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双龍伝説  作者: 空色 理
第三章 伝説の再来
9/10

3.牛鬼の行方

 「ああ、遅刻だ!……えーっと、近道は無いかな?」

 男は、カーナビに映る時刻に目を向けては唸る。

 彼は、市内の食品工場で働いていた。出来上がった商品をトラックに積んで、取引先へと運ばなければならなかったが、会社を出るのが遅くなって、このままでは納品時刻に間に合いそうになかった。

「参ったな……小言を食らうのは御免だぜ」

 信号が変わるのを待ちながら、カーナビを見て道を探す。五分でも……なんなら、一分でも早く着くルートはないだろうか?そう思っていると、一瞬、カーナビにノイズが走り、画面が暗転する。

「おいっ!?こんな時に故障か?勘弁してくれよ!」

 コン!とカーナビの画面を叩くと、それが良かったのか画面が再び点いて、道路図が映し出された。

「よーしよし!えーっと……おぉ?」 

 ナビに映し出されたマップによると、百メートル先にある十字路を右折した場合、十分は早く目的地に着けるようだと標されていた。

「これなら、ギリ間に合うか?」

 男は嬉々として十字路を右折した。しかし――

「うわぁ!!」

 右折した先は、公園の前だった。正方形の石を等間隔に置いて囲いをされており、付近に木も植えられている。てっきり道路が続いているものと思っていた男は、ろくに減速していなかった。慌ててブレーキを踏んだが、車体の大きなトラックでは直ぐには止まれない。やがてトラックは、派手な音を立てながら、街路樹に正面から激突した。

 

 ――フフフ

 

 衝撃で頭を強く打ち、意識を失う直前、男は老人のようなしわがれた笑い声を聞いた。

 

 

           ※

 

 

 月曜日の朝。瑠璃が学校の玄関で靴を履き替えていると、肩をポンと叩かれた。振り返ると、そこには清水冴子の姿があった。

「おはようございます。雨宮さん。……あの、牛鬼は、どうなりました?」

「どうって?」

「岩を見に行って以来ずっと落ち着かなくて……何だか、鳥肌の立つような感覚がしているんです。それでやっぱり、復活しているんじゃないかと心配で……」

 瑠璃は土曜日の出来事を話すかどうか一瞬考えたが、自称霊感があるだけの清水に話すのはどうかと思い、結局黙っている事にした。

「今のところは何もないよ。清水さんはちょっと気にしすぎてるんじゃない?そんなに気を張らなくても、叔父さんがちゃんとお祓いしてくれてるし、大丈夫だよ」

「だと……良いのですけど…」

 清水は言いながらスタスタと教室に向かって行った。入れ替わりで、柚希がやってくる。

「おはよう。瑠璃。具合、悪くない?」

「おはよう。大丈夫だよ」

「よかった……」

 柚希はホッと胸を撫でおろす。柚希は当事者だったので、お祓いをしたことも、その後も話してあった。

「柚希の周りで変わったことはない?坂下くんから牛鬼が抜けているなら、あの場にいた他の人に影響があるかもって、叔父さんが言ってた。特に、夢に注意だってさ」

「夢?」

「うん。坂下くんも頭の中で声が響いてたって言ってたし、夢の中で何かを要求されたりするらしい」

「心の弱味につけ込むってやつだ?」

「うん。だから、気をつけて。……でもこの町の人は大抵、うちの神社の氏子だし、神棚の作法とかちゃんとしてるから、龍神様の加護があるし大丈夫じゃないかって言ってたけど…」

「あ、そっか!坂っちは元々うちの町の子じゃないから、入り込みやすかったってことか!」

「それもある。だけど、一概には言えないから、注意して。……あ、そうだ。なんなら、御守りあげるよ」

 そう言って瑠璃は、鞄から籠目の文様が入った御守りを取り出した。根付けに小さな鈴がついており、控えめだが澄んだ音がした。

「わあ!ありがとう!貰っとくね」

 柚希は嬉しそうに受け取っては、早速鞄に付けていた。

 

 

 その後二人が教室に向かうと、既に研吾が着席していた。

「おはよう!坂っち」

 柚希が明るく声を掛けると、研吾は一瞬驚いたようにしたが、すぐに「おはよう」と挨拶を返した。体調は悪く無さそうだ。

「あれから、どう?なんともない?」

 瑠璃が小声で話しかけると、研吾は神妙に頷いた。

「はい。牛鬼の声も聞こえなくなりました。やっぱり僕の中には、もういないみたいです…」

「それは良かったけど……だとしたら、どこ行ったんだろう?私は見てないけど、結界張ってて、その周りで双龍の舞も舞ってたんだよね?どうやって抜け出したんだろ…」

 柚希も小声で参加する。

(確かにそうだ……牛鬼はあのとき、縫い留められたみたいに動けなくなっていた。坂下くんの体から抜けたとしても、結界を通り抜けることなんて出来たんだろうか?)

