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双龍伝説  作者: 空色 理
第二章 暗雲
6/6

3.変化

 放課後。いつものように迎えに来た陽翔を見て、瑠璃は安心したというより、少し心配になった。

(ちょっと普通すぎない?)

 自分の出生にまつわる秘密について暴露された翌日に、こんなにもいつも通りの振る舞いが出来るものなのだろうか?

「瑠璃。お疲れ様!今日は柚希ちゃん、一緒じゃないんだね?」

「うん。柚希は真っ直ぐ塾行くんだって」

「へぇ~。大変だね…」

 柚希は先週にあった中間考査の結果が散々で、心配した親により、今週から週三日の塾通いをすることになってしまったのだ。

「で?その紙袋は?」

「これは、坂下君の家に」

「おや。今日も休みか…」

「うん。なんか頭痛が治まらないんだって」

「そっかぁ……じゃあ、坂下君のところに寄ってから帰るんだね?」

「うん」

「じゃ、行こっか」

 陽翔は先頭を切って歩き出す。それについて行きながら、瑠璃はとうとう我慢出来ずに「ねえ!」と陽翔の背中に声を掛けた。

「ん〜?」

 陽翔はゆっくりと振り返りながら、首を傾げた。

「なんとも……ないの?」

「なんとも…って?」

「だから!ハル兄の秘密のこと」

「……ああ」

 陽翔はようやく分かったように頷くと、「うーん…」と唸ってから、「なんともないって言ったら、嘘になるかな」と笑った。

「始めはびっくりしたし、なんで今言うんだろう?って思っていたんだけど……でもさ。俺が雨宮家の人間だろうが、そうじゃなかろうが、俺は父さんのことも瑠璃のことも大切だから、それでいいんじゃないかって思ってさ。俺はこれからも雨宮陽翔なんだし……そう思ったら、別に悩むこともないでしょ?」

「……まあ…そうだね……でも、無理…してない?」

「別に〜」

「……」

「大丈夫だって!でも、心配してくれてありがとう」

 陽翔はニコニコ笑いながら瑠璃の頭をクシャクシャと撫でた。

「もう!髪の毛、グシャグシャにしないで!」

 瑠璃は怒って陽翔の手を払い除けたが、陽翔はまだ楽しそうに笑っている。

「そうは言っても、手櫛ですぐ真っ直ぐになるんだから、いいじゃん」

「そういう問題じゃないから!」

 瑠璃は早足に歩みを進めて、陽翔を引き離す。

「ごめん、ごめん。ちょっとふざけただけじゃんか。そんなに怒らないでよ」

 陽翔は慌てて瑠璃の隣までやってきて、瑠璃の顔を覗き込むが、瑠璃は陽翔と目線を合わせない。

「…え?そんなに?ーー分かった。じゃあ、後でデザート奢ってあげるから…」

 陽翔がそう言うと、瑠璃はピタリと歩みを止めて、陽翔を見た。その顔はにんまりしている。

「じゃあ、『September(セプテンバー)』でこの間出た、新作のパフェを奢ってくれたら、許す」

「良いけど……もしかして、始めからそれが狙い?」

「さぁ〜て!そうと決まったら、さっさと届けて、家に帰ろう!」

 瑠璃は陽翔の疑問を無視してズンズン歩く。なんだかスキップしているかのような軽快な足取りに、陽翔の頬は自然に緩む。

(ほんとに瑠璃は分かりやすくて、かわいいね)

 妹に翻弄される自分も悪くない、と本気で思えてしまう陽翔だった。

 

 研吾の部屋のインターホンを押すと、前回とは違って研吾はすぐに出てきた。

「ありがとう。雨宮さん」

 そう言って、真っ直ぐ瑠璃を見て笑う研吾は、なんだか元気そうだ。ただ、陽翔を見て少し背筋を伸ばす。

「あ……雨宮さんのお兄さん……でしたよね?こんにちは」

「うん!こんにちは」

 陽翔はニコニコしていたが、言いながら半歩程瑠璃に近づいた。まるで研吾から庇うような仕草に、瑠璃は内心呆れていた。

「その様子なら、明日は学校に来られそうだね。また、明日」

 空気感が面倒臭く感じた瑠璃は、話を終わらせようとそう切り出した。

「あ、う、うん……また明日」

 研吾はもう少し話したそうだったが、大人しく引き下がった。

 

