3.双龍祭
翌日。空は雲一つなく晴れ渡り、気温は三十度近くまで上がった。
「暑いから、塩分と水分は多めに摂るんだよ。夜には祭りがあるから、暑いからってお弁当は残さないで、ちゃんと食べて体力つけること!……ちょっと!笑ってるけど、父さんにも言ってるからね!」
そのせいか、朝からいつもの晴翔のお母さんっぷりが炸裂していた。
「はいはい…」
「はいよ~。心配ありがとうな。"母さん"。母さんも気をつけろよ~」
瑠璃も父も、適当な返事で躱しつつ、それぞれ出掛けていった。瑠璃には、晴翔も同行する。
(いいなぁ~、父さんは…)
瑠璃は内心げんなりする。毎日晴翔は欠かさず瑠璃を学校まで送り迎えをするので、当然、母親顔負けのお節介口上に付き合うことになる。今も二人で道を歩きながら、日焼け止めは塗ったのかとか、日傘が要るんじゃないかとか、盛んに話しかけてきていた。それに短い言葉で返しながら、若干イライラしてもいた。なにせ、いつもの悪夢を懲りずに今朝も見たし、いつも同じ夢なのに、毎度心臓を抉られるようなショックを受けているから、精神的にキツかった。それに、この暑さ……遠くの景色が歪んで見える。
「まったく……聞いてるんだかいないんだか……本当に、最近の瑠璃は冷たいなぁ~」
「ッ!?」
瑠璃は瞬間、キッ!と晴翔を睨む。おそらく、晴翔は軽い気持ちで放った言葉だろう。ほんの日常会話の一部で、深い意味があるわけでもない。ただ、今の状態を言ったまでのことだ。瑠璃だって、そんなことは分かっていたし、いつもなら気にしない類の話だったが、今の不安定な精神状態には、晴翔の言葉が、聞き流せない程、酷く不快なものとして耳に響いた。
物凄く棘のある表情で晴翔を見ていたのだろう。晴翔がギョッとして押し黙った。そこで止めておけばよかったと後悔した時には遅かった。瑠璃の唇は、瑠璃の今の気分の勢いを使って、暗い気持ちを過剰な程に代弁し始めた。
「冷たいって何?ハル兄こそ、こんな暑いときまでベタベタして来ないでくれる?私はそんなに子どもじゃないし、正直うざいんだよね。毎日頼んでもないのにお弁当作ったり、送り迎えしたり……お母さんの代わりのつもりかなんだか知らないけど、そういうの、ほんっと、迷惑だからっ!!」
瞬間、晴翔の表情が凍りつく。いつもと違う反応に、しまったと瑠璃は思った。つい勢いで言ってしまったが、迷惑とまでは思っていない。確かにうざったく感じることはあっても、感謝している気持ちのほうが断然大きかったのだ。
「…ご」
「ごめん……」
瑠璃は慌てて謝ろうとしたが、晴翔に先を越された。
「確かに、過保護にも程があるよね。瑠璃も、年頃なんだし……わかった。もう、しないから……学校、気をつけて行ってね」
そう言うと晴翔は瑠璃に背を向けて、家へと帰って行った。
「あっ…」
早く訂正しなければと思いながらも、晴翔の雰囲気がいつもと違っていて、呼び止められなかった。
「……私……なんてことを…」
晴翔にあらぬ誤解をさせてしまった。普段はなんでもないように振る舞っているが、晴翔は昔、自分が家族と似ていないと言われたことを、今も気にしているはずだと瑠璃は思っていた。それでも瑠璃たち家族が晴翔を家族と慕うかぎり、晴翔は周りの声を気にしないでいられたのだ。きっと瑠璃に過剰に世話を焼くのは、そういう不安の裏返しなのだと瑠璃は思っていた。なのに……。
「早く、謝らないと……」
瑠璃は家へと戻りかけたがしかし、「雨宮さん!」ふいに横から呼び止められた。振り返ると、同じクラスの女子生徒だった。
「どうしたの?」
無視するわけにもいかずに応じると、「急で申し訳ないんだけど、学校のうちの学年の花壇が動物に荒らされちゃって……みんなにも声掛けてるんだけど、掃除、手伝ってもらえない?」
「え…」
「あ、ひょっとして、忘れ物取りに戻るところだった?」
「……ううん。大丈夫」
(きっと、大丈夫だよね?)
