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双龍伝説  作者: 空色 理
第四章 双龍の絆
12/14

2.闇夜の決闘

 見慣れない、石のようなもので埋め立てられた道を、ひたすらに駆ける、駆ける、駆ける――

「フハハハ…」

 月の明るさや風の匂いくらいしか、かつて生きていた時と同じものが無かったが、それらは全く気にならないほどに物凄く気分が良い。そのせいか、口からは知らぬ間に笑いが洩れていた。

(他人の体で、随分と楽しそうだな)

 内側から、不満そうな声が聞こえる。煩わしい限りだが、ようやく得た自由の前には、その雑音も些細なことだった。

(何をするつもりか知らないけど、絶対止めるからな!)

 口では威勢が良いものの、現状は、なんの脅威にもなってはいない。初めこそ必死に抵抗していたが、今は胆力切れなのか、体の主導権は我のままだ。

「"何をするつもりか"か…」

 道なりに真っ直ぐ駆けていると、やがて建物が左右にずらりと並んだ広い通りにやって来た。左右の建物は物を売る商いをしているようだ。人間の往来がある。しかし、時間が遅いからか、片付けをしている様子がちらほらと見受けられるが、それでもまだ、人間の騒がしく活気づいた様子の名残があった。

「丁度いい…」

 ここならば人や物が多い。試すには格好の場所だと言えよう――。

 そっと手に持つ柄物を構えると、また内側から声がした。

(そんなもの構えて何するんだ!…まさか!?)

 神や妖を知らぬ今世の人間にしては、察しが良い部類だ。流石は継承者ということか。

「おまえの思っている通りだ。こんなに面白そうな物、使わないでどうする?」

 紅龍の槍……我を屠りし忌々しい龍の力を写すというその力、試してやろう。

(待て!止めろ!止めてくれ!)

 煩い。貴様の言葉など、聞くわけがなかろう。

 

「おや?陽翔。どうした?そんなところに突っ立って…」

 ふと、髭面の男に声を掛けられた。

(大井川のおじさん…)

 ほう、知り合いか?

「何持ってるんだ?……え、槍?」

 男が不思議そうに首を傾げている。

「ああ、そうだ」

 親切に答えては、槍を軽く振った。槍の先はシュッ!と小気味良く風を切る。ややあってから男の胸に一筋切れ込みが入ったのが見て取れると、その切れ込みが真紅に染まり、血飛沫が上がった。

「がはっ!」

(おじさんっ!!)

 男は苦悶の表情を浮かべて、地面に倒れ込む。ふむ……千年使われていない割には良い斬れ味だ。しかし、紅龍は炎を操っていた。この槍が本当に紅龍の写しなら、同じ力がありそうなものだが――おい。力の使い方は伝わっておらぬのか?

(おじさん!おじさん!……クソッ!早く病院に運ばないと!)

 我の声がを聞こえておらぬか?相当取り乱しておるな……ああ、そうか。貴様は、他人を傷つけられるのが嫌いだったな。それにしても――

「なんだ?どうした?」

「キャー!人殺しーっ!!」 

「え、人殺し!?」

「大井川さんっ!」 

「え、おまえ……陽翔君か?」

「なんで陽翔君が…」

「警察っ!誰か警察を!」

「それよりまず、救急車だろ!」

「何やってるんだ、陽翔君!その槍を離せ」

 

「煩いな…」

(や、止め――)

 

 ザシュ!

 

 騒がしいので更に幾人か斬った。小僧が抵抗したので、致命傷には至らなかったが、出血量は多く、辺りは血の海だ。これはこれで、気分が良い。周りは阿鼻叫喚のかぎり。フフフ……良い様だ。もっと恐怖しろ。

「ああ、そうだ……例の舞を舞ってみたらどうだ?あれは戦いの動きを模倣しているだろ?あれならば槍の力が使えるかもしれぬ」

(誰が舞うかっ!いい加減、体を返せっ!!)

 また抵抗が強くなってきたな……まったく、貴様のどこにそんな胆力があるのだ。雨宮の子孫でないくせに!

 

「あ、居たぞ!陽翔っ!!」

(叔父さん!…あ、父さんに、瑠璃まで…)

「チッ!……一旦引くか」

 あの娘……扇を持っておるな。厄介だ……やはり、蒼龍の継承者を仕留め損なったのは良くなかったな。――いや、むしろ……今斬っておくか?

