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双龍伝説  作者: 空色 理
第四章 双龍の絆
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3.双龍の力

 (ハル兄……) 

 走りながら瑠璃は考える。"信じろ"と父は言った。さっきは舞っても何の業も出せなかったが、それがもし、瑠璃が龍神を信じきれていないことに由来するのだとしたら――

 

 引き続き放水が行われている中、炎の勢いは弱くなるものの、依然として消えてはいない。それどころか、水気のない所に再び引火する。まるで、燃やし続けていなければならないと言わんばかりの有り様。これでは、イタチごっこだ。

 火元に近づくと、陽翔はまだ舞を続けていた。そろそろ体力的にも限界なのか、先程よりは動きがぎこちない。

「ハル兄!」

 呼んでみるが、全く反応しない。

(やっぱり、舞を止めさせないとダメなんだ…)

 瑠璃は直感的にそう思った。

 

 ――『紅龍を止められるのは蒼龍だけ』――

 

 ふと、瑠璃の頭にそんな言葉が浮かんだ。根拠なんて思いつかなかったが、今はそれを考えている余裕はない。

(龍神様……)

 

 今まで、知らん顔してごめんなさい――怖かったんです……すごく……。神様なんて、牛鬼なんてお伽話だなんて言ってごめんなさい。――全部、私が……怖がりな私が全部悪かったです。赦して下さいなんて言いません。だけど、一つだけ……一つだけ、我儘を聞いて下さい。――

 

 瑠璃は一度目を閉じ、呼吸を整える。閉じた世界の中でイメージするのは、神社の境内の景色。鈍色の袴に白い羽織の、雅楽を奏でる人達の視線を背後に感じながら、そっと扇を開く。目の前には、牛の顔に六本の足を持つ異形の妖怪を模した衣装を纏う人と、青い着物に龍面を被った陽翔……そう、ここはいつもの双龍祭の舞台の上――

 そう思ってみると、炎のせいで更に上がっているはずの周囲の温度が、なかったことのように意識から除外された。

 

(龍神様……一度だけ、力を貸して下さい)

 

 都合の良い願いなのは、分かっています。でも、これは私の為じゃありません。これは、ハル兄の為です。ハル兄は私よりずっと、龍神様を信じていました。継承者としての責任感を持っていました。そんなハル兄が、こんな結末を迎えるのが、正しいのでしょうか?ハル兄は父を支え、妹を護る優しい人です。そんな人だから、紅龍様はハル兄を選んだんですよね?私は、そんな兄を助けたい……もう、役目から逃げたりしません。これからは雨宮の子として、継承者として、この町を守ります。ですからどうか、一度だけ――

 

(お願いします。蒼龍様。……必ず私が、ハル兄を救ってみせますから…)

 

「瑠璃ぃーっ!!」

 

 突然声が聞こえて、驚いて瑠璃が目を開けると、背後に柚希の姿があった。更に、

「雨宮さん!」

「瑠璃!」

 研吾と楓の姿もあった。

「みんな……なんで?」

 キョトンとする瑠璃に大股で近づいて来ては、柚希は瑠璃の背をバン!と叩いた。

「こんなに大騒ぎになってれば気づくよ!それより、あれ、陽翔さん?どうしちゃったの?」

 柚希は炎を生み出しながら舞う陽翔を見て、顔を顰める。

「たぶん、牛鬼に操られているんだと思う」

「……なら、瑠璃の出番だね!」

「え?」

「そうだな!継承者の力を、見せてやれよ!瑠璃なら出来る!陽翔なんかより、瑠璃のほうが強いに決まってる!」

 柚希と楓の、信じて疑わない言葉が、何故だが真っ直ぐに瑠璃の心に届いた。

「ぼ、僕も……応援してます」

 研吾もぎこちなく言っては、笑う。

 

――姿は無くとも、私はいつも、貴女を見ています

 よ。――

 

(ああ……そうか……)

 昔聞いた、蒼龍の言葉を思い出す。あの時は、不信仰者の自分への戒めかと思っていた。でも今は、あの言葉は、もっと違って聞こえた。

 

(私は……一人じゃないんだ…)