今の晴翔に声を掛けるのがなんとなく怖いというのもあって、瑠璃は結局、学校へ向かった。
双龍が牛鬼を封印したのは七月八日のことだったそうで、それにちなんで、毎年七月八日には神社主催で祭りが催されることになっていた。"双龍祭"と呼ばれる祭りは、伝説を伝える舞の披露がメインだが、他にも食べ物や遊びの屋台、有志によるのど自慢大会など、それなりに賑やかな祭りとなっている。十七時には開場し、十八時に舞の披露、その後、のど自慢大会と抽選会があるというスケジュールだ。
「ね!楽しそうでしょ?一緒に行こうよ!」
昼下がり、柚希は坂下のほうへ身を乗り出して言った。
「え、えっと……僕、人が多いところは苦手で……」たじろぐ坂下に、柚希は更に詰める。
「瑠璃と晴翔さんが舞を舞うんだよ!すっごく綺麗なんだから!見なきゃ損だよ!」
「…雨宮さんが?」
坂下が驚いて瑠璃を見る。
「別に来なくていいよ。大したもんじゃないし…」
瑠璃が否定すると、クラス中から悲鳴が上がった。
「な、なに?」
瑠璃が驚いていると、クラスメイト達が集まってきた。
「雨宮、メッッチャ、綺麗だからっ!いや、女神だっ!!」
「そうだ、そうだ!あの舞を見なきゃ年越せねぇ~ぞ!」
「晴翔さんとの息もぴったりで、すごく幻想的だし!」
「そうそう!ヘタなアイドル見るより、よっぽど推せるんだからっ!」
「今年も、撮影の準備はバッチリだ!」
皆興奮気味に口々に言っては、最終的に、「坂下、絶対に来いよ!」で締め括っていた。
「は、はいっ!行きますっ!」
みんなの勢いに当てられて、坂下も大声で返事をする始末。
「瑠璃、大人気だね!」
柚希が嬉しそうに言う中、瑠璃は頭を抱えた。
「……帰りたい…」
放課後。瑠璃は柚希と一緒に校門に出たが、
「あれ?今日は晴翔さん、来てないね。なんか用事?」
いつもいる校門に、晴翔は来ていなかった。瑠璃の顔が青ざめる。
「ごめん。柚希。先、帰るね」
「えっ?」
瑠璃は柚希を置いて、走って家まで帰った。
「ハル兄っ!!」
バンッ!と勢いよく玄関のドアを開けると、リビングを見渡す。しかし、晴翔はいない。
「ハル兄?部屋にいるの?」
階段を上がり、晴翔の部屋の前へ。ドアをノックすると、「はい?」といつもの調子の晴翔の声がした。それにいささか安心しつつも、瑠璃はまだ緊張しながらドアを開けた。晴翔は机に向かって何かしているところだった。
「……ただいま」
「おう。おかえり」
「……ハル兄、あの……朝は、ごめん」
「朝?」
晴翔は椅子を回転させて、瑠璃の方に体を向けて首を傾げる。
「だから、その……ハル兄に、迷惑だって怒鳴ったこと……本当は、迷惑だなんて思ってない。あのときはちょっと、機嫌が悪かったっていうか……」
「フフ…分かってるよ。ただ、ちょっと俺もしつこかったかなって思うから、お互い様ってことで」
晴翔はにっこり笑う。その笑顔に安心しつつも、瑠璃は少し疑問に思った。
(それなら、なんで朝の時にそう言わなかったの?)