(止めろっ!!瑠璃には絶対手を出させないからな!)

 威勢だけは良いな……しかし、一度手は出しているだろう?他でもない貴様の手で、娘の細い首を絞めていたではないか。

(あれは、おまえが操って…)

 そうだが、実際にこれはお前の体だ。意思は我でも、実際に手を下しているのはお前だということを忘れるなよ。お前が我を抑え込めなかったせいで、幾人も犠牲が出た。情けないな。

(――そうかもしれない……だからこそ!これ以上は、好きにはさせないっ!!)

「…ん?」

 急に体の動きが鈍くなる。……っく!抵抗しておるのか……足が、勝手に動く――。

 再び駆け出し、今度は逆方向……人気のない方へ走る。山に向かっているようだ。――ッウ!?

 

           ※ 

 

「はぁ…はぁ…はぁ………や、やっと……戻ったぞ……」

 体の主導権を取り戻した陽翔は、とにかく人のいない方角へと走った。

「陽翔っ!待て!!」

(ごめん。父さん。今の俺に近づいちゃダメだ)

 父の制止を振り切って、住宅地を逸れて雑木林に飛び込んでいく。父や和成は、怪我人の介抱もあって、すぐには追ってこなかったが――

「ハル兄っ!!」

 瑠璃だけは、真っ直ぐに陽翔を追ってきた。

「瑠璃!?こっちに来るな!危ないから!」

 陽翔叫びながらも、更に林の奥へ進む。瑠璃の追跡を巻こうと、更に速く走ろうとしたが、「…クソッ!この!」陽翔の意思に反して、体はその場に留まろうとした。

「瑠璃を迎え撃つつもりかっ!」

 それだけはさせまいと、必死に抵抗する。もう牛鬼の声は聞こえなかったが、それでも体を操ろうとしてくる感覚だけは変わらない。

(どうやったら、こいつを追い出せるんだ)

 叩いても、ぶつかっても出ていかない。自分が痛いだけだ。

(いや――待てよ)

 牛鬼は槍を使いたい。けれど実体がないので、こうして人の体を乗っ取っているわけだ。だとしたら――

 陽翔はおもむろに槍の刃先を自分の肩に乗せ、首に当てた。

 

 ――貴様!何ヲシテイル?

 

 どこか慌てた様子の牛鬼の声が響く。その様子で陽翔は確信した。口角が上がる。

「俺がもし、この槍で自分を傷つけたら、どうなるんだろうな?」

 

 ――オ前ガ傷ツクダケダ。

 

「本当にそうか?これはかつてお前を倒した紅龍の槍だ。継承者の俺が使えば、ダメージを与えたり出来るんじゃないかと思うんだけど」

 

 ――自分デ自分ヲ傷ツケルナド、出来ルノカ?

 

「ああ、やってやるよ」

 

 ――オ前、死ヌゾ。イイノカ?

 

「お前なんかに利用されるくらいなら、死んだほうがマシだ」

 

 ――正気トハ思エヌナ……ソンナニ、瑠璃ニ手ヲ掛

  ケタ事ガ嫌ダッタノカ?

 

「当たり前だろ!瑠璃は大事な妹なんだから」

 陽翔は首筋に当てた槍の刃先をより首に押し付ける。刃先が首を傷つけて、僅かに血が滲む。


 ――クッ!愚カナ!

 

 瞬間、陽翔の体が軽くなり、目の前に黒い靄の様なものが現れた。


 「掛かったな!」

 

 陽翔は間髪入れずに槍を振るった。しかし、手応えがない。

「フフフ……実体ノ無イ我ニ、槍ナド効カヌ」

 陽翔を嘲笑うかのように靄は揺れる。

(クソッ!どうしたら…)

 今の所、紅龍の槍はただの槍だ。何の力も感じない。炎なんて、出る気配もない。そもそもそんな能力はないのか、はたまた陽翔が槍の力を引き出せていないのか……。

(やっぱり、俺じゃダメなのかな…)

 雨宮の血を引いていない、一般人では駄目だったのだろうか?そんな一般人が継承者として舞を奉納していたせいで、封印が緩んで、こんなことになってしまったのだろうか―― 

 根が楽観的な陽翔でも、さすがにこの状況は前向きには考えられなかった。

(俺のせい――でも…)