 

 龍神は遠くに居るんじゃない。いつも、傍に……心の中に居たんだ。この場にいる友達のように、家族のように……。戒める為ではなく、ただ、私に寄り添っていた……。


「任せといて!私が、ハル兄を助けてみせるから!」

(まだちょっと怖い……でも、大丈夫。今度はきっと、出来る)

 やっぱり強がりな瑠璃は、友人達に精一杯の笑顔を向けて、再び正面の炎を睨んだ。姿勢を正し、閉じた扇をゆっくりと目の高さまで持ち上げると、空気を斬るように素速く開くと同時に両腕を広げる。その力強い動きに、一瞬にして周りの空気が変わった。瑠璃深く息を吸い込んで、再び舞を舞う。

 

「あっ…」

 柚希は目の前の異様な光景に目を奪われ、それ以上の言葉を発することが出来なかった。

「すげぇ…」

「……」

 楓も研吾も、同じように目を奪われていた。

 

 瑠璃が舞うと、瑠璃の周囲の温度が下がり始めた。それと同時に、舞に吸い寄せられる様に、消防車から放出されていた水が、瑠璃に向かって伸びてきた。突風が吹いているわけではないし、重力的にも不自然な曲がり方だ。しかし、集まった水は、瑠璃に掛かる訳ではなく、瑠璃の頭上で球体の様に丸くなって留まっている。瑠璃が右手を陽翔のほうへ差し伸べると、頭上の球体が陽翔のほうへ向かっていき、陽翔の胸元に激突して弾けた。

「う…!」

 陽翔は全身ずぶ濡れになりながら、衝撃で地面に倒れ込む。

「ハル兄!!」

 瑠璃は舞を止めて陽翔に駆け寄ろうとしたが……

「待て!瑠璃。なんか、変だ」

 楓がその肩を掴んで止めた。それとほぼ同時に、陽翔がゆっくり立ち上がった。

「……さ…なく……ちゃ……」

 陽翔は小声で呟きながら、再び槍を構える。

「え?」

 瑠璃が驚いて固まっていると、「倒さ…なくちゃ…」と、先程よりはっきりとした呟きが聞こえた。槍の先に、炎が宿る。

「意識が、ないようですね…」

 研吾が呟き、「じゃあ、今は牛鬼が喋ってるの?」と柚希が訊き返す。

「いいえ……牛鬼じゃ、ない……と思います」

「なんで、そう思うんだ?」

 楓が睨むように研吾を見る。研吾は僅かに首を竦め、「……何となく……ですけど。僕が取り憑かれていた時、牛鬼はあんな話し方ではありませんでした。ちょっと古風……というか、ゲームに出てくる悪役みたいな横柄な話し方です」と説明した。

「じゃあ、今の陽翔さんはいったい…」

 

「……瑠璃を……まもら…ないと……」

 陽翔の瞳の焦点は定まらない。ほとんど無意識の様に槍を回している。

 

「陽翔さん……ひょっとして、状況が分かってないんじゃ……」

 柚希が呟くと、楓は頷く。

「かもな。瑠璃と違って陽翔は雨宮家の血を引いていないし、力が暴走してるのかも」

「……え?楓君、知ってたの?」

 柚希は驚いて楓の顔を見る。普段はやんちゃ坊主然としていて、まだまだ小学生みたいだと柚希は思っていたが、今の楓は至極真剣な目をしていて、普段より大人びて見える。

「知ってた。と言っても、聞かされたのはつい最近だけど……伯父さんが陽翔と瑠璃に話したからって、親父は俺にも話してくれたんだ」

「そう……でも、血筋じゃないからって、力が上手く使えないなんて事があるの?」

「よく分かんないけど……誰でもいいなら、龍神様がわざわざ雨宮家だけに夢を見せてた意味が分からないくないか?それこそ、道場でも開いて、弟子の誰かに伝授とかでもいいんじゃね?」

