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双龍伝説  作者: 空色 理
第三章 伝説の再来
7/10

1.束の間の休日

 それから一週間は特に大きな変わりもなく進み、学校では近づく夏休みに、早くも浮かれムードが漂っていた。

「今年の夏休み、どこ行く?」

「あれ?柚希。夏休みも塾があるんじゃ……」

「数日なら大丈夫だよ。ちゃんと遊ぶ日と勉強する日を分けるもん!」

「そう?ならいいけど……」

 瑠璃は夏休みにはよく、家族で海へ行ったりキャンプをしたりしていた。それに柚希も交じる事もあった。

「そうだな……今年はあんまり遠出しないって言ってたな……ハル兄が学祭で劇をするから、夏休みも練習あって、あんまり空いてないみたいなんだよね…だから、キャンプ場に一泊…とかにしよっかって」

「そうなんだ~。陽翔さんも出る劇かぁ~。……当日、一緒に観に行こうね!」

「うん」

 瑠璃が頷くと、柚希はくるりと後ろを振り返り、研吾に話しかけた。

「そういえば坂っち。坂っちは夏休みに予定とかあるの?」

「いえ。特には……あ、そうだ!お二人とも、よければ今度、一緒に隣町に遊びに行きませんか?」

「え?」

 驚いて柚希と瑠璃は顔を見合わせる。研吾は最近、最初の頃のオドオドした印象が消え、かなり積極的になった。特に瑠璃や柚希とよく話すようになっていた。

(席が近いから……とは思っていたけど)

 実際どうなのだろうか?と瑠璃は不思議に思っている。

「日にち次第では行ってもいいけど……」

 瑠璃が答えると、「本当!」と研吾はパァッと笑顔になった。

 その後三人で予定をすり合わせた結果、今週の土曜日に映画を観に行くことになった。

  

 

「へぇ~。隣町にねぇ……」

 夕方。瑠璃は夕食の支度を手伝いながら、陽翔に研吾のことを話していた。

「意外だね。瑠璃みたいな子に話しかけるタイプとは思えなかったんだけど」

 少し表情を暗くして陽翔は言う。瑠璃はそれに頷きながらも、「でも、映画のチケット代出してくれるっていうし、最近隣町行ってないなって思ったから、ちょうどいいなって話になったんだ」と明るく話した。

「まぁ…いい息抜きになるかもね。最近は牛鬼の封印が解けたかもって、家の中では騒がしいしね…」

 この一週間の間、念の為と身内が騒ぎ、陽翔と瑠璃は双龍の舞をもう一度奉納した。今度は演舞用の小道具ではなく、本物の紅龍の槍と蒼龍の扇を使ってだ。本物を使ったからって特に何かを感じたわけでも、何かが起きたわけでもなく、陽翔も瑠璃も、千年の歴史がある神器を壊してしまわないかだけが心配で、いつも以上に気を張った舞になった。

「結局何もないみたいだったしね。叔父さん達も早く諦めたらいいのに…」

「そうだね……だけどさ、今まで一度もなかったことが起きたんだし、しょうがないよ。――瑠璃さ、やっぱりこの件が落ち着くまで、遠出はしないほうが良いんじゃないかな?隣町って言うと、半分から南は、龍神様の治める地じゃないって言うじゃないか。映画館は、ちょうど龍神様の加護から外れちゃう場所にあるし……」

「それこそ気にしすぎ!」

「そうかなぁ?」

「そうそう。だってここ一週間、何も起きてないんだし、舞だって奉納し直したんだから、大丈夫だって」

 瑠璃は内心、でたらめな伝承に翻弄される陽翔を哀れに思ったが、心配させるのは不本意なので、なるべく寄り添う。陽翔はしばし考え込むようにしていたが、やがて「……わかった。行っておいで」と低い声で呟いた。

「別にハル兄の許可がなくても行くけどね」

 瑠璃は笑って陽翔の肩を叩いた。

  

 