あのときは明らかに傷ついた様子だった。
「ハル兄……本当に大丈夫?」
「大丈夫って何が?別に、瑠璃に言われたことを気にしてるなんてことはないよ」
「……嘘」
晴翔は周りに心配をかけまいと、大丈夫ではないときほど、笑うクセがある。瑠璃にはどうしても、そちらに見えてしまった。
晴翔は少し寂しそうに笑った。
「かもね。……傷ついてないと言えば嘘になる。やっぱりちょっと悲しい。でも、いつまでも俺が瑠璃についている訳にはいかないから、俺ももう少し自重しなきゃと思ってたんだよ」
「……いい」
「ん?」
「……自重……しなくて…いい…」
「…えっ?」
瑠璃は顔を真っ赤にしながら小さな声で言うと、さっと踵を返して部屋を出ようとする。
「ちょっと待った!」
晴翔は慌てて瑠璃の腕を掴んだ。
「な、何?謝ったんだから、もういいでしょ!」
赤い顔のまま顔を伏せ、瑠璃は晴翔の手を振りほどこうとしたが、晴翔は離そうとしない。
「ねえ、瑠璃。自重しなくていいってことは、これからもお弁当作ったり、送り迎えしてもいいってこと?」
「そう、だけど…?」
瑠璃がちらりと晴翔の顔を見ると、晴翔は満面の笑顔だった。
(あ、余計なこと言ったかも……)
瑠璃は心の中で舌打ちする。晴翔の寂しそうな顔がいたたまれなくて言ってしまったが、これは晴翔をシスコンから解放する為の、最後のチャンスだったのではないか?
「よかった!完全に嫌われたかと思ってたから…」
「……嫌いになるわけないでしょ……自分の兄なんだから……」
「いやぁ~、でもさ、仲悪いきょうだいっているからさ。俺の友達にもそういう人がいるから……瑠璃も、もしかしてそうなのかなって」
「嫌いじゃないけど、ハル兄はちょっと過保護すぎるってだけだよ。ほんと、彼女出来ないからね?そんなんじゃ」
晴翔を普通の兄にするには、送り迎えやお弁当は辞めさせるべきだと瑠璃は思い、慌てて修正を図るが、晴翔はすっかりいつもの調子に戻っていた。
「別に彼女出来なくてもいいかなぁーって、最近思うようになったんだよ。だってどの子も、瑠璃の話すると、いい顔しないんだもん。だから、心配いらないよ」
何故か清々しいまでの笑顔を見せる晴翔。瑠璃の焦りは加速する。
「当たり前でしょっ!彼女になったら、自分を特別扱いしてほしいって思うものだし、そこで彼女より妹を優先させてきたら、私要らないかもって思うでしょ!」
「まあ、そうなんだろうけど……でも、瑠璃は妹で、彼女ではないでしょ?そのへんの区別はつけてるんだけどな……なんで、妹に嫉妬するんだろう?」
晴翔は、心底分からないというように首を傾げる。
(本当に区別、つけてるか?)
瑠璃は今までを思い出してみたが、どう考えても、キスとか、特別なことをしてない以外は彼女の扱われ方と大差ないように見えて仕方ない。ましてや、瑠璃は晴翔と同居しているわけだし、そこを踏まえれば、圧倒的に晴翔は、彼女よりも瑠璃と過ごしている時間が多かった。これが年の離れた兄妹なら、妹のお世話で納得するかもしれないが、瑠璃は晴翔と三歳しか違わないし、世話を焼かなければならないほど自立出来ていないわけでもない。そうなると、晴翔が過保護である以外何物でもなかった。
「……やっぱりハル兄、普通じゃないよ…」
「まあ、他所は他所。うちはうちでしょ?」
「そ、そうですか……」
(どうなるんだ……)
瑠璃は、自分の将来が心配になってきた。仮に自分に彼氏が出来たら、晴翔はどう思うのだろう?