「確かに…」


 楓と柚希の会話を聞きながらも、瑠璃は陽翔から目を逸らさない。

「ハル兄!私は大丈夫だよ!だから、もう止めて!」

 再び声を掛けるが、まだ響いている様子はない。

「だったら……」

 瑠璃は再び扇を構える。

「ちょっと瑠璃!どうするの?」

「私も、舞で対抗してみる。蒼龍の力があれば、炎は怖くないし」

 (ハル兄……いつも支えてくれて、ありがとう。今度は、私もハル兄の支えになるから、もう、無理しないで)

 瑠璃がそんな気持ちを込めて舞う。その間に陽翔が瑠璃に向かって槍を突き出してきたが、槍から放たれる炎は、瑠璃が扇で起こす風で掻き消え、まるで透明な壁でもあるように、陽翔は瑠璃に槍を突き刺すことは出来ず、瑠璃の数十センチ手前で不自然に動きを止めた。よく見ると、たくさんの水滴が集まり、壁のようになっていた。

「……ハァ…ハァ…ハァ……」

 それで諦めるかと思いきや、陽翔は荒い呼吸を繰り返しながらも、槍を更に速く突き出した。ジュッ!と、高温な鉄を水で冷やしたような音がした刹那、槍の刃が真っ赤に染まり、周囲が歪んで見える程に温度が上昇した。槍の先から炎が上がり、それが陽翔を守るかのように円を描き始め、幾筋もの炎が様々な角度から陽翔の周りを回り、やがて炎で出来た球体の中に陽翔が居るような状態になった。

「あっつ!!」

 瑠璃の前にあった水滴の壁は一瞬にして蒸発し、肌の焼ける感覚に、瑠璃は慌てて陽翔から距離を取った。

 ふと自分の腕を見ると、皮膚が日焼けしたように赤くなっていた。

「瑠璃!」

 楓がサッと瑠璃の傍に寄ったが、瑠璃は「下がってて!」と、陽翔を見据えたまま言った。それで楓は、頷いて瑠璃の背後に下がった。瑠璃が腕を広げてもぶつからないところまで。

(ありがとう)

 瑠璃の戦う意思を汲んでのことだと理解して、瑠璃は心の中で礼を言う。

 額から汗が流れる。瞼に垂れてくる汗に反応して、勝手に瞬きをしそうになってしまうが、僅かでも陽翔から目を逸らすことが危険に思われて、咄嗟に頭を振って汗を散らしては、陽翔を睨む。

 それくらいに危険な気配が、陽翔からしている。闘気というか、殺気というか……柔道を習っていた時、試合中に感じたことのある空気にひどく似ていた。もしかしたら、楓もそう思ったのかもしれないと、瑠璃はぼんやりと思った。

 

「ねぇ……どうしたら良いんだろう?」

 柚希が震える声で言いながら、楓の服の裾を掴んだ。

「どうって……陽翔は、瑠璃を敵だと思い込んでるくらい正気を失ってるみたいだから、無力化するのが一番だと思うけど…」

「でも、瑠璃の出した水の壁も蒸発させちゃったよ?瑠璃の出す水以外に、炎を止める方法なんて……」

「いっその事、疲れ果てるまで舞ってもらうのはどうでしょう?だいぶ息が上がっているようですし……」

「ちょっと!陽翔さんを殺す気?」

 柚希が研吾を睨むと、研吾は首を竦めた。

「いや…そんなつもりじゃ……」 

「なんかさっきより炎の威力が上がったみたいだし、瑠璃の力が押し負けてる感じがするな…」

 楓の言う通り、瑠璃の対抗に触発されたのか、槍の力が更に上がったように見える。しかし、陽翔自身はかなり体に負荷が掛かっているようだ。顔色が悪い。


「楓!これを!」

 その時、和成が走ってきた。手に何か持っている。

「それ…」

 楓が和成の持っている物を見て驚いた。それは、祭りの時に楓が吹いていた笛だった。それはただの篠笛ではなく、龍笛と呼ばれる特別な物だった。雅楽などの伝統芸能で使われることで知られている。龍の鳴き声に例えられる、軽やかでありながら、ダイナミックな音色が特徴的だ。

