修羅場
「おかしい……」
呻くように呟いた。
何かが、狂っている。
十万円が入っていた筈の、既に中身が空っぽになっている財布を見て、もう一度呟く。
「何故だ……」
何故、命懸けで稼いだ十万が1日で消える?
太陽に負けじと激しい光を放つパチンコ店の屋上に飾られたモニターを睨みつける。
許せねえっ、こんな事が許されていいのかよっ!最低だぜ、パチンコなんて!
自分でパチンコにお金を突っ込んだ事実を棚に上げて、パチンコという存在を否定する。
絶対、絶対に復讐してやるからな……!
───次に来た時は、店が潰れるまで勝ってやるっ!!
既にその思考になる時点で、店にとっていい鴨であるという事実に、龍之介は気付かなかった。
パチ屋から帰宅してから、少し遅めの昼食をとる事にする。
不幸な事故により金が無いので、本日の昼食は冷蔵庫にあるもので済ませようと思ったが、冷蔵庫の中には調味料しか確認できなかった。
おぅ……。
仕方ない、本日は昼食抜きのようだ。
ガックリと肩を落としていると、部屋にインターフォンの音が響く。
来客だ。
「はいー」
誰だろうかと疑問に思いつつ扉を開くと、手荷物を持った祈凛が立っていた。
「こんにちは、龍之介さん」
「おお、祈凛。何かあったのか?」
今日はダンジョン探索に行かず、休日にしていた。
パーティーを組んでから1日も休まず一週間程ダンジョンに潜り続けていたので、流石に体が疲労していたからだ。
「帰ってくる龍之介さんの姿が見えたので、お昼がまだなら一緒にどうかと思いまして」
「マジか。丁度お昼にしようと思ってたんだ……けど、冷蔵庫には何も無かったんだわ……」
となると外食、いや駄目だ、金が無い。
「それなら、私がお昼ご飯を作りましょうか?家に食材も余っているので」
元々その作ってくれるつもりだったようで、手に持っていたのは食材の入った紙袋だった。
「……女神か」
俺は祈凛の手を掴み、膝をついた。
「や、辞めてください。照れます!」
恥ずかしがる祈凛の手を離し、部屋の中に招く。
顔を赤くして照れていた祈凛も、料理を作ることに意識を向けると、慣れた手つきで動き始める。
邪魔しないように座って待つ事三十分程度。
出来上がったのは黄色いふわトロオムライスだった。
「美味しそ〜。もう食べてもいいか?」
「はい、召し上がってください」
俺はスプーンを握り、オムライスを口に運ぶ。
う、美味い!美味すぎる!
今までの人生で食べてきたどのオムライスよりも美味かった。美味すぎて危ないナニカが入ってるんじゃないかと疑うレベルだ。
「どう、ですか?」
あまりの美味さに絶句していると、祈凛が不安そうに聞いてくる。
「祈凛、これから毎日俺のご飯を作ってくれないか?」
「ふぇっ!?」
何を勘違いしたのか、口をわなわなと震わせ、顔を赤色に染めていく。
その時、またもやインターフォンの音が鳴る。
スプーンを置いて、扉の方に向かう。
ガチャリと扉を開けると、そこに居たのは綺麗な黒髪のスタイルの良い美女だった。その立ち姿にはどこか覇気を感じる。
「おお、琴音じゃん」
その美女は、俺の友人であり、幼馴染だった。
名前は与暦琴音。気が強く、頑固な所もあるが、概ねいい奴である。
「久しぶりだな、龍之す───」
琴音が突然固まり、言葉が止まる。
「ん?どうした?」
琴音の視線は、俺ではなく、俺の後方に釘付けになっていた。
視線の先、そこにいたのは祈凛だった。
そして祈凛もまた、琴音を見て固まっていた。
「お、おい、どうしたんだ二人とも?」
何やら二人から剣呑な気配を感じる。
「龍之介、このガキは誰だ」
「龍之介さん、誰ですかこの人は」
「ええぇ……」
二人に詰め寄られ、言葉が咄嗟に出ない。
何故二人とも喧嘩腰なの?