 「なんか、前来た時より元気になってなかった?」

 帰り道、陽翔が言うのに、瑠璃も頷いた。

「ね。なんだか、前より明るくなった気すらするけど……まあ、単純に頭痛から解放されて元気になったってことでしょ」

「そうかな?……あ、そうだ。瑠璃」

「なに?」

「今度うちの大学でやる学祭での劇にさ、瑠璃も出てもらえないかって、部長が言ってるんだけど……」

「…は?」

 瑠璃は途端に顔を顰めた。

「やっぱ、ダメ?」

 元々期待していなかっただけに、陽翔は笑みすら浮かべていたが、

「ーーどんな劇?」

 瑠璃は呟くような声で尋ねる。

「え?……うーんと、『新訳 桃太郎』って言って、現代版桃太郎って触れ込みなんだけど、会社の嫌な上司を"鬼"として、それに新人社員の"桃子"が仲間と立ち向かうって話らしいよ。瑠璃は、主役の"桃子"をやって欲しいって。……まさか、やってくれるの?」

 信じられないと言った表情で話す陽翔を、瑠璃はチラリと見たが、すぐに顔を背け、小さな声で「……ハル兄は、何やるの?」と訊いた。その質問の意図を計りかねた陽翔は、「一応、"桃子の彼氏"だけど?」と首を捻る。

「ーーハル兄が、出て欲しいって思うなら……いいよ」

「え……ほんと!?意外だな〜。瑠璃、双龍の舞も嫌がるくらい、人前で何かっていうの、嫌いでしょ?」

「いいから!出てほしいの?それとも、出なくてもいいの?」

 瑠璃は顔を赤くして怒鳴るが、陽翔にはそれが可愛らしく見える。それで笑っていると、「笑うなっ!」と、瑠璃の蹴りが膝裏に飛んできた。

「ッイテ!……なにも蹴らなくていいでしょ!」

 陽翔は、膝から崩れ落ちそうになるのを持ちこたえる。陽翔が倒れなかったのが面白くなかったのか、瑠璃は更にムスッとしている。さすがにこれ以上、瑠璃の機嫌を損ねるとまずいと陽翔は察して、「俺はどっちでもいいよ。出るとなったら、夏休みは合宿も挟みながらの練習になるだろうし……」

「……私が桃子をやらなくても、ハル兄は彼氏役なの?」

「さあ?それは分からないけど。瑠璃が桃子をやってくれるなら、兄の俺が彼氏やれば心配ないだろって部長は言ってたな」

「……それって……その…もしかして……」

 瑠璃が何かを聞こうとして、躊躇うように視線を左右に散らしている。陽翔は瑠璃の言わんとすることが分かって、思わず吹き出した。

「キスシーンとか、あるんじゃないかって?」

「っ!」

 瑠璃の顔が真っ赤に染まる。

「ないよ。ただ、彼氏っぽく寄り添うだけ。もしそんなのがあったら、俺は瑠璃に話を持って来る前に断ってるよ」

「……だよね。ーーじゃあ、出ない。私が出たせいで、他の部員さんに嫌な思いさせたくないし……まあ、どうしても役が埋まらないなら、その時は協力するけど…」

「確かに。主役だもんね。分かった。断っておくよ」

「うん。ごめん」

「いいよ。別に。部長の無茶振りなんだし……さて、パフェ食べに行こうか」

「うん!」

 瑠璃はパァっと笑顔になって、それを見た陽翔も笑顔になった。

 

 

 翌日。瑠璃が登校して教室へ向かうと、教室前をウロウロする女生徒を見掛けた。

「なんだろ?」

「さあ?」

 柚希と共に近づいてみると、

「あれ……清水さんじゃない?」

 柚希が声を上げては、少し渋い顔をする。

 清水さんこと、清水冴子(しみず さえこ)は、瑠璃達とは同級生で、隣のクラスの生徒だった。瑠璃も柚希も、小学校からの同級生だったのでよく知っている。体が細く、顔つきはキリッとしていて、眼鏡を掛けている。そんな彼女は、いわゆる"変わった子"だった。自称"霊感少女"なオカルトマニアで、昔からよく「あそこに霊がいる」だの「あなたには霊がついている」だのと言っては、お祓いの真似事をしたりしていた。瑠璃は神社に縁があるものの、霊と呼ばれるものには会ったことがない。だから清水冴子が本当に霊が視えているのか、お祓いが出来ているのかは分からない。彼女は当然のように双龍の伝説にも詳しいし興味があるので、昔はよく瑠璃や陽翔について回っては、質問することが多かった。けして嫌みな子ではないのだが、正直瑠璃は苦手だった。