 瑠璃はそう思いながら、あのときの様子を出来るだけ詳しく思い返していた。

「あの……これは推測なんですけど……」

 不意に研吾が言って、瑠璃も柚希も顔を上げた。

「ひょっとしたらお祓いの後、まだ僕の中に牛鬼がいたままだったんじゃないでしょうか?」

「え?でも、あのとき叔父さん、邪気は感じないって…」

「そうです。そこが盲点だったんですよ。僕はあまり覚えていませんけど、その……雨宮さんを襲った時よりも前には、牛鬼は出てきていませんでしたし、誰にも勘付かれていなかった……それこそ、みんなで割れた封印の岩を見に行った時には既に僕の中に牛鬼がいたのだと思いますし、その時に神主さんにも会っています。そこで気づかれてもおかしくなかったのに、気づかれませんでした。つまり牛鬼は、体を操るなどの行動を取らない限り、気配を悟られないのじゃないかと……」

「わかった!つまりはお祓いの時、坂っちから抜けたんじゃなくて、死んだフリみたいなことをしていて気配を消していただけで、結界から出た後に、坂っちから抜け出したってこと?」

「そうです」

「じゃあ……牛鬼が坂下くんから抜けたのは、少なくとも神社から解散した日曜日のどこか……ってことになるのかな」

「恐らく」

「……神社から出た後で離れたんなら、ぶっちゃけ、どこにでも行き放題じゃん…」

 柚希がポツリと呟いた一言により、三人の間に重苦しい沈黙が訪れた。

(そうだ……結界さえなければ、どこへでも行ける…)

 牛鬼が力をつけたいとするなら、不特定多数の人の恨みや怒りを吸収しに行っているんじゃないだろうか?

「そんなの、どうやって探すのよ…」

 思わず瑠璃の口をついて出た言葉で、柚希も研吾も険しい表情で黙り込んだ。

「誰かを操って暴れてくれないと分からないよね…」そう柚希が言って、「……当面の目標は、神器の継承者の雨宮さんじゃないかと思うので、注意が必要ですね」と研吾も真剣な顔をする。

「なら、陽翔さんも危ないんじゃない?」

「あっ…」

 言われて初めてその可能性に思い当たったかのように、瑠璃は目を丸くした。

 

           ※

 

 「ほんとに、大丈夫だってば」

 陽翔はそう言って笑いながら、玄関に向かう。

 帰宅後、今週から始めることになったコンビニのアルバイトに向かおうとする陽翔を、瑠璃は止めた。昼間した柚希達との会話から、継承者が危ないのではという仮説を立てたことを素直に伝えて注意を促し、なんならバイトは牛鬼のことが片付いてからでもいいのでないかと提案したが、案の定、陽翔は聞き入れなかった。

「でもっ!」

 尚も瑠璃が追いすがると、陽翔はポンと瑠璃の頭に手を載せた。

「俺は瑠璃のほうが心配だよ。俺と違って、生粋の雨宮家で、継承者なんだから。初めに襲われたのも瑠璃だし……だから、瑠璃こそフラフラしないで、家に居なさい。なんなら、神棚のあるリビングに居たらいいよ。ね?」

「……分かった」

 陽翔は基本的に優しいが、こうと決めたら意志を曲げない頑固さがある。瑠璃は長年の付き合いで、これ以上言っても無駄なことが雰囲気から分かった。

「よし!いい子だ。……バイトは十時までだから、終わったら真っ直ぐ帰るからね」

「…うん」

 結局瑠璃は、玄関から出ていく陽翔の背中を見守ることしか出来なかった。

 十六時半。父はまだ帰らない。瑠璃しか居ない家の中は、しんと静まり返っていた。

「さすがに引き止めるのはマズイか…」

 遊びに行くならまだしも、バイトは陽翔だけの都合ではないから、どうしようもない。けれど、バイト先という、ある意味逃げ場の無い場所にいるわけだから、何があっても不思議ではない。来店してきた客に襲われでもしたら……と思うと気が気では無かった。