 土曜日の午前十時。空は晴れ渡り、日差しが強い。瑠璃は最寄りのバス停で、柚希と研吾を待っていた。隣町の映画館は、バスで三十分行った先にある商業施設の一角にある。店より住宅地のほうが多い、どちらかといえば片田舎に近い地元と違い、隣町はオフィス街も商業施設も多く、都会だと感じる場所だった。映画のついでに買い物もしたいなと、瑠璃は陽翔にねだって少し多めにお金を貰ってきていた。

「あ!瑠璃。早いね」

 柚希がパタパタと走ってくる。それに笑顔で応えていると、「おはようございます」と研吾もやって来た。研吾はジーンズに白のTシャツで、Tシャツの上に青がベースのチェック柄のシャツを羽織っているという、ありふれた服装だったが、普段制服かジャージ姿しか見ていなかった瑠璃の目には、何だかひどく珍しく映った。おまけに、シンプルな銀のネックレスをしていて、手首には文字盤に細かい歯車が見える構造になっている緻密な作りの腕時計が巻かれていた。

「坂っちの時計、かっこいいね!」

 すぐさま柚希が反応すると、「……去年の誕生日に、母からもらったプレゼントなんです」と研吾は恥ずかしそうに言った。

「へぇ~すごいなぁ~」

「……お二人の服装も……す、素敵です」

 すると研吾は、モジモジしながらもそう言って、柚希も瑠璃も、「ありがとう!」「どうも」と口々に礼を言った。

 柚希はレモンイエローの、半袖だが肩口がヒラヒラとしたチュールブラウスに、アイボリーのキュロットパンツを履いていた。いつものツインテールはそのままに、麦わら帽子を被っている。夏らしいし、明るい性格の柚希によく似合っていると、瑠璃は思った。対して瑠璃は、細身のジーンズに、サイズが大きめの胸に何やら英語がかかれた白いTシャツを着ていて、頭には黒のキャップを被るというシンプルなもの。本当はスカートを履いたりしたかったが、陽翔がそれを許さなかった。柚希が履いているような、膝丈のパンツですら却下され、妥協に妥協を重ねて、今に至る。町に行くのだからと、過剰に心配していた陽翔の顔を思い出して、瑠璃は溜め息をついた。

 そうしているうちにバスが来て、三人はバスに乗り込んだ。車内でも学校のことや休日の過ごし方などの話題で盛り上がる。

(ほんと、坂下くん、どうしたんだろう?)

 全く緊張する素振りも見せずに、笑顔で話す研吾に、瑠璃は違和感が拭えない。けれど、厭味な感じではなかったので、その違和感は徐々に薄れていった。

 

 

 目的地のショッピングモールは、土曜日とありかなり混雑している。実のところ、三人はこの辺りの地理に疎かった。なんとか人混みに流されないように端によると、映画館の場所を案内板で確認する。

「……誘っておいて、面目無いです」

 研吾はひたすら恐縮している。"面目無い"なんて言葉が、同級生の口から飛び出したことが可笑しくて、瑠璃は自然と表情が緩む。

「瑠璃。何笑ってるの?」

 柚希が不思議そうに瑠璃の顔を覗き込む。堪らず瑠璃は吹き出した。

「…だって……フフ……面目無いって……」

「どこで笑ってるのよ」

 言いながら柚希も釣られて笑い出す。笑う女子二人に、研吾は呆気に取られていた。

「あ、あの……僕、何か変なこと言いましたか?」

「フフフ……ご、ごめん……坂下くん……ただ、頭いいなって思っただけだから……気にしないで」

「アッハハ!……いや、ごめん、ごめん。映画!映画行こう!…フフフ」

「…は、はい…」

 映画館は五階にあった。瑠璃達が観る映画は、とある恋愛小説を実写化したもので、主に若年層に人気が高かった。主人公は、女子高校生に昔助けられた犬で、生まれ変わって人間の少年になり、恩人の女子高校生の元に現れるというもので、初めは犬だった事も忘れていて、何故か女子高校生を気にしてしまうことに戸惑う少年だったが、やがて恋に発展し、最後には自分が犬だった過去があり、女子高校生が恩人であったことに気づくという物語だった。瑠璃も柚希も、原作の小説を読んだことがあった。