「あ!雨宮さん。良かった」

 瑠璃と柚希に気づいた清水は、嬉しそうに側へやって来た。

「ちょっと話したいことがあって。――知っていますか?封印の岩が、割れてしまったこと」

「…え?」

 初耳だった。瑠璃の反応を見て、清水は一瞬気遣わしげな表情をする。

「先日、ふと嫌な予感がして封印の岩を見に行ったんです。そしたら、上の方が欠けていて……真っ二つとまではいきませんでしたけど、半分ほど亀裂が入っていました……まさかとは思いますが、牛鬼が復活したのではと心配で…」

「まさか。復活なんてあり得ないわよ」

「なぜ、そう言い切れるんです?」

 雨宮家じゃないハル兄が継承者になれるんだから、牛鬼なんてまやかしだ。という言葉を、瑠璃は寸前のところで飲み込んだ。

「もし復活したなら、鬼の頭を持った蜘蛛の怪物が彷徨いていることになるでしょ?そんなのがいたら、今頃大騒ぎよ」

「……分かっていませんね」

 清水はそう呟いては不敵に笑う。

「伝承によれば、牛鬼は姿を岩に変えられた……つまり、牛鬼の肉体は滅んだことになる。ですから、復活するとしたら、体ごとではなく霊体のほうだとしたほうが自然ではないですか?」

「霊体?」

「怨念や思念……とでも呼んだほうが良いかもしれませんね。牛鬼はきっと、霊体で辺りを飛びながら、周りの邪気を集めて、実体化しようとしているはずです。私も、気配を感じられないか試しているんですけど、ダメみたいです」

「……きっと大丈夫よ。だって、叔父さんからも連絡入ってないし、なんともないわよ」

「言われてみれば、そうですね……なぜ、神主さんは何も言わないのでしょう?」

「清水さんは、岩を見た後、叔父さんに話に行ったりはしなかったの?」

「はい……というか、出来ませんでした。気が動転していて……慌てて帰ってしまったので…」

「そう…」

 なんとなく瑠璃も清水も黙ってしまうと、「あれ?何かあったんですか?」と、研吾がやって来た。

「あ、坂っち!具合はどう?」

「もう大丈夫。畑山さん。先週は家に来てくれてありがとう」

「どういたしまして!」 

「あの……雨宮さんも…」

 研吾は緊張気味に瑠璃に声を掛ける。瑠璃は振り返って「うん」と軽く返事をした。

「それで…どうしたんですか?」

「えっとね…」

「封印の岩が割れていたんです」

 柚希が説明しようとすると、清水が割って入った。

「え?」

 研吾は初対面の清水と岩の話とで、驚いて固まった。しかし清水は、そんな研吾の様子も意に返さず、再び瑠璃に向き直った。

「ここまで騒ぎにならないということは、ひょっとしたら私の勘違いかもしれません……あの……学校が終わった後、一緒に岩の様子を見に行ってくれませんか?」

「うーん……」

 正直、面倒臭いなと思った瑠璃だったが、「お願いします!」と縋ってくる清水を引かせるには、要求通りにしたほうがいいような気がした。

「分かった。見に行こう」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、私も行くよ」

「…よかったら、僕も…」

 柚希と研吾も賛同する。

「え?なんで坂っちも?」

 柚希が首を傾げると、瑠璃も清水も研吾を見た。

「あ、えっと……僕も、この町に住む人間として、他人事じゃないなと思う……から……かな」

 モジモジしながら研吾が言うと、「なになに?面白そうな話してんじゃん?俺も行く!」と、山本が後ろから研吾の肩を掴みつつ会話に入ってきた。

「なんか、人数多くなったな…」

 瑠璃は溜め息をつき、

「山本は部活、忙しいんじゃないの?」

 柚希が突っ込むと、山本は一瞬バツが悪そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって、「大丈夫!俺、レギュラーじゃないもん!」と言ってはグッ!と親指を立てた。山本は野球部に所属している。今年は八月に行われる夏の甲子園に出場が決まっているのだそうだ。

「でも、応援には行くんでしょ?やることあるんじゃないの?」

「一日くらいへーき、へーき!こっちのほうが面白そうだし!」

「……まあ、多くの人が見たほうが証拠にもなりますしね……いいでしょう」

 清水が許可し結局、清水、瑠璃、柚希、研吾、山本の五人で、封印の岩を見に行くことになった。

 