 子どもの頃に見た紅龍の夢が気のせいだとは、どうしても思えなかった。あの夢が現実なら、陽翔は間違いなく、槍を託されたのだ。紅龍なら、陽翔が雨宮の子どもではないことくらい、知っていたのではないか。ならなぜ、陽翔に槍を託したのか……その答えを、陽翔は知っている気がした。

(きっと瑠璃なら、神器を正しく使えるんだ。でも、瑠璃だけじゃ危険だから、俺が護り手として選ばれたんじゃないかな)

 伝説でも、紅龍一人では牛鬼を倒せていなかった。蒼龍が一緒に戦ったから、勝てたのだ。

(だけど…)

 瑠璃は戦いを恐れていた。出来ることなら、自分だけで決着をつけたい。

「オ前デハ、槍ハ使エナイ」

 再び牛鬼は嘲笑うように言って、陽翔の側を離れて行く。

「待てっ!」

 陽翔は慌てて追いかけながら、何度も槍で牛鬼を斬りつけた。しかし相変わらず、手応えが全くない。

(クソッ!どうすれば……)

 力の引き出し方なんて、伝承には無かった。伝説の内容については、一言一句違わずに覚え込まされている。祭の時に語られる内容とは別に、神社の成り立ちについても伝わっていた。ただ、神器の二つについては、ただ龍の力を写したとだけ、聞いている。研吾から牛鬼を離そうとした時にも神器を使ったが、何も出ていなかった。漫画やゲームのようなあからさまな炎が出るイメージを勝手にしていたが、そうではないのだろうか?

(だったら…)

 陽翔はいったん目を閉じて意識を外界から遮断する。心を静めて、ただ自分の呼吸にのみ集中する――

(龍神様……どうか、俺に力を貸して下さい)

 そうやって瞑想しながら、ただ祈る。意味があるかは分からない。ただ、神が現れるとしたら、こうした精神的な世界のような気がしていた。初めて会ったのが、夢の中であったように――

 こうしている間にも、牛鬼はゆらゆらと移動して行く。だが、陽翔は焦らず、ひたすら龍神に祈り続けた。

 

「――ん?」

 

 ふと、手に熱さを感じた気がして目を開ける。持っている槍が、まるで熱しているように徐々に温度を上げていた。

「もしかして……」

 陽翔が、舞の最初の動きのように、軽く槍を回転させる。

 

 ――ジュッ!

 

「あっ!」

 瞬間、刃先に僅かに火花が散った。更に回転させると、刃先が炉の火で熱したばかりのように真っ赤に染まる。バチバチと爆ぜる音がしたかと思うと、周りの温度が一気に上がった。

「ッ!?」

 牛鬼が息を吸うような音を出しながら、速度を上げて遠ざかる。先程までの余裕は消え失せ、必死に逃げているといった様子だ。

「逃がすかっ!!」

 陽翔は牛鬼に向かって一目散に駆ける。体が軽い。まるで風にでもなったかのようだ――

 陽翔はあっという間に牛鬼に追いつくと、槍を突き出し、靄の中心を貫いた。


「ギャアァァァ!」

 

 貫かれた中心から炎が上がり、靄の全体を包み込む。

「オ…ノ…レェェェエ!」

 しかし、燃え上がりながらも、牛鬼は陽翔に向かってきた。

「っく…!」

 陽翔は槍を回しながら後に跳んで、牛鬼から距離を取ると、大きく体を捻り、体の回転に合わせて槍を振り抜いて、更に牛鬼を斬りつける。更に二度、三度と間髪入れずに斬りつける。

「死ねっ!」

 陽翔は鋭い目つきで牛鬼を睨みながら、槍を力任せに振り回した。

「キ…サマ……タダデ済ムト…思ウナヨ…!」

 牛鬼は燃えながら、徐々に姿が灰へと変わっていく。

「大人しく消えろ!」

 陽翔は怒鳴って、槍の刃先を牛鬼の脳天から真っ直ぐに振り降ろす。すると牛鬼は凄まじい断末魔を上げながら真っ二つに分かれ、燃え尽きた。一瞬にして、辺りは静寂に包まれたかと思ったが――