 家の中を無駄にぐるぐると歩き回り、落ち着こうと気晴らしにスマホのアプリで、読みかけだった漫画を読んでみたが、内容がちっとも頭に入って来なかったので、仕方なくアプリを閉じた。

 いっそのことバイト先のコンビニまで客として行ってみようかと思いながら、それは仕事の邪魔になるかと思い直した。

「ただいま。……何やってるんだ?」

 そうしているうちに父が帰宅し、家の中をうろうろしている瑠璃を見て首を傾げた。

「あ、父さん。おかえりなさい」

「どうした?浮かない顔して」

「……なんでもない」

「なんだ?父さんには言えないことなのか?」

「そうじゃないけど…」

「じゃあ、話してみろ。瑠璃は言いたいことは言う性格のように見えて、本当に困っていることこそ言わないからなぁ。たまには父さんを頼ってみろ」

 瑠璃は少し迷ってから、陽翔が牛鬼に襲われないか心配だと打ち明けた。父は少し驚いたようにしながらも、すぐに目尻を下げて「そうだな」と同意した。

「実は俺も、牛鬼なんて嘘っぱちだと思ってたんだ。雨宮の子として神社の神主の息子に生まれたくせに、祭事の全てが煩わしかった。……まあ、俺の場合は、当時継承者だった爺さん達が健在だったから、神器を受け継ぐ可能性は薄かったのも大きかったかな……和成のほうが、気弱な割にはしっかりしてたし、和成が神社を継いで正解だったと思うよ」

 父が自分の話をするのは珍しかったので、瑠璃は自然と聴き入っていた。それにしても、信行(のぶゆき)と言う名前なのに、信仰がないなんて皮肉だと、瑠璃は内心思っていた。

「……だが、俺が蔑ろにしていた事でバチが当たったのか、陽翔と瑠璃が継承者になったと思ったら、牛鬼は復活したって言うし……坂下くん…だっけか?あの子の様子を見て、やっぱり牛鬼は実在したんだなって思ったよ」

 父はチラリとリビングの上に備え付けられた神棚を見上げた。

「伝承なんてのは半信半疑だったが……明美が信仰に篤かったし、神棚だけは粗末にしたらバチが当たりそうで怖かったから、きちんとしてたがな…」

「お母さんが…」

 瑠璃が呟くと、父は慌てた様子で「すまん!」と謝った。瑠璃はそれに黙って首を横に振った。

 父も陽翔も昔から、瑠璃のいるところでは、母の話題は意図的に避けていた。恐らく、瑠璃が寂しがるのを気にしてのことだったのだろう。

(小さい頃の私なら、そうだったかもしれない。だけど…)

 もう母が居なくて寂しいと思うほど子どもではないし、母がどんな人だったかを純粋に知りたいと思った。

 瑠璃がそんな想いを口にすると、父は何故だか泣き出しそうに顔を歪めて一瞬顔を伏せたが、次に顔を上げた時には、どこか安心したような笑顔だった。

「明美と俺は、中学からの同級生でな。当時から龍樹のことを気にしていた由利さんの友人として相談をされたのがきっかけで、話すようになったんだ。友達想いの優しい人だった。口数は多くなかったが、芯のある人で、こうと決めたら迷わずに突き進む強さのある人だったよ。そんな明美に惹かれて……親密になって、付き合うことになって……結婚したんだ」

 言っていて恥ずかしくなったのか、後半から父の歯切れが悪くなる。少し顔も紅くなっている。そんな父が可笑しくて、瑠璃は笑いそうになるのを懸命に堪えていたが、「何笑ってるんだよ」と父にツッコまれてしまった。