 

 学校終わり、事情を聞いた陽翔も同行し、六人で封印の岩を見に行った。

「……確かに……割れてるね…」

 陽翔が神妙な顔をして言う。

 封印の岩は、正面から見る分にはさほど変化を感じなかったが、良く見ると、丁度真ん中に上から下まで罅が入っていた。もう少し刺激を加えたら、真っ二つに分かれてしまいそうだ。

「ああ!どうしましょう…」と清水も青褪める。

「なんか、ヤバいことになるんじゃないか?」

 山本は口調では心配そうにしているが、瞳はキラキラしている。単純に非日常を楽しんでいる様子に、瑠璃は呆れた。しかし、瑠璃自体も特にこのことで何かが起こるとは思っていなかったので、あまり衝撃を受けなかった。

「とりあえず、叔父さんに知らせに行こう」

 陽翔の提案で、みんなで神社に向かった。神社の前では、竹箒を持って落ち葉を掃除する楓の姿があった。

「楓!」

 陽翔が声を掛けると楓は顔を上げ、目を丸くした。

「ハル兄、どうしたんだ?そんなぞろぞろ引き連れて…」

「叔父さん、家に居るか?」

「え?ああ……父さんなら、蔵で掃除してるはずだけど……なんなんだよ。いったい…」

「封印の岩が割れてるんだ。楓、何か知らないか?」

「……え?」

 楓は一瞬ぽかーんとしてから、「それ……マジ?」と引きつった笑みを浮かべた。

「冗談でこんなこと言うわけ無いだろ」

「おまえ、神社の子のクセに知らなかったのか?」

 山本が呆れたように言うと、「毎日見てるわけじゃないから……」と楓は不貞腐れた。

「とりあえず、叔父さんのとこ行ってくる」

 陽翔は硬い表情で蔵へ向かった。和成がやってくると、みんなで再び岩を見に行った。しかし何度見たところで、状況は同じ。

「……封印が解かれたのは、恐らくここ一週間前後のことだろう。なにか悪影響が出ていないといいが……とりあえず、祈祷をしておく。みんなも、気にしていてくれ。牛鬼は人の心の隙をついてくる。欲望や願い、恨みなんかを利用して、混乱を招くはずだ」

「いやいや……マジっすか?」

 山本が笑うが、和成は厳しい顔をする。

「俺も実物は見たことはないし、本当にそんな化け物が現れるかは分からん。ただな……千年もの間、途切れさせないように伝えられてきたことだ。きっと何かしらの意味がある……少なくとも、俺はそう思っている」

 和成の言葉に、皆は押し黙った。重苦しい空気が、場を包み込む。

(でも……双龍の神器の継承はいい加減だった…)

 瑠璃はそう思ったが、なんとか堪えて口には出さない。本来継ぐはずではない陽翔が紅龍の槍を継いでいる……伝承を信じるなら、牛鬼が復活したところで、陽翔には槍が扱えないことになってしまう。

(そもそも、神器が何か特殊な力を持っているとも限らないけど…)

 伝承なんてお伽話だ……そう言い切ってしまいたいのに、生まれた時からの教えを真っ向から否定する勇気が出ない。心の奥底ではまだ、伝承を信じて、牛鬼復活の可能性に恐怖していた。もし、ここ数ヶ月見ていた夢が、この状況に対する暗示だったとしたら……

(私に、何をしろって言うのよ……)

 夢はいつも、燃え盛る炎の中、牛鬼に向かっていく誰かを止めようとするところで終わる。それを真実として取るなら、瑠璃は牛鬼を前に何も出来ていないということになる。

「瑠璃」

 つい考え込んでいると、陽翔に名を呼ばれた。それで瑠璃が顔を上げると、陽翔はいつものように爽やかに笑っていた。

「大丈夫。きっと、何ともないよ。みんなも、暗い顔しすぎ!」

「……うん」

 陽翔の言葉で、少し場の空気が和む。けれど瑠璃は、陽翔に笑い返しながら、何ともないという言葉を鵜呑みにすることが出来ない何かの気配を、確かに感じていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

なかなか内容が纏らず、遅くなってしまいました。書きたいことは決まっているので、頑張って繋ぎ合わせます。少しでも興味を持って頂けたら幸いです。

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