「ハァ…ハァ…ハァ……意外と、呆気ないな―――ッ!?」

 牛鬼を倒し、辺りは嘘のように静まり返る。しかしそれも束の間。苦しげに呻く陽翔の息が整う前に、一度は熱を失っていた槍が、突如として再び燃え上がった。

 

           ※

 

 「ハル兄……どこ?――あれ?」

 陽翔を追って林に入り込んだ瑠璃は、視界が悪い事もあり、すっかり陽翔を見失ってしまった。必死に目を凝らして奥へ奥へと進むうち、ふと、灯りが灯るのが見えた。

「あっちに家なんかあったっけ?」

 あるとしても畑くらいだと思っていた瑠璃は、不思議に思いながらも灯りを目指して走った。近づくにつれ、それが家の灯りなどではなく、炎だということに気がついた。始めは篝火程度の炎が不規則に揺れているだけだったが、やがて更に炎は大きくなった。それと同時に、草木の焼ける臭いが鼻を突いた。どういうわけか、雑木林一帯が燃えているようだ。

「ハル兄!ハル兄!どこにいるの?返事してっ!」

 声を限りに叫んでも、陽翔からの返事はない。牛鬼が陽翔を操って、雑木林を燃やしているのだろうか?

「瑠璃!」

 後方から声がして瑠璃が振り返ると、信行がこちらに駆け寄ってくるところだった。

「火事か?陽翔は?」

「分からない。全然見つからない……でも、もしかしたら…」

 瑠璃はそこで言葉を途切れさせ、炎の先を見た。それで信行は何かを察したように、表情を固くする。

「――行ってみよう」

「……うん」

 父の低い声に押されて、瑠璃は慎重に歩みを進めた。そこへ、和成も合流した。

「兄さん!これはいったい…」

 燃える林を見て目を見開く和成に、信行は「消防署に連絡してくれ。俺は瑠璃と、火元を見に行く」と早口に指示を飛ばした。

「火元を見に行くって……まさか!」

「ああ。陽翔がいるかもしれない」

「!……分かった!すぐに呼んでくるから、無茶するなよ!」

 和成は踵を返して走り去る。それを見届けて、信行は瑠璃と目配せして、奥へ進む。煙を吸い込み過ぎないように気をつけながら進んで行くと、やがてシュッ!シュ!と何かが空気を斬る音がし始めた。

「…ハル兄!」

 炎の中心に、槍を滅茶苦茶に振り回す陽翔の姿を見つけた。信じられないことに、槍を振るたびに炎が生まれては草木を焼いていた。

「舞を…舞っている…」

 信行は唖然としてその光景を眺めていた。動きは速いが、それはいつも祭の時に奉納していた舞だった。どこか鬼気迫る表情で、陽翔は舞い続けている。その力強い舞は、見る者の心を圧倒した。

(紅龍…)

 伝説を伝える為の絵巻物で見た、龍の絵が頭を掠める。

「ハル兄!何してるの?ハル兄!」

 瑠璃の叫ぶ声を聞いて、信行は意識を戻した。

(見入っている場合じゃない)

 よく見ると、陽翔は舞うたびにゼェハァと苦しそうな息をしていた。それでも舞を止めない。まるで、止めてはいけないと思っているかのようであった。顔や腕など、煤に紛れて赤い色も見える。火傷をしているのかもしれない。

「陽翔!陽翔!」

 信行も負けじと声を上げるが、陽翔はこちらに気づく様子がない。一心不乱に、槍を回し続けている。

「クソッ!陽翔はどうしたんだ」

 これ以上近づけば、こちらも無事では済まない。歯痒い思いをしながら、必死に打開策はないかと頭を回す信行の隣で、瑠璃はスッと扇を広げた。

「瑠璃?」

 娘の様子を不審に思って見れば、瑠璃は真っ直ぐに陽翔を見据えたまま、両腕を広げた。

「……やってみる」

 静かに言うその唇は、僅かに震えている。

「頼む…」

 しかし信行は、結局そんな言葉しか掛けられなかった。

 

 瑠璃は、一度目を閉じ深く息を吸っては吐いた。それから目を開けて、右手に持つ扇をゆっくりと正面に構え、すぐに体ごと右斜め下に向けて下ろし、左手も右手を追うように右斜め下へ。僅かの間そのまま静止したのち、再び体を起こして両腕を広げ、その場で回転してみせる。

(ハル兄も舞うだけで炎を出している。だったら、私だって!)

