ギャンブラー
『リーチ!』
ビカビカと光りながら、目の前に鎮座する、液晶と板に釘が突き刺さった奇怪な機械、パチンコ台から可愛らしい声が聞こえる。
グッと、パチンコ台に備え付けられたハンドルを持つ手に力が入る。
当たれ、当たれ……!!
心臓を高鳴らせながら、派手な演出と爆音に集中する。
よ、弱い!
パチンコの演出には強弱がある。
大体は最後の当落演出前に当たったかどうか分かるのだが、今発生している演出は涙が出るほど弱かった。
演出は進み、最後の当落演出、画面に大きな文字で『ボタンを押せ!!』と出る。
外れただろうと思いながらも、一縷の希望を乗せ、俺は力強くボタンを押す。
スカ、と画面がモノクロ色になる。
ハズレだ。
「ああ…………」
復活復活復活復活復活復活復活復活復活復活復活!!
奇跡の復活演出に期待してみるも、無情にも演出は終わってしまった。
「くっ……!」
俺は財布から千円札を取り出し、このパチンコ台に金を投じた。
「ふぅ……」
ゆっくりと、口から白い煙を吐き出す。
指に挟んだ煙草を再度口に加え、ボロい革財布を開く。
中にはキャッシュやスーパーのカードと、僅かばかりの小銭だった。
「家賃、どうすっかな……」
パチンコ店の中にある喫煙スペースで考える。
大家さんにぶん殴られたくねぇ……。でも流石に二ヶ月も滞納したぶん殴られるだろうな。
義理人情に厚い大家さんの可愛い顔を思い出しつつ、画面の割れたスマートフォンを動かす。
耳元にスマートフォンを当て数秒、独特な電子音の後、繋がる。
『もしもし』
通話機能によって、聞き慣れた幼馴染の女の声が聞こえる。
「もしもし、俺俺、ちょっとさ、少し頼みたい事があんだけど───」
『───金を貸して欲しいって話なら殺す』
その声色はガチだった。
「……ちょ、ちょっとお話したいだけですよ、へへ。まさかそんな、唯一無二の大事な幼馴染に金の無心なんて、するわけ無いじゃないっすか」
『それならいい。それと、先月貸した金も今月中に返せ』
「も、勿論っすよ」
震えた俺の声に相槌を打つと、幼馴染の女にそのまま通話を切られた。
金を借りるどころか、支払わなければならない金が増えた。どうなってる。
糞、世の中狂ってやがるぜ。
……しょうがない、仕事でも探すか。
スマートフォンで割りの良い仕事を探す事数分、一つの記事が目につく。
『簡単!いつでも!直ぐに高給!』
おいおい、なんて魅力的で怪しい文言だよ。
半信半疑ながらも、その記事を見る。
「あー……」
記事を見て、色々と納得した。
探索者募集の求人だ。
探索者、それは百年程前に現れたダンジョンという魔物が溢れる異界を探索する仕事である。
確かに探索者は稼げる。何故ならダンジョンから取れる資源は、現代文明を支える重要資源になっているからだ。
そのおかげで、国からの支援も厚い。
が、こんな胡散臭い記事が出るほど、成り手は少ない。
理由は単純、命の危機があるからだ。安全な日本に生まれて、わざわざ命懸けの仕事をしようとする人間は多くない。
「どうすっかな……」
別に命が惜しいというわけではない。
いや、命を落としても後悔しないと言うわけではなく、適切な安全マージンを取ればダンジョンで命を落とす事は限りなく無くなる、という事を俺は知っている。
では、何故悩んでいるのかというと、働きたくない。ただそれだけだ。
マジで働きたくない。一生ぐうたらしてパチンコして暮らしたい。
でも、金ねんだわ……。
しょうがない、取り敢えず一回やってみるか、探索者。
翌日、俺はダンジョンに来ていた。
正確には、南宝市にあるダンジョンを覆うように建てられた城のような巨大な建造物、探索者協会南宝支部だ。
ダンジョンとは、内部に巨大な空間を内包したブラックホールの様な黒い球体である。
球体に触れてしまえば、三百六十度どの位置からでも侵入できる、というか出来てしまうので不法侵入を防ぐために無駄に巨大な建物になっているのだ。
俺はこれから働かなければならないという現実にげんなりしながら、探索者協会に入る。
中は白を基調とした、清潔感溢れる市役所のような内装だった。
探索者、と聞くと荒くれ者のイメージだったが、存外真っ当な社会の空気がする。
パチンコ屋ばかりに入り浸っていた俺はその空気に気まずい何かを感じながら真っ直ぐ受付に向かい、話しかける。
「あの~」
「はい、なんでしょうか?」
焦げ茶色の髪をポニーテールにした愛想のいい女性の受付が声を返す。
すると、何かを察したのか、受付嬢は机の下から書類を取り出す。
「探索者様へのご依頼の場合はこちらの紙に氏名と住所、そして依頼内容の記入をお願いします。依頼料はご自身で決める事も可能ですが、もし適切な依頼料が分からなければ私共が適切な料金を提示させていただきます。もし分からないことがあれば何でも聞いてください」
元気で愛想の良い受付だ。だが、根本的に俺の目的とかみ合っていなかった。
「いえ、依頼に来たわけでは無く……」
「……?」
こてんと、可愛らしく首を傾げる受付嬢。
「……探索に来たんです」
「…………そ、その恰好でですか?」
驚愕から沈黙を経て、震える声で受付嬢が指摘した俺の姿は、まごう事なきジャージだった。
ヨレヨレの、如何にも着古したジャージである。
