元婚約者としては誠に遺憾だが、王弟殿下には破滅していただく。
8000字ほどの令嬢ざまぁもの。がっつりではありませんが、百合です。
『アカシア伯爵令嬢ミモザ・ブロッサム! お前との婚約は破棄だ! 俺はこのカトレアと結婚する!』
……その結末が、今や懐かしい。
私が貴族学園にいた頃、私の婚約者を篭絡した男爵令嬢カトレア。
恐ろしい女でした。未来を熟知している節すらあった。
私は婚約者の第二王子エラン殿下にたびたび諫言したものの、受け入れられず。
周囲を味方につけようと動くも、常に先回りされて頓挫しました。
カトレアは王子だけではなく、幾人もの男を味方につけていました。
騎士団長の息子メナール。
枢機卿の子息ライル。
宮廷魔術師も務める侯爵の令息ルカイン。
孤立した私は、これはさすがに敵わぬと逃げ出した。
卒業間近に衆目の前で婚約破棄されたときは驚きましたが。
これも粛々と受け入れ、卒業資格を手にして領に引き上げたのです。
王家側から進めていた婚約の、王子個人の勝手による破棄。
我が伯爵家は相応の詫びをいただき、一時うるおいました。
ですが、身分差のある望外の立場からの失墜。私自身は、次のお相手など望めません。
ゆえ、生前贈与として領の隅の森をいただき、そこに屋敷を建てて引きこもりました。
とはいえ、輝かしい未来を約束されている王子たちの中心に……あの女がいるわけで。
私と私の一族が不遇な扱いを受けるのは、目に見えていました。
そう考え私は、我々は、何年もかけ、備えた。必死に駆けずり回った。
――――その結果。私は今、切っ先を突きつけられている。
「気が急いておられるようですね、エラン王弟殿下」
目の前の男……エラン殿下は、軽装ながらも、鎧姿。
手にした剣は私に向いているものの、揺れが大きい。
顔には疲労と険、皴と隈が見て取れます。髭も剃っておらず、かつては美麗だったお顔が台無し。
口で荒く呼吸しており、目も血走り、顔に汗をかいています。
しかし……この状況。どうしましょうかね。
私の屋敷を訪ねてきた、エラン殿下。
数年ぶりの再会の挨拶もそこそこに、話があるからと言われ、部屋に招き入れたら。
いきなり剣を抜かれるとは、思いませんでした。
……けれどもエランは、追い詰められ、緊張の極致にあり、かつ私を警戒している様子。
――――詰めろ逃れつつ三手詰め、といったところですかね。
「お疲れのご様子です。まずはお座りくださいませ」
私は椅子の背もたれを引いて、彼に少し微笑みかける。
それからテーブルを回って、反対側にゆっくりと歩いた。
切っ先は常に私の方を向いていたものの彼は動かず、私はエランとテーブルを挟んだ。
……やはり。私の余裕ある態度に「何かある」と警戒し、動けませんでしたね?
――――まずは一手。必殺の間合いは外れ、詰めは逃れました。
「ああそう。お茶をお出しいたしましょう」
「貴様が出す飲み物などッ!」
ふふ。どんな目に遭って来たのでしょうね。警戒のしすぎではないでしょうか。
疑いの色が出すぎていて……かえって行動が読みやすいのですが。
私は応えず、沸いた湯を注ぎながらお茶の準備を始めます。
「少しのお時間をいただきますので、おかけになってお待ちください」
改めて、席を手で示すと。
エランが、用心した様子で歩き、椅子に腰かけた。
抜き身の剣には手を掛けているが……座り、大きく息を吐いている。
……強く緊張しすぎで、集中力が持たなくなりましたね。案の定です。
――――これで二手。すでに一足では、斬り掛かれないでしょう。
「使用人もおりませんので……お待たせいたしました」
私は無作法ながら、テーブル向かいから中央に、カップを二つ、おく。
「いや、まて! ……こちらを貴様が、先に飲め」
「こちら、ですね?」
私が確認すると彼が頷いたので、向かって右のカップを手元まで引いて。
椅子に座り、一口。
もうひと口含み、飲み下す。
エランが、喉を鳴らした。だが、手は伸ばさない。
「毒など、入っていませんよ」
「フンッ、どうだか」
だが彼は、耐えかねたのかもう一つのカップを引き寄せ、口をつけた。中身を半分ほど、飲み下す。
喉が渇いた様子なのは、見て取れていました。
飲みやすい温度で提供した甲斐が、あったというものです。
……私に選択させ、飲ませた。その時点で、油断しましたね?