「ハル兄さ……」
「ん?」
「私に、彼氏出来たらどうするの?」
「……」
瑠璃の言葉に、晴翔の笑顔が凍り付く。
「…ハル兄?」
「……彼氏にしたい人が出来たら、まずは俺と父さんに会わせなさい」
「え…普通に、嫌なんですけど…」
「これだけは絶対に譲れない。父さんと話して決めてることだし。まず、男二人の目から見て、大丈夫か判断する。じゃないと、変な男に瑠璃が泣かされることになるでしょ。それだけはダメだ!」
「は、はあ……」
晴翔から使命感のような圧を感じて、瑠璃はたじろぐ。
「じゃ、じゃあ……ハル兄やお父さんが認めてくれたら、付き合っていいの?」
「………うん」
(ずいぶん溜めたな…)
これはなかなかに大変そうだと瑠璃は思った。
「そんなんじゃ、私のほうが彼氏はおろか、結婚も出来そうにないんですけど…」
瑠璃がため息をつくと、晴翔は狼狽える。
「えー!!でも、瑠璃の花嫁姿は見たい……」
「何よ、それ…」
「なんなら、俺が彼氏探してあげるから、大丈夫!」
「はぁ~」
ちっとも大丈夫ではないと思いつつも、瑠璃は議論に疲れて、諦めた。けれど、晴翔が少し元気になったようで安心したのも事実だった。
(私も、なんだかんだ兄離れ出来てないんだな……)
そのとき、瑠璃の制服のポケットにいれていたスマートフォンが軽く振動した。通知を知らせるバイブレーションだ。スマートフォンの画面を確認すると、柚希からメッセージが届いていた。
『晴翔さんとは、仲直り出来た?』
「…っふ」
思わず頬が緩む。柚希には、お見通しだったようだ。
「どうしたの?」
晴翔が寄って来たので、瑠璃はスマートフォンの画面を晴翔にも見せた。晴翔は見るなり渋面を作る。
「さすが柚希ちゃんだね」
「あとで焼きそばでも、奢ることにする」
瑠璃はそう言って、『お騒がせしました。大丈夫です』とメッセージを送った。すぐに既読がついて、『それはなにより!詳しくは、祭の時にでも聞かせてね!』とメッセージが返ってきた。それに苦笑いしつつ、『了解』と返信して、瑠璃はスマートフォンをしまった。
※
「結構、キツイな…」
山にそってジグザグにつけられた木の階段を、坂下 研吾は息を切らしながら登る。以前はオフィスビルが並び立つ都会に住んでいたこともあって、山自体、馴染の薄いものだったが、それと相まって運動が苦手で、常に室内での活動に重きを置いていた研吾には、この山登りはなかなかの苦行だった。それでもこうして登っているのは、ひとえに、この地に伝わる伝承の岩を見てみたくなったからだった。どうせ今夜の祭を見に行くなら、牛鬼の岩を見てからのほうが、より祭を楽しめると考えたからだ。
(せっかく雨宮さんが舞うんだし、知らないで見るより、知ってたほうがいいよね…)
凛とした、雨宮 瑠璃の姿を脳内で想像して、僅かに頬が熱くなる。
(あんなに素敵な人と知り合いだなんて、前じゃ考えられなかったな…)
以前いた学校では生徒数も多く、中には美人もいたが、生徒それぞれがあまり互いに干渉しないスタンスの者も多くて、研吾のような奥手な人間は、ほとんど誰にも相手にされず、空気だった。けれどここでは、どの生徒も気安く話しかけてくれ、温かかった。田舎特有の距離感かもしれず、それを嫌がる人間もいるとは思うが、研吾の場合はただただ、ありがたいと感じていた。瑠璃も研吾に良くしてくれていたし、親の転勤によって来た町だが、今では来てよかったとさえ思っていた。
「もう少しだから、頑張れよ!」
同級生の山本が、研吾を振り返る。元はと言えば山本が、牛鬼の岩を見に行かないかと誘ってくれたのだった。
「う、うん!」
ようやく階段を上がり切ると、拓けた場所に出た。社務所や無数の幟が見える。
「岩は、社務所の奥にあるんだ」山本はそう言って、更に奥へと研吾を導く。道すがら、社務所ではお守りや御朱印が貰えるのだと説明してくれる。