「映画の原作の小説をハル兄に貸したら、ハル兄ボロ泣きしててさ。本人は否定してたけど、読み終わったって言って本を返してくれた時、目元が赤かったから、バレバレで可笑しくて」

「なんか、分かる気がする。陽翔さん、そういうの弱いよね」

「愛情深い人なんですね」

 研吾は穏やかに微笑んでいる。

「坂っちは初見だよね?泣くかな?」

「いや。僕はあまり映画で泣いたりしないので、大丈夫だと思いますよ」

「どうかなぁ〜」

「ラストが結構くるんだよね…」

「そうそう!」

 瑠璃と柚希はそのシーンを思い出すように宙を見上げる。

「そんなにですか?」

 研吾の問いに二人はただ笑顔を返した。

 

 

 数時間後。

「ほらね!やっぱり」

 映画の後、柚希が勝ち誇ったように言った。

「ちょ、ちょっとだけだったよ!」

 研吾は顔を赤くして、それまでの丁寧語をすっかり崩して反論する。

「ちょっとでも、泣いたことには変わりないよ〜」

 柚希が茶化し、研吾はますます赤くなった。

「ほらほら。それぐらいにしとかないと、坂下くんがかわいそうでしょ。ちょうどお昼だし、なんか食べに行こうよ」

 瑠璃は二人を促し、レストラン街へ向かう。悩んだ末にハンバーグを食べて、それからショッピングモールを散策した。服や雑貨を見て回り、ゲームセンターで遊んだ。研吾が意外にもクレーンゲームが得意であることが発覚して、今日の記念にと柚希は兎、瑠璃は柴犬のぬいぐるみを取ってもらった。お返しに瑠璃と柚希が協力して研吾に猫のぬいぐるみを取って渡した。研吾はほとんど一発で取れたのに対して、二人がかりでも複数回掛かってしまい、研吾に恐縮されたが、気持ちだからと笑う二人に釣られて、研吾も嬉しそうだった。

 

 ひとしきり遊んだ後に三人は手近なカフェに入って、コーヒーとパンケーキを注文した。それらをゆっくり食べながら、今日の出来事を振り返っていると、「今日は、ありがとうございました」と研吾が改まって言った。

「どうしたの?急に……遊ぶくらいなら、いつでも出来るでしょ?」

 柚希が首を傾げると、研吾は困ったような嬉しいような、複雑な表情をする。

「僕にとっては、クラスメイトを……それも、女の子を遊びに誘うなんていうのは初めてで、すごく勇気が入ったんです。断られるんじゃないか、気味悪がられるんじゃないかって、怖くて……もし断られたら、それきり、学校で今までのように声を掛けて貰えなくなるんじゃないかって心配で……でも、二人は誘いに乗ってくれて……すごくほっとしたんです」

「そっかぁ〜。まあ、確かに坂っちからすればそうか……私なんかで良かったら、また遊んであげるよ。今日は楽しかったし!……ね?」

 柚希は瑠璃のほうを向く。瑠璃はそれに同意して頷いた。

「うん。私も楽しかったし、また来よう」

「はい!」

 研吾は本当に嬉しそうに笑った。それを見て瑠璃もなんだか温かい気持ちになる。が、「…いい感じの空気の中悪いんだけど……トイレ行ってくる」と柚希が言って、何だか可笑しくなってしまって笑った。

 柚希を笑いながら見送ると、一瞬の沈黙が訪れる。考えてみれば、この三人の中では柚希が話すことが多く、瑠璃と研吾では対して会話していなかったことに、瑠璃は気がついた。なんとなく気まずくて、瑠璃はそうとは知られないようにコーヒーを飲んだ。

「あの……雨宮さん」

 すると研吾に話し掛けられ、瑠璃は「ん?」と研吾に顔を向けた。研吾は少し緊張しているようだ。拳を握りしめ、顔を赤くしている。

(あ、これは……)

 瑠璃は研吾がそうする理由に心当たりがあった。度々出会う、こうした場面では大抵――。

「僕と、お付き合いして貰えませんか?」

(やっぱり)

 瑠璃はたいした感動も緊張もなく、研吾の言葉を受け止めた。

(恋愛の意味で人を好きになるって、どういう感覚なんだろう?)

