。もし恩寵を手に入れるのが遅ければ、こんなにもダンジョンに潜ることは無かっただろう。
「ダンジョンが地球に現れて百年余り、その歴史の中で多くの人間がダンジョンに潜り、恩寵を手に入れてきた。しかし」
琴音は言葉を区切り、絞り出すように言った。
「───一日で恩寵を得た者は歴史上ただ一人しかいない」
「…………え?」
混乱する中、続け様に琴音が言う。
「いいか、誰にも恩寵の話はするな。祈凛、お前もだ」
「お、おお」
「は、はい」
俺も祈凛も、琴音の圧に押されて反射的にうなづく。
「……ちなみに、もしバレたらどうなる?」
「良くて科学者のモルモット、最悪死んだほうがマシだと思うような事になる」
「何それ怖っ!」
なんでそんな事になるんだよ。ここ法治国家ですよね?人権はどうなってるんです?
「俺の恩寵ってそんなに凄いのか?いまいち実感が湧かないんだが……」
一人では二階層のゴブリンに苦戦する程度なのだ。琴音の方が余程強く思える。
「龍之介、今まで手に入れた能力はなんだ?」
「……『身体能力強化』と『再生』だ」
それを聞いた瞬間、琴音が動く。
構えすら取らず、避ける暇も無く、直剣を振るい俺の頬を裂いた
「いっ!何すんだよ!?」
怪我は浅かった。
反応できず、動かなかったとはいえ、薄皮一枚を正確に切り裂く琴音の技量に驚きつつ、いきなりの凶行に声を上げる。
「どうだ、『再生』したか?」
「えぇ……」
それを確かめるためにいきなり斬りかかってきたの?いつからそんなに野蛮な人になったの?
……いや、思えば前からそんなだった気がするな。
下らぬことを考えながら、流れた血を拭い傷を確認する。
「……完治してる」
傷だけでなく、斬られた痛みすら感じない。
「どうだ、『再生』は前と比べて成長しているか?」
「成長……?」
確かに、『多衝棍』の暴走で負傷した時は、こんなに早く回復はしなかった。
怪我の程度による差はあるだろうが、明らかに成長している。
「さっき言っただろう。恩寵は成長する。もし手に入れた能力が同じような特性を持っているのなら、詰まるところそれは恩寵の複数所持に他ならない」
動揺する俺の目を見て、琴音は断言する。
「───龍之介、お前はいずれ最強になる」
「はぁ……」
オレンジ色の夕陽が自室に差し込む。
あれから俺たちは第五階層に行く予定を切り上げ、自宅に戻っていた。
琴音の話が強烈で、戦うことができるような精神状態ではなかったからだ。
あと、俺の恩寵を再度調査するべきだ、という理由もある。
戻ってきてからは、時間も時間だったので、夕食を取ろうという話になった。
しかし俺の家には食材がなく、祈凛の家にも昼食を作った際に食材を使い切ってしまった為、今は祈凛と琴音が競うように買い出しに行っている。
なので俺は一人、部屋の中で黄昏ていた。
まさか、俺の恩寵がそんなに凄いなんてな……。
あんな形の、馬鹿げた恩寵が最強になる可能性を秘めてるなんて、笑える話だ。
ぼけーっとしていると、玄関の扉が凄い勢いで開く。
「買ってきたぞ!」
琴音だ。右手には食材が詰まったビニール袋を複数持っている。
「おい、離せ!」
しかし左脇、そこには見慣れたプリン頭の少女の様な成人女性、大家さんが抱きかかえられていた。
暴れる大家さんを抱えたまま、部屋の中に入って大家さんを人形の様に自分の隣において座る。
「ちょうど鹿南が外を歩いていたんでな、捕まえてきた」
「ああ、そう……」
鹿南とは大家さんの名字である。
琴音は容姿からは想像しずらいが、可愛らしい人形などが大好きだ。なので子供の様に愛らしい大家さんがお気に入りなのだ。
「クソ、離せ琴音!おい、龍之介も笑ってないで私を助けろ!」
抱きしめられる大家さんを見て笑っていると、玄関の扉が開く。
「お、置いて行かないでくださいよ……」
息を切らし、疲れ切った祈凛が現れる。
彼女にしては珍しく、ムッとした表情だ。
「遅いのが悪い。荷物は私が持ってるだろう」
「持つって言うか、奪いましたよね、私から」
「隙だらけだったからな」
「…………」
「…………」
やはりこの二人、相性が良くない。
「うがー!!いがみ合ってないでさっさとメシを作れメシを!!」
大家さんが爆発した。
勢いよく立ち上がり、琴音のから距離を取り俺の後ろに隠れる。
でも大家さん、俺を盾にして顔を半分だけ出すのは止めた方が良いですよ。可愛い感じが爆発してるんで。今の大家さんの姿を見て、琴音の目が輝いてますよ。
多少の揉め事を起こしつつ、調理を開始した。
「ぎゃはは!みょっとみせてみりょ!!」
完全に酔っぱらった大家さんが笑い声を上げる。
完全に出来上がってらぁ……。
缶ビール片手の大家さんの前で、琴音がバク転しながらお手玉の様に包丁とナイフを投げ、足や手で蹴り飛ばし続ける。
凄いよりも怖いが来る曲芸だ。
いや、マジで怖いんだけど。間違ってこっちに飛ばさないよね?
大家さんほどでもないが、琴音の顔も十分赤い。酔っているのだ。
祈凛に助けを求めようと思ったが、ここ最近ダンジョンに連続で潜っていたため疲れて寝てしまっている。
しょうがない、
「そろそろお開きにしますか」
被害が出る前に逃げよう。
「待て、まだ龍之介の恩寵を見てないぞ」
琴音は曲芸を止め、包丁とナイフを片手の指に挟みながら俺の肩を掴む。
止めて、その包丁とナイフを挟んだ手で俺の肩に手を置かないで。滅茶苦茶怖いから。
「分かった、見せる、見せるから手に挟んだものを置いてくれ」
「ん?ああ」
素直にテーブルに包丁とナイフを置いてくれたので、ほっと一息つく。
じゃ、恩寵を使うとしますか。
頭の中で念じ、光を伴ってパチンコ台が姿を現す。
「使ってみろ」
「……うす」
正直打ちたくない。
何だろう。パチンコは大好きなのに、人前だと何だかやりずらいぞ。
祈凛の時は教えるという大義名分があったが、今打つのは何だか罪悪感がある。
一日で十二万負けた時以来だ。パチンコを打ちたくないと思ったのは。
しかし、打たずには開放してもらえそうも無い。
……打つか。
台の前に座り魔石を投入、打ち出す。
「……使うのに魔石が必要なのか?」
「あれ、言って無かったっけ?」
「聞いてない。儀式型の恩寵なら先にそう言え、準備を手伝ってやったのに」
「儀式型?」
無知な質問に慣れたのか、琴音はツッコム事無く説明する。
「儀式型とは発動に特定の条件がある恩寵の事を言う。龍之介の場合は魔石が必要なのだろう?」
「ああ、打ち出す球は魔石が無いと作れないっぽ───」
話の途中、ぽきゅん!と甲高い音が鳴る。
先バレ来た!!
「ふがっ!?」
ついでに祈凛も起きた。