 蒼龍の力は水。しかし、舞を舞い続けても、水が出る気配はない。

(どうして?)

 焦りから扇の柄を強く握り締めて舞う。舞は中盤に差し掛かった。しかし、依然として何も起こらない。

(……やっぱり、私じゃ……)

 伝説を信じず、龍神信仰を馬鹿にしていた自分なんかじゃ……と、どんどん気分が重くなる。もう舞うのを止めてしまいたいと思っていると、遠くで、サイレンの音がした。

「消防車だ!」

 喜々とした父の声を聞いて、瑠璃は思わず舞を止めた。

(良かった。これで…)

 雑木林の向こう側に消防車のサイレンの灯りが見えた。すぐに消防隊員らしき声が聞こえてくる。

「瑠璃。一旦下ろう」

「…うん」

 舞い続ける陽翔は心配だが、ここに居ては消火活動の邪魔になる。そこで瑠璃は、父と共に来た道を戻り始めた。そこへ、和成が駆けてくる。

「兄さん!瑠璃!今、消防隊が到着した。……陽翔は見つかったか?」

「居たには居たんだが……」

「ん?」

「ハル兄、なぜだかずっと舞を舞ってて……ハル兄が舞うと炎が……」

「本当に、槍から炎が出るんだな…」

 和成は驚いて、しばし口を開けたままぼーっとしていた。

「とにかく、まずは離れよう」

「そ、そうだな…」

 信行に背中を押されるようにして、三人は来た道を戻る。その最中消防車による消火活動が開始され、長く伸び上がる水柱が見えた。

 瑠璃は下がりながら、食い入る様に水が炎を消す様子を見ていた。噴水の様に真上に向かっていた水は、雑木林を僅かに追い越してから、重力に逆らえず、地上に向かって降り注ぐ。それこそが消防隊の狙いであったようで、地上に降る水は的確に燃えている雑木林に向かって降り注いで、炎の勢いを殺して行った。しかし――

「な、なんだ?消えない!」

 和成が声を裏返らせる。

 一度消えたかに思えた炎は、再び別の草木を燃やし始めた。

「……やっぱり、ハル兄を止めないとダメなんだ…」 

 瑠璃は表情の読めない顔で呟くと、ゆっくりと踵を返して、再び雑木林の奥へ――陽翔の元へと歩き出した。

「お、おい!瑠璃!」

 信行は慌てた様子で瑠璃の肩を掴んだが、瑠璃は止まらなかった。

「――行かないと。ハル兄が、待ってる…」

 瑠璃は前を向いたまま、感情の乗っていない、どこか無機質な声で答える。しかし、その淡々とした口振りとは裏腹に、体は小刻みに震えていた。

 (瑠璃…)

 信行は始め、瑠璃を引き留めようと思っていた。今行けば、炎に巻き込まれてしまう。陽翔のことは確かに心配だが、今の陽翔に近づけばどうなるか分からない。実際、陽翔は舞で炎を操っていたが、先程同じく神器を持って舞った瑠璃は、超常的な力は何も発揮していなかった。それだけに、再び陽翔に近づけることは躊躇われた。だが、震えながらも陽翔の元へ向かおうとする瑠璃を見て、信行の想いは揺れた。

「――瑠璃。信じろ。龍神様は、側にいる」

 結果、口をついて出た言葉は、始めに言おうとしていた言葉ではなかった。何故そんなことを言ったのか、信行は自分の言葉なのに分からなかった。どこか、自分に言い聞かせているような言葉だ。

 それでも瑠璃は、信行の言葉の意味を理解したように小さく頷くと、雑木林の奥へと駆け出した。


「兄さん!なんで行かせた!危険だ」

「……きっと陽翔を救えるのは、瑠璃だけだ」

「しかし…」

「おまえも宮司なら、しっかりしろよ。俺達が怖気づいていたら、瑠璃や陽翔はどうなるんだ?」

「そう……だな」

「俺達は、俺達に出来ることをしよう」

「――分かった」

 二人は頷き合うと、走って雑木林を抜けて道に戻っては、消防隊の元へ向かった。

お読み頂き、ありがとうございます!

いよいよクライマックスが見えて来ました。ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございます!最後まで見届けて下さいますと、幸いです。

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