いや、俺もいい感じの装備があるのなら付けてきた。だが持っていないのだ。買おうとも思ったが、クソ高いので辞めた。
結果、動きやすい服装なら何でもいいと思いジャージになったのだ。
「と、取り合えず免許の提示をお願いします」
「はい、どうぞ」
「そ、そんな恰好なのに免許は持ってるんだ……」
思わず出てしまったという感じの受付嬢の言葉。
持ってるんすよ、免許。
ダンジョンを探索するには資格が必要だが、その免許は大学生時代、幼馴染に連れられて取ったのだ。
探索者の資格は更新不要のため、取得して十年近くたった今でも使用可能だったのも、俺が探索者をやってみようと思った理由の一つだ。
免許を確認する受付嬢を眺めながら、ちらりと周囲の様子を見る。
受付嬢が俺の恰好をみて依頼目的で来たと勘違いするのもわかる程、探索者と思わしき人間の恰好は物々しかった。
鎧にローブ、身の丈よりでかい大剣を背負ってる奴もいる。
これが一般的な探索者かぁ。
うん、完全に場違いだな。
とはいえ、帰るつもりはない。何故なら今帰ったら二度とこの場所には来ない自信がある。
自主的に働きに行くような人間では無いのだ、俺は。
「はい、確認でき来ました。それで、あの、……本当にダンジョンに入るんですか?」
「え、はい。やっぱ不味いっすかね?」
「いえ、その、不味いというか、危ないのでは……?」
「大丈夫っすよ、危なくなったら逃げるんで」
「そ、そうです、か?」
ようやくダンジョンに入る準備が整った。
俺は受付から離れ、強そうな警備員が配置された空港のゲートに似た検査を抜け、奥へと向かう。
「おお、これがダンジョンか」
眼前には巨大な黒い球体が浮かび上がっていた。
実は免許は取ったものの、実際にダンジョンに入るのは初めてだった。
少しばかりワクワクしながら、巨大な黒い球体に触れ、ダンジョンの中に入っていく。
ダンジョンの中、それは薄暗い洞窟だった。
ダンジョンによって内部構造は大きく変わるそうだが、ここはオーソドックスな迷宮型らしい。
周囲に数人、俺と違いガチガチに装備を固めた探索者が居る。
驚いたような、信じられないものを見るような目で俺を見てくる。
……さっさと移動するか。
周囲の視線に耐えかね、迷宮の奥に進んでいった。
「ギャギャ!」
第一村人ならぬ、第一魔物を発見した。小さな背丈で緑色の肌を持つゴブリンだ。
魔物はダンジョンから生まれる怪物である。地球上の生物とは異なる存在で、人間を見ると問答無用で襲い掛かってくる。
つまり、目と目が合ったゴブリンが、俺に飛び掛かってくるのは当然だった。
「うあっ!?」
悲鳴のような声を上げながら、反射的に腕を振った。
「ガァッ!?」
それがちょうどよくゴブリンの頭に当たり、サッカーボールの様に飛ぶ。
そのまま壁にぶち当たり、地面に落ちた。
「ガ……」
ゴブリンは小さく呻き、そして灰になった。
「あ、危ねぇ……」
魔物は死ぬと、灰になる。原理は知らない。少なくとも、俺が探索者の免許を取った時には理屈は解明されていなかったはずだ。
いきなりの事で爆発しそうな程高鳴る心臓を抑える為、探索者の資格を取った時の事を思い出しながら、灰の中に近づく。
灰の中、その中に小さく青い輝きを放つ宝石のような物があった。
魔石と言われる、魔物の心臓のようなものだ。
魔物は死ぬと全身が灰になるが、例外として魔石だけは残る。
俺は魔石を手に取る。
「これが金になんのか〜」
魔石は金になる。
ダンジョンが現れてから魔石の研究が盛んに行われた結果、エネルギー資源としての活用法が見つかったのだ。
今では探索者の主な収入源である。
俺は魔石をポケットに入れようとして、突然頭に鋭い痛みが走った。
「がっ……!?」
一瞬、しかしあまりの激痛に耐えかね、地面に蹲る。
蹲ったまま、ゆっくりと深呼吸をして、体調を整える。
もう痛くない、大丈夫、大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら立ち上がり、自分に何が起きたのか理解した。
─────恩寵、手に入れたわ。
恩寵、それはダンジョンに潜り魔物を倒した者に発現する異能の力だ。
千差万別の能力で、手にした瞬間使いこなす事ができるらしい。
恩寵は、取得するタイミングは人により違いがあり、一日で手に入る者もいれば、数年ダンジョンに潜っても手に入らない者がいる程個人差が激しい。
総じて早ければ早いほど才能があると言われている。
つまり、その理論に当てはめると俺はかなりの才能を持っている、という事だ。
探索者なんてやる気は微塵もなく、ある程度金を稼げたら辞めるつもりでいたが、才能があると分かればほんのちょっぴりだがやる気も湧いてくる。
取り合えず使ってみるか、恩寵。
使い方と能力は不思議と理解できていた。
どうやら俺の能力は何かしらの物体を呼び出す能力のようだ。
手を突き出し、念じる。
瞬間、目の前に光る物体が現れ、粘土のようにぐにゃりとねじ曲がりながら長方形を形どる。
少しずつ形を変えながら、数秒経つと光が収まり、光る物体は箱のような物になり目の前に鎮座していた。
それは前面の盤面に多数の釘が打たれ、液晶モニタが付き、下にボタンと小さなハンドルのついた、よく見慣れた物体。
それは、それは─────
「───パチンコじゃねぇかっ!!」