「何のお守りなの?」
研吾が聞くと、「家内安全、無病息災、合格祈願ってとこかな」と山本は笑う。
「結構何でもありなんだね」
研吾も釣られて笑った。
そうしているうちに、岩へと辿り着く。
「ほれ。これが封印の岩だ。大きいだろ?」
やや自慢げに山本が言う。研吾はそれに頷いて、しばし眺めた。下草は綺麗に刈られて手入れをされているので、とても妖怪を封じているようには見えなかったが、どこか雰囲気のある岩だと感じた。
「これ、触ってみてもいい?」
「ああ。触るなって言われたことないし、いいんじゃないか?」
研吾は恐る恐る岩に触れた。
「っ!?」
冷たかったが、一瞬、ビリっと電気が走ったような衝撃があった。慌てて研吾が手を引っ込めると、「どうした?」
山本が驚いて研吾を覗き込む。
「なんか今……ビリッて……」
「は?この岩が?」
「うん」
「……うーん……ただ冷たいだけだなぁ〜」
山本は何度か触っては首を傾げている。
「そう……たぶん、勘違いだ。ごめん」
「だな!……おっと。そろそろ開場の時間だ。このまま、祭にいこうぜ!」
「うん!」
二人は岩に背を向けて登山道へと戻る。
ーーミツケタ………
「えっ?」
声が聞こえた気がして、研吾の足が止まる。しかし、耳を澄ませてみても、もう声は聞こえない。
「坂下、どうした?」
「…ううん。なんでもない」
結局、研吾は気のせいだと思い直して、山本の後を追った。
二人が封印の岩を離れると、ピシッ!と音がなり、岩の上部に、僅かな亀裂が入ったが、それに気づく者はなかった。
※
祭りの会場になっている神社の前の広場には、既にたくさんの人が集まっていた。徐々に日が落ち始め、提灯にも火が入れられた。神社の境内は塵一つなく磨き上げられており、夕日が反射して輝いている。
「さぁて!今年もやりますか!」
境内の横にある部屋の中、白い袴に、紅の羽織を着た晴翔が瑠璃を振り返る。羽織には金の糸で龍を模した細かな刺繍が施されており、晴翔が動く度にキラキラと光った。そうして、演舞の時には、顔に紅龍の面を被る。代々受け継がれてきた衣装であったが、まるで晴翔に合わせて作られたかのように、晴翔によく似合っていた。
「さっさと終わらせて、屋台を回りたい」
瑠璃は溜息をついて俯いた。晴翔はそんな瑠璃の顎に指を添えて、顔を上げさせる。
「ほらほら!せっかくの綺麗な顔が曇ってちゃ勿体ないよ。……あとで好きなもの何でも買ってあげるから」
「……小さい子どもをあやすみたいなこと、言わないでよ」
なおも不服そうにする瑠璃を、晴翔は可笑しそうに笑う。
「この膨れっ面は、子どものそれと変わらなく見えるんだけどな……見た目は化粧もしていて綺麗なお姉さんなのに、こんなにかわいい表情をするなんて、余所でやらないでよ?変な虫がつくから…」
言いながら晴翔は、瑠璃の顎から指を放す。
「はい、はい」
瑠璃は面倒そうに返事して、「ほんと、この衣装は肩が凝る…」と溜息をついた。
瑠璃の衣装も基本は晴翔と同じ形だが、こちらは羽織りが深い青色だった。髪は結い上げ、華やかな簪を挿してある。こちらも、まるで合わせたかのように、瑠璃によく似合っていた。
「二人共、準備はいいか?そろそろ始めるぞ」
和成がやってくると、二人は龍の面を被った。
「いいなぁ…やっぱり、俺も紅龍やりたい」
和成の後ろから、白衣に鈍色の袴姿の少年が、ヒョイと顔出す。和成の息子の楓だった。良く日に焼けた、快活そうな少年である。
「ほらほら!さっさと持ち場に戻りなさい」
「へーい……じゃあ瑠璃、頑張ってな!」
和成にせっつかれて、彼は境内に向かった。瑠璃はそんな楓に軽く手を振った。
「俺には何も無しかい……」そんな中、晴翔がポツリと呟いた。