 今まで幾度となく告白されながら、瑠璃は恋をしたことがなかった。告白されたこと自体は嬉しくはあったが、自分が相手に特別な気持ちを抱くことはなかった。それで誰に対しても断っていたのだ。


  ――瑠璃は理想が高いんだよ!――

 

 かつて柚希にそう言われたことがあったが、自覚は無かった。けれど、陽翔というハイスペックな兄がいるせいじゃないかと他の子にも言われたし、そうかもしれないと思うようになった。考えてみれば、瑠璃はいつも男性を見る時、兄や父と無意識に比べてしまっているようだった。ふとした場面で、陽翔なら、父ならどうするか考え、陽翔や父なら出来ることが対応出来ない男性を見ると、内心幻滅していた。完璧でないといけないと思っているつもりはなかったが、どうやら陽翔や父が全ての基準になっているのだろう。瑠璃自身も、勉強やスポーツが学校内の平均値より高いことが多く、女子だからと男子に後れを取ることは少なかった。そんなことも、異性を特別視出来ない理由かもしれない。

(恋愛に憧れていないわけじゃない……だけど…)

 今まで告白してきたどの男子を見ても、ときめかなかった。ただ、それだけだ。

「……」

 瑠璃はしばし研吾を見つめて考える。けして悪い子ではない。むしろ誠実で紳士的だと思う。女子慣れしていないのも、かわいいと言えるかもしれない……だけど……。

「……ごめん。付き合えない」

「他に……好きな人とか、居るんですか?」

「いないけど……坂下くんを彼氏という目で見れない」

「その……お試しで付き合ってみるのは、ダメですか?付き合っているうちに、仲良くなれるかも…」

 意外と粘るなと瑠璃は驚きつつも、表情を変えずに、「たとえそうでも、私は友達って感覚だと思うから、無理」と淡々と答える。『断る時はキッパリと。でないと関係があやふやになって、勘違いさせるからね』と、よく陽翔に言われたことを思い出した。

「なんでそんなにキッパリと――分かりました。変なこと言ってすみません」

 研吾はなおも食い下がろうとしたが、さすがにそれはマズイと思ったのか、謝った。

「ううん。気にしないで」 

 瑠璃はどこまでも単調に返す。"期待に応えられずに申し訳ない"という態度も取ってはならないと、これも陽翔の教え。とにかく後腐れがないように、一ミリも可能性がないと思わせたほうがいいそうだ。

(でもハル兄は、彼女がコロコロ変わるよね…)

 陽翔はどういうつもりで付き合っているのだろう?予想として、告白されたから付き合っているようにも見える。誰にフラれても、いつも飄々としていたし……でも、違うかもしれない。本当に好きで付き合ったけど、フラれたから悲しさを紛らわす為に飄々としていたのかも……。

(こんな時までハル兄のことを考えるなんて……やっぱり私、ブラコンなのかな)

「あれ?なんかあった?」

 そこへ柚希が戻ってきた。答えられずに視線を泳がせる研吾に代わり、「別に」と瑠璃は答えておいた。

 

 カフェから出ると、外はだいぶ日が落ちて東側から徐々に藍色に染まってきていた。

「そろそろ帰ろっか」

 バスで来ていることもあり、三人は遅くならないうちにバス停を目指した。程良い疲れもあって、三人は口数も少なく歩く。ひょっとしたら研吾は、別の意味でも話しにくいのかもしれなかったが……。バス停に着いてもそれは変わらず、スマホを見たりしながら静かにバスを待っていたが……