戸惑っていると、二人が張り合うように名乗る。
「私は与暦琴音、コイツとは旧知の幼馴染だ」
「橘祈凛です。龍之介さんとは、ダンジョンでダンジョンで背中を預け合う仲です」
「ダンジョン、だと……」
琴音の瞳が、ギロリと俺を見る。
「龍之介、どういう事だ」
「ど、どういうとは……?」
「このガキとダンジョンに行っているのかと聞いているんだ」
「え、まあ、うん」
その言葉を聞いた琴音は眉を中央に寄せ、頬を膨らませる。
不味い。
長い付き合いだからわかる。その琴音の表情は、本当に不機嫌な時になる顔だ。
「私とは、ダンジョンに行かなかったくせに……」
「あれ、そうだっけ?」
思い出してみると、確かに学生時代、ちょうど探索者免許を取ったあたりで誘われた気がする。
あの時は面倒臭くて断ったんだったか。
「……くぞ」
「なんて?」
「今から行くぞ!」
「ど、どこに?」
「───ダンジョンだ!」
「限界まで潜るぞ!」
おうふ。本当にダンジョンに潜る羽目になるとは……。
あれから引きずられ様にしていつものダンジョンに来ていた。
装備はいつも通りレンタルした。琴音も自前の武器を持ってきていなかったので同様にレンタル品で潜っている。
俺は『多衝棍』だが、琴音が借りたのは直剣、それも二本だ。
ちなみに、祈凛も一緒である。俺を心配してくれたのか、意気込んで付いて来てくれた。
「取り合えず五階層まで行くぞ!」
「ご、五階層!?無理無理、無理に決まってんだろ、俺と祈凛はようやく二階層に慣れてきたってのに!」
「問題ない、私が居る!」
元気な琴音が文句を無視してずんずん進む。
思い出す。幼少期から琴音はガキ大将だった。高校に入ったぐらいの頃から落ち着いてきたが、いつも先頭を歩きたがる性質は変わらない。
流石に琴音を無視して留まる事も出来ず、後ろをついていく。
「祈凛、安全第一で行こう」
「は、はい」
「ふんっ!」
「ギャ!」
琴音の振った長剣が、ゴブリンの首を刎ねた。
つ、強い。
現在第三階層、景色は相変わらず洞窟だがゴブリン以外の初めて見る魔物が現れ始めている。しかし、俺と祈凛は此処まで一切戦闘してない。
現れる全ての魔物を琴音が一刀のもと切り伏せている。
「琴音、もしかして身体能力を強化する恩寵でも持ってるのか?」
そう思ってしまう程、琴音の速度は人間離れしていた。
「恩寵?いいや、私の恩寵はそんな物では無い。というか、何故そんなに驚いたような顔をする。ある程度ダンジョンに『適応』した探索者なら、この程度造作も無いだろう」
「『適応』?」
「なんだ、そんな事も知らないのか」
琴音は呆れたように説明する。
「ダンジョンで魔物を倒していると、身体能力が向上していくんだ。覚えはないか?体の切れが良くなったり、体力が増えたり。それを探索者の間で、『適応』と呼んでいるんだ」
確かに、激しく動いても息切れする事が少なくなったし、重い物も持てるようになった。
てっきり、『身体能力強化』のおかげだと思っていた。いや、『身体能力強化』と『適応』の両方のおかげなのか?
「人によって『適応』にも方向性があるがな。体力の伸びが良かったり、筋力が増えやすかったり、稀に身体能力は変わらず、恩寵ばかり成長する奴もいるがな」
「え、恩寵って成長するの!?」
「する。出力や範囲が上がったりな」
俺の場合どうなるのだろう。出せるパチンコ台が増えるとかか?全く想像が出来ん。
「俺の恩寵は成長するのか?」
「ん?龍之介、お前もう恩寵を持っているのか?」
「おお、持ってるぞ。あんまり自慢できる感じのじゃないけど」
「……そんなに前からダンジョンに潜っていたのか?」
「いや、潜り始めて一週間ちょっとかな?」
それを聞いて、琴音の肩がビクリと震える。
「……いつ、恩寵を手に入れた」
「初日だな。ゴブリンを倒したら直ぐ使えるようになったぞ」
言った瞬間、琴音がこちらを振り向き俺の方を掴む。
「見せろ。その恩寵」
「え、な、なんで?」
琴音の表情には、鬼気迫るものがあった。心配と不安、そして恐怖しているかのような、彼女らしくない表情だった。