ドドン!!と大きく太鼓が鳴ると、それが合図となり、それまで祭ではしゃいでいた人々は、一斉に静まって、皆境内に注目した。境内の奥のほうに、横笛や尺八や太鼓や琴といった和楽器を前に座る人があって、その人達は、白衣に鈍色の袴姿だった。横笛を構えるのは、楓だ。楓は、場が充分に静まるまで待ってから、満を持して、高らかに笛を吹いた。楓の笛の音に続いて、他の楽器も奏でられ、
「ーーその昔……」と、和成の朗読が始まった。
すると、獅子舞の様なものが境内に上がってくる。鬼の顔をして、蜘蛛のように、六本の足が生えた体を持っている。牛鬼だった。それが縦横無尽に動き回る。やがて曲調が変わり、晴翔が勢い良く舞台に現れると、観衆から感嘆の声が上がる。晴翔は槍を回しながら、牛鬼との距離を詰めたり離れたりしながら舞う。しかし、途中で晴翔の動きが鈍くなって、やがて舞台に膝をついた。そこでまた曲が転調し、今度は瑠璃が優雅に現れる。舞台の中央で、扇を広げて舞う。晴翔とは違った繊細な美しさのある舞に、再び観衆が湧いた。
瑠璃が舞台の端から端へ移動しながら舞うと、牛鬼は苦しんでいるように身を悶えさせる。反対に膝をついていた晴翔は力を取り戻したように立ち上がり、瑠璃に合わせて再び舞い始める。やがて二人は並んで舞台中央に立ち止まると、槍と扇をスッと牛鬼に向ける。
「ギャヤアアァァアァ!!」
牛鬼から断末魔であろう叫び声が上がると、舞台を照らしていた照明は激しく明滅し、やがて消えた。
少しの間があって、照明は舞台の中央部の一点だけを照らし出す。照らされた部分には、しめ縄が巻かれた岩を模した置き物があり、側に和成一人が立っている。和成は厳かに、「二頭の龍が力を合わせるとき、黎明の光が辺りを照らし、牛鬼を物言わぬ岩へと変貌させた。我らは双龍と共にこれを語り継ぎ、龍神への感謝と、永遠の平穏を子々孫々に至るまで守り続けると、ここに誓うものなり」と伝承の締めを語る。そうして和成が一礼すると、ややあって観衆の拍手喝采が響き渡った。
「ハァ〜、お疲れ様」
神社内の一室で、晴翔は瑠璃に笑いかける。
「お疲れ様。私、着替えてくる」
瑠璃はそう言って別室へ移った。
「じゃあ、着替えたら、裏口に集合ね」
「はーい」
瑠璃が着替えて裏口へと出ると、少し離れたところに晴翔がいて、父と話をしていた。一瞬だが、父が険しい表情をしていたように見えたので、瑠璃は少し声をかけるのを躊躇ったが、父が瑠璃に気づいて手を振ってきたので、駆け寄った。
「お疲れ様」
そう言う父はいつもの父で、晴翔も特にいつもと変わった様子は見られない。
(なんだったんだろう……)
疑問は残るが、何か大事な話なら二人はいつかちゃんと話してくれると確信していたので、瑠璃は今は聞かないことにした。
「父さんも一緒に祭を見て回る?」
瑠璃がそう言って笑いかけると、父も笑った。
「父さんも一緒でいいのか?」
「当たり前でしょ!…ね?ハル兄」
「もちろん!」
「……射的でいい景品があったら取ってね!」
瑠璃が言うと、「やっぱりな…」と父は苦笑いする。父は射的が得意で、昔から晴翔も瑠璃も、欲しいものがあると父にねだった。
「瑠璃は高校生になっても変わらないな…」
父は面倒そうにいいながらも、嬉しそうに笑っていた。父と娘の関係は思春期を境に難しくなるのが一般的だと思っていたが、雨宮家に関してはその心配は無用だった。父はそれが嬉しくもあり、いつまでこうして居られるのかと遠からず来るであろう別れの日を寂しく思うのだった。
お読み頂き、ありがとうございました。
陽翔と瑠璃の関係にほっこりしながら書いていました。家族って、時にうざったく時に最大の理解者で居てくれる存在が理想かなと思っています。
二人がどうなっていくのか、暖かく見守って下されば幸いです。