「この笛の音は、龍神様に力を与えると言われているんだ。これを吹けば、蒼龍の力をより引き出せるかもしれない」

「けど……陽翔まで元気になったりしないか?」

 楓の言葉が最もだと思ったのか、和成は喉を詰まらせたように顔を歪めた。

「……やってみよう」

 皆が黙り込むなか、瑠璃は相変わらず陽翔を睨んだまま、低い声で呟いた。

「ひょっとしたら、ハル兄も笛の音を聞いて正気に戻るかもしれない」

「――分かった」

 楓は和成から笛を受け取ると、一度深呼吸をしてから笛を構えた。やがてそっと息を吹き込むと、高く良く響く音色が奏でられる。

 瑠璃は再び舞い始め、瑠璃の舞に合わせてどこからか集まってきた水滴が帯のように瑠璃の周りを周り始めた。

(不思議だ…)

 瑠璃には周りの音も空気も、まるで存在しないかのように静かに感じていた。熱さも疲れも、何も感じない。耳に届くのは、楓の笛の音だけ……。それ程までに集中しているのか、もしくは神器を操れるようになったことで、笛の音から得られる力のようなものを受け取れているのかは定かではなかったが、瑠璃は自然と音色に聴き入るように目を閉じた。

 先程までの焦りは一切感じない。最早陽翔のことすら、眼中にないかのように、ただ音色に合わせて舞い踊ることにだけ集中した。高く、低く……時折抑揚をつけながら伸びやかに奏でられる笛の音は、ひどく耳に心地良かった。

 そんな瑠璃の周囲を回る水の量は増える一方で、それに加えて、空が暗さを増していく。

「あ!」

 暗さに違和感を覚えて空を見上げた柚希の目には、空を覆う雨雲の姿が映る。やがてポツリ、ポツリと、雨粒が降ってきた。

「まさか……瑠璃が雨雲を呼んだのか?」

 和成が目を見張る。そうして驚いたのは、和成達見物人だけではなかった。

 陽翔もまた、突如として聞こえた笛の音や、降り出した雨に驚いたように、僅かに集中が途切れた。殺気立った気配が僅かに緩む。

「今だッ!!」

 瞬間、瑠璃はカッ!と目を開いては、陽翔に再び扇を向けた。すると瑠璃に纏わりついていた水が一気に陽翔へと向かっていく。鉄砲水のような勢いで放たれた水は、見物人達の目からすると、まるで龍のように映った。

「…ッウ!?」

 そんな水の龍は、陽翔の周囲を囲む炎を貫いて陽翔を飲み込んだ。まるで陽翔の体を貫通するかのように通り過ぎると、勢いを無くしたように辺りに散らばった。

 後に残された陽翔は、もう炎は纏っておらず、全身ずぶ濡れで立ち尽くしていた。少しして、カランと、槍を落とす。とうとう体力の限界が来たようだ。

「……ハル兄!」

 瑠璃も舞を止めて、陽翔に抱きついた。

「…もう、家に帰ろう。ハル兄」

 瑠璃があやすように優しく陽翔の背中を撫でると、唐突に陽翔は意識を失った。

「うわぁ!」

 急に陽翔の全体重が瑠璃に掛かり、瑠璃は倒れそうになる。

「瑠璃!」

 そこに楓がやってきて、支えてくれる。

「僕も、手伝います」

 研吾も駆けつけ、楓と二人で陽翔を支える。

「俺が運ぼう」

 和成が申し出て、陽翔を背に担ぐ。


「大丈夫ですか!」

 その時、林の向こうから、複数の人が走ってきた。消防隊員と、信行の姿があった。

 瑠璃は信行の顔を見るなり、安堵から急に疲れがきて、その場に座り込んでしまった。

「瑠璃!しっかり!」

 倒れそうになる瑠璃を、柚希が慌てて支える。

(終わった……かな?)

 行方知れずの牛鬼は気掛かりだが、今すぐに動けそうにない……。

「ちょっと……疲れた……」

 その言葉を最後に、瑠璃はコトンと意識を失った。

お読み頂き、ありがとうございます!

中途半端なところで止まっていたので、気にして見て下さっていた方がいたとしたら、お待たせしました。

次話で完結となります。どうか最後までお付き合いいただけたら、嬉しいです。

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