「ちょっと坂下くん?大丈夫?」

 瑠璃がふと隣の研吾を見ると、研吾は苦しそうに顔を歪めては脂汗を流していた。

「すみません……ちょっと、頭が…痛くて……」

「ちょっとどころじゃないよね?木陰で休もう」

「でも、もうすぐバスも来るし…」

「そんなの、次のに乗ればいいよ!」

 柚希にも言われ、とうとう研吾は頷いた。

 三人はバス停から離れて、近くの公園のベンチに研吾を座らせる。

「私、水買ってくるね」

 柚希が近くの自販機に走る。研吾は相当苦しいのか、頭を抱えて俯いている。手持ち無沙汰な瑠璃は、研吾の背中を擦った。

「っ!?」

 それで研吾はハッと顔を上げて驚いた。

「ご、ごめん。迷惑だった?」

「い、いえ!そうじゃなくて――っく!」

「ど、どうしたの?」

 研吾は突然、更に苦しそうに体を丸め、「…ぅう」と声を洩らした。どうしようかと瑠璃が思案していると、

「……ア…マ…ミヤ…」

「え?何?……っ!!」

 研吾が低い声で呟く。言葉を聴き取ろうと瑠璃が近づいた途端、研吾は素早く両手を瑠璃の首へと伸ばし、ガシリと強い力で掴んだ。瑠璃は慌てて研吾の腕を掴んで、研吾の手を退けようとしたが、どんなに力を込めてもびくともしなかった。

「っ…が…!」

 瑠璃は息ができずに、酸欠で徐々に力が入らなくなってくる。研吾は立ち上がり、その勢いで瑠璃を地面に引き倒すと、瑠璃の上に馬乗りになりながら首を絞め続ける。研吾の目は大きく開かれ、血走っている。とても正気とは思えなかった。

(一体何が…)

 朦朧とする意識の中、瑠璃は必死に抵抗するが、赤ん坊がただ手足をバタつかせているだけのように、力が入っておらず、なんの抵抗にもならなかった。このままでは死んでしまうと、瑠璃の頭の中では、架空の警報機がサイレンを響かせている。全身が震えていると錯覚するするほど、強く激しい心臓の鼓動を感じる。

(誰か、助けて――ハル兄…)

 酸欠と涙でぼやける視界の中に、ふと陽翔の姿が浮かんだ。


「瑠璃っ!!」

 

 突然、怒号のような声で名を呼ばれたと同時に、ドカッ!という衝撃音がして、首に掛かっていた圧力が消えた。おかげで、それまで堰き止められていた血や酸素が一気に体に巡り、瑠璃は激しく咳き込んだ。そんな瑠璃の体を、誰かが抱き上げる。

「瑠璃!大丈夫か!」

「…は、はる…に…ゲホッ!ゲホ!」

「無理に喋るな。もう、大丈夫だから」

 瑠璃の目に、陽翔の顔が映った。怒ったような険しい顔をしていた陽翔の瞳が、瑠璃と目が合った瞬間に優しく笑うのを見て、瑠璃は安心して意識を失った。

「瑠璃!?」

 陽翔は慌てて瑠璃の呼吸を確認して、止まっていないと分かると安堵した。そうして、今しがた殴り飛ばした研吾を見やる。研吾は殴られた衝撃で意識を失っているようだ。しかし、やがて小さく呻きながらゆっくり体を起こした。左頬が赤く腫れており、痛々しい。そんな自分の頬を触って痛みに顔を顰めては、驚いている様子なのが、陽翔には少し引っ掛かった。

「え?痛い…?……なんで?」

 研吾はそう言って周りをキョロキョロし始めた。やがて陽翔と、陽翔に抱きかかえられている瑠璃を見て、更に驚いた。

「雨宮さんのお兄さん?それに、雨宮さん!!どうしたんですか?」

 研吾は、慌ててこちらに駆けて来ようとする。陽翔は咄嗟に瑠璃を抱えて距離を取っては、研吾を睨みつける。

「どうしたのか教えて欲しいのは俺の方だ!いきなり瑠璃に襲い掛かっておいて、何様のつもりなんだよ!」

「え……僕が……雨宮さんを?そ、そんな…っ!」

 最初は狼狽えていた研吾は、途中で何かに気づいたようにハッと顔を強張らせた。

「ま、まさか……」

「なんだ?何か思い出したか?」

「は、はい。実は――」

「え?陽翔さん!?……何があったんですか?」

 そこへ水を手にした柚希が戻ってきて、あんぐりと口を開けて立ち尽くした。

お読み頂きありがとうございます。

前回から日を空けてしまい申し訳ありません。夏のお話なので、なんとか寒くなる前には書き終わりたいなと思っていますので、よろしければお付き合い下さい。

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