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第1話 片田舎の末っ子

「ばぁぶ……」


 望むように声が出ない。


 誰かに抱えられているようだが、少し居心地が悪い。


 自らの腕を目の前に上げると、まるで自分のものではないかのように丸く、小さい。


 そうか、俺は転生したのか。


 以前──前世の記憶はまるっきり残っているうえでの転生。これは嬉しくもあるが、それと同時に一つの楽しみが消えたとも思える。


 全ての記憶を消して転生したのなら、自分の思考の及ばない新しい考え方が出来るかもしれない。

 いや、その場合そう考えるこの頭が存在しないわけで、そう思えるはずもないのだが。


「──…………」


 部屋で一人、子ども用のベッドにいると窓の外から人の声が聞こえてきた。


 自由のきかない赤ん坊の身体をなんとか起き上がらせ、二足立ちで窓の外を見る。


「せぇい!はっ!やぁぁ!!」


 何やら少女が木剣を振り回していた。向かいには同じく木剣を持った男が少女の攻撃を防いでいる。


 あの男はこの俺の父親にあたる。

 新しい身体の家族構成はおおよそ把握済みだ。

 父親に母親、そして姉が一人いて、メイドもいる。


 昨日俺を抱いていたのはそのメイドの少女だ。見るからに10代の少女をメイドとして雇うとはいかがなものか。


「しかし……あの少女は誰だ?」


 今、窓越しに見てる父と稽古をしているのは姉とはまた違う少女だ。


 そのとき、部屋の扉がゆっくりと開けられた。


「ぼっ、坊ちゃん!?まさか、もう立てるようになられたのですか……!?」


 入ってくるなり俺の姿を見て驚いているのはメイドのシェリーだ。


 普段は落ち着きのあるメイドなのだが、ときどき抑えきれなくなった感情が表に出て途端に落ち着きを無くす。


 俺が産まれたときから世話役として常に傍に居る。


 慌てふためくシェリーを横目に、窓際から手を離して腰をベッドへつけた。


「坊ちゃん、どこか痛かったところないですか?無理やり立とうとしてしまうと何かよからぬことが起きてしまうと聞いたことがあります」


「別に何もない。いい加減落ち着け」


 昨日の今日で喋れるようになったことは俺自身あまり説明のしようがない。


 どうやったら早く喋れるようになるかと色々試行錯誤していたらできてしまった。

 それだけの事なのだが


「なっ………!?い、今……しゃべっ……た…………」


 口を全開にして驚愕の表情を見せたまま固まるシェリー。


 特別隠すつもりはなかったのだが、生後2日の幼児がすでに会話できるというのは不自然だと考えて抑えていた。


「とりあえずそこの扉を閉めてくれないか」


 他の人間が声に気づいて入ってくるとも限らない。


「何で……もう喋られるんですか……?」


「喋られるから喋っているだけだ。この事は俺とお前の二人だけの秘密にしてもらいたい」


 シェリーを近くまで来させてそう提案した。


「……わ、分かりました。しかし坊ちゃん、こんな凄いこと今すぐ奥様に報告しなければいけません!神童の誕生です」


「何を言っている。二人の秘密にしようと言ったばかりじゃないか」


「……はい。申し訳ございませんでした」


 項垂れ反省した様子で謝罪した。


「それと、俺のことを坊ちゃんと呼ぶのは止めてくれ。気色が悪い」


「き、きしょくわるい………な、なんでですか?坊ちゃんは坊ちゃんです」


「それを止めろと言っている……。もっと単純な呼び方があるだろ。適当に名前で呼んでくれ」


「そ、それでは……アムル様と呼びますね」


 本当に異世界に転生し、アムルという名を授かった。


 当然のようにこの世界について知らないことだらけだ。


 シェリーにこの世界について色々と質問し、得られる情報を蓄えることが今できる最善の選択といえる。


 大塚晃丈という名を捨て、アムルとしてこの世界を生き抜く。


「なあシェリー、ところであの少女は誰だ?」


 窓の外に見える少女を指さしてそう言った。


「あの方は、アムル様の姉君であるミラ様です」


 もう一人姉がいたのか。




 5年後────


 この日もいつものように、家の近くにある森に来ていた。


 この世界は本当に面白いことばかりだ。


 魔法という力は本当に興味深い。魔力という源で魔法を形成するが、その原理は今もまだ俺には分からない。


 家にある書籍を漁っても、父と母に聞いてもその答えは出てこない。


 この世界の人間はあまり深くを知ろうとしないらしい。


 これほど未知な力を知りたいと思わないのが不思議でしょうがないが、そうとなれば自ら答えを出すしかない。


 魔力とは、あらゆる物質に含まれる。もちろんこの身体にだって魔力は含まれている。


 魔法の使用には魔力量が深く関わってくるのだが、魔力量には個人差がありそれは千差万別である。


 多ければ良し。しかしどれだけ膨大な魔力を有していようと魔法の才に長けていなければ宝の持ち腐れというもの。


 魔力量が少なければ、どれだけ魔法の才能があろうと無意味なものとなる。魔力の受け渡しは現状不可能と言われている。


 そういった人間は魔法から離れ、自らの身体を武器とし、また武器を持ち、技に磨きをかける。


 実を言うと下の姉であるミラは魔力量が少ないため剣士として常日頃鍛錬を欠かさず行っている。


 右手のひらを出し、魔力を込めると握りこぶし程度の炎が現れた。

 これが魔法だ。


 手のすぐ間近に炎があるというのに、全く熱さを感じない。


 入力量、つまり魔力の込める量を上げると、それだけ出力量──魔法の威力も比例して上がる。


 そこに例外はないと見ていいだろう。


 そして、魔法を使用するためにある魔力だが、別の使い道があることに俺は気がついた。


 幼児のころ、喋られるようになったトリックの正体は魔力だった。


 体内を魔力が巡っているのだから、魔力で補助することくらい造作もない。


 筋繊維を魔力で強化してやれば、飛躍的な身体能力向上だって有り得る。


 この世界では想像力がもっと大きな武器となる。


 火、水、風、土、などと自然の力が魔法になっていることが多い。


 これらは魔力の形質変化というものから生まれた、いわば元素の魔法という。


 攻撃性があり、この世界の大半の魔法使いはこれらの魔法を駆使して戦うと書かれていた。


 世の中の人間は、よほど魔法について深く知らないのだなと思った。


 無限の可能性があると言っても過言ではない魔法という力で、自然現象を真似ているだけだ。


 何も考えずとも出現させることのできる魔法に魅力の欠片もないだろう。


 もっと魔法に正面から向き合えば、見える世界はまるっきり変わってくる。


「だ〜れだ」


「うわっ」


 突然視界が遮られ真っ暗闇へと変わった。


 途端に全身を包むようにして漂う良い香りで心が落ち着く。


 背中に当たる確かな感触で確信した。


「その声、もしかしてローズ姉?」


「だいっせーかい!」


 俺の顔から手を離し、嬉しそうな表情でそう言った。


 本当は目を隠されるより前、背後に近づいていた時点で気がついてはいたのだ。



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