「ごめん。いい話だなって思って」

「絶対そんなんじゃなかったろ!……まあ、いいが……そういえば、瑠璃の笑顔は明美によく似てるよ。最近は特にそっくりだと思う」

「そうなんだ……」

 顔を覚える前に死別した母の面影が自分にあるという事実が、瑠璃は嬉しいような、くすぐったいような、変な心地がした。

「……瑠璃を授かった時な……俺も明美も、よく神社で龍神様に瑠璃が無事で産まれてくれるよう、お願いしてたんだ。俺は健診に行く前に神社に寄って、一緒に手を合わせるくらいだったが、明美は家でも、あの神棚に向かって祈っていた。それを見た陽翔も一緒になって祈ったり、神棚の掃除を手伝ったりしていたな……その甲斐あってかは分からないが、瑠璃はこうして無事に産まれてきた。……えらい難産で、もしかしたら母子共に死んでいたかもしれなかったんだ。明美はなんとしても瑠璃を生かそうと必死だったし、何度も瑠璃が助かるよう祈っていた……あのとき、明美の祈りが、龍神様に通じたんじゃないかって俺は思ってる」

 瑠璃はハッとして父の顔を凝視する。そんな瑠璃の瞳を見つめ返し、父は一度しっかりと頷いた。

「牛鬼が実在したんだ。きっと龍神様だって、実在するし、応えてくれるはずだ。神器の継承者である瑠璃と陽翔の声なら尚更だと思う。お前たちにはきっと、龍神様の加護がある。だから、二人とも、牛鬼になんか負けないし、なんとかなるさ!」 

 そう言ってニッ!と笑う父を見ていると、瑠璃の目頭は唐突に熱くなり、涙が溢れて頬を伝った。瑠璃が慌てて手の甲で涙を拭っていると、不意に父が手を伸ばして、瑠璃を抱きしめる。

「っ!」

 瑠璃は驚いた反面、父のがっしりとした腕に抱かれている感覚に、ひどく懐かしい安心感を覚えて、涙が止まらなくなった。父はそんな瑠璃の背中をトン、トンとあやすように優しく叩く。

「大丈夫。大丈夫…」

 父は瑠璃が泣き止むまで、そうして声をかけ続けていた。

 

           ※

 

「結構遅くなっちゃったな…」

 腕時計をチラリと見ると、時刻は二十三時を回っていた。事前に家族には遅くなる旨のメッセージを送っていたが、それでも心配しているかもしれないと思い、自転車のペダルを踏む足に力を込めて加速する。交代のバイトが遅刻をしたために、長めに勤務する羽目になったのだが、お詫びにと肉まんを奢ってもらったので、悪い気はしない。

「……瑠璃、もう寝てるかな…」

 自分がバイトに行こうとしていた時、えらく引き留めていたのを思い出し、陽翔は心苦しくなった。きっと牛鬼のことで不安になっているのだろう。早く帰って、安心させてやらなければ……。

「あれ?」

 ふと、人の声がした気がして、なんとなく声のしたほうに目を向けると、そこは集合住宅の駐車場だった。若い男女が向き合い、話している……というより、何やら言い合いをしているようだった。主に女がヒステリックな声を上げて男に掴みかかり、男は何事か怒鳴り返しては、女の手を振り払っていた。何度かそんなことを繰り返しているうちに、女が勢い余って地面に倒れてしまった。

「うわぁ~痴話喧嘩かな…」

 陽翔は、関わり合わないほうがいいと思いそのまま走り去ろうとしたが、突如として女が奇声を上げて起き上がり男に再び近づいたが、その手に柄の長い物を持っていて、それが電灯の灯りを弾いてキラリと光った。

「まさか、刃物!?」

 それを見るや、陽翔は思わず自転車を飛び降りて、二人のもとへ駆け出していた。

「お、おい。落ち着けって!」

 男は女から距離を取りながら、なんとか宥めようとするが、女は「うるさいっ!!」と聞く耳を持たない。

 陽翔は近づくにつれて、女の様子の異常さに気がついて、一瞬立ち止まった。

 髪を振り乱し、手に裁ち鋏だろうか?大きな鋏を持っていたが、青白い顔に目ばかり爛々と輝いていて、とても正気とは思えない。

「ひゃあ〜!」

 男は情けない声を上げながら逃げ惑う。しかしその胸に、鋏を構えた女が迫る。

「危ないっ!!」

 陽翔は咄嗟に女に、横から体当りする。

「ウッ…!」

 女は呻いて倒れこんだ。女はそれきり動かない。陽翔はすぐに女に近づいてみたが、怪我はなくただ気を失っているだけのようだと分かって、ホッと息をついた。それから男のほうを振り返り、「大丈夫ですか?」と声を掛けた。

「あ、ああ……助かった。ありがとう」

 男は腰が抜けたのか、地面に座り込んでいた。

「えっと……この女性とは、お知り合いですか?」

「……彼女だ」

「あの……なんでこんなことになったか、訊いても?」

「勘違いだよ。俺が浮気してるって……してないって言っても、聞いてもらえなくてさ…」

「そうですか……なら、警察を呼んだりしなくて大丈夫ですか?」

「あ、ああ……でも、目が覚めたらまた襲ってくるんじゃないかと心配だけどな……」

「そう…ですね」

 しかし、女性をこのままという訳にもいかない……どうしようかと男二人で悩んでいると、

「ぅう…」

 女が呻きながら起き上がった。襲ってくるかもしれないと身構えたが、女は辺りを見回して不思議そうにする。

「あれ……こうくん?と……誰?」

 襲ってきた時の異様さはなく、まるで憑き物が落ちたような様子の女に、男も陽翔も唖然としていた。

「な、何?私、なんか変?……というか……なんで外?」

「なんでって……おまえが――いや、いいや……とにかく、部屋に戻ろう」

 男は安心したように言って、女を助け起こす。

「迷惑かけたな……どこかの学生か?良かったらうちで茶でも飲んでくか?」

「お気遣いなく。俺、早く家に帰らないといけないんで、これで失礼します」

「そうか……ほんとに、ありがとう」

 それから陽翔は自転車に跨り、家路を急ぐ。

「何だか……この間の坂下君みたいだったな…」

 女の様子を思い出し、陽翔の背に嫌な汗が流れた。

「まさか……ね」

 

          ※

 

 

 ――オマエノ望ミハナンダ?叶エテヤルゾ。

 

 暗闇の中、更に黒く見える何かが、煙のように揺らめいている。その煙が、ひび割れた低い声で問い掛けて来た。けれど、不思議と恐怖は感じない。


 ――さあね。少なくとも、お前に答える義理は

   ないよ。

 

 ――守ッテドウナル?オマエニハ関係無カロウ。

 

 ――関係無くなんかない。大事な家族だ。

 

 ――ズット騙サレテイタノニカ?

 

 ――騙されてなんかいないよ。むしろ、守って

   くれていた。お前こそ、何がそんなに面白

   くないんだよ?

 

 ――我ハタダ、自分ノ居場所ガ欲シカッタダケ

   ダ。

 

 ――自分の居場所が欲しいからって、他人の居場

   所を奪っていい訳じゃないだろ。


 ――奪ワネバ手ニ入ラヌ。お前トテ、同ジダ。

   他人ニ好カレル仮面バカリヲ付ケテ、自分ヲ

   無害ト思ワセルコトデ居場所ヲ得テキタ。

 

 ――俺は好きでそうしてるんだ。

 

 ――本当ニソウカ?ダトシタラ、オ前ハ何者デモ

   ナイ傀儡ダ。自分ノ意思ハナク、他人ニトッ 

   テ都合ノ良イダケノ傀儡……空ッポダ。

 

 ――違う。

 

 ――ソウダロウ?ナラ、イイ加減認メタラドウ

   ダ?オ前ニハ、強イ望ミガアル筈ダ。

   自分勝手ナ欲望ガ……。

 

 ――だから、そんなの無いって!

 

 ――我ニハ分カル……本当ノオ前ハ、欲シクテ欲シ

   クテ堪ラナイノダ。

 

 ――何が?

 

 ――雨宮瑠璃ガ。

 

 

 「っ!?」

 何か強い感情が湧いて飛び起きた。驚きなのか怒りなのか……自分の心臓の鼓動が煩い。何度か深呼吸をすると、徐々に落ち着いた。

 (何か、嫌な夢を見た気がする…)

 しかし、思い出せない。ふと枕元のスマホで時刻を確認すると、まだ深夜の二時だった。

「……寝よう」

 バイトで疲れていたのか、横になって目を閉じるとすぐに眠気が戻ってきた。

お読み頂き、ありがとうございます!

前回は、瑠璃の父親の名前を出していなかったが故に文章を書きにくいことが分かったので、慌てて名前を考えました。まさか、こんなに父が登場するとは思っていなかったので……と言い訳しておきます。

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