――――三手。王手。ふふ。毒など使いません。私が入れたのは薬です。
しかもこれ、私には効きません。慣らしましたので。
容易い相手で助かりました。
彼女……かつてのカトレアならば、こうはいかなかったでしょう。
エランはようやく一息ついたのか、顔の険しさがすこし鳴りを潜めました。
目元が僅かに緩み、そして……剣を腰から下げた鞘に、納めていきます。
短い剣のようですが、納めにくそうです。一度立てばよろしいのに。
…………しかし。疲労が嵩んでいたのか、効きが良いようです。お話が聞きやすくていいですね。
ついでです。回りがよくなるよう、部屋を暖めておきましょうか。
私が暖炉に指を向けると、私の魔力に反応し、そこに小さな火が灯りました。
置いておいた薪に燃え移り、炎が大きくなっていきます。
「…………宝玉、か」
「ええ。このような辺境でも、最近では手に入ります」
最初に魔力から火を起こしてくれた石……宝玉。
緑の石・魔石を特殊な樹脂で包んだものです。
魔石は何度も使うと割れてしまいますが、宝玉は使った分の魔力を後から込め直し、何度でも使えます。
おや。エラン殿下はずいぶん苦い表情をされていますね。
「どうされました? 難しい顔をなされて」
「……………………外国由来の品だ。あまり気分の良いものではない」
何を言っているのやら。単に、自分の商いを潰されたからでしょうに。
しかも別に外国由来ではありません。外国経由で広まっただけ。
まぁいいでしょう。気分も落ち着かれているようですし、話を始めましょうか。
「すぐご用件を……というのも風情がございません。よろしければ、近況などお聞かせくださいませ」
私が問うと、彼は惑っている様子でした。
それはそうでしょうね。最近はきっと、嫌なことばかりでしょうから。
そうして、見たくはないものから目を逸らし。
「…………カトレアの行方を、知っているな。ミモザ」
やはり。すぐ本題に切り込んだ。
そうですか……屋敷に来るのはわかっていましたが、彼女に用でしたか。
用向きの察しもつきますね。
「いいえ。知るはずもありません」
「とぼけるなッ!!」
エランが腰を上げ、テーブルを叩きました。
彼のそばのカップが転がり、中身の半分がテーブルクロスにしみていきます。
「お座りくださいませ。彼女も、ご家族も、皆亡くなった。そうでしょう?」
カトレアの実家、セルヌア男爵家はこの王弟の怒りにふれたらしく、お取り潰しとなりました。
本人もご家族も皆、獄死した……となっています。
「違うッ! 墓が空だった! どこかで……どこかで生きているはずだ」
……あなたも墓荒らしをしたのですね。犯罪行為を、簡単に口にしないでほしいのですが。
ふむ。そちらから話を持って行ってみましょうか。
「…………そういえば、同じことを仰ってた方がいましたね」
「はっ、まさかルカインがここに来たのか! 奴はどこだッ!」
侯爵令息のルカイン。
まだ家は継いでいないものの、学園卒業後、異例の早さで宮廷魔術師に抜擢されていました。
研究室も持ち、独自に魔石量産法を開発、偉大な成果を残された、とか。
「お帰りになられました。私が、寄る辺のない女が行くなら娼館では、と言ったので。探しに行かれたのかと」
「入れ違いかッ! 娼館はもう探したし、奴自身も……くそっ」
まぁルカインは、娼館まで行って。
――――捕まって、もう処刑されたのですがね。
「はっ。ルカインが来たならば、ライルは、やつは!」
枢機卿のご子息、ライル様。
学園を出た後は、御父上の後を継ぐべく、教団で多くの信を集めつつあった、とか。
「ああ、彼はカトレア嬢を探しにきたのではなく……匿ってほしい、と。何かあったのですか?」
「ぅ、いや。大したことではない。それで、今どこにいる」
「王都に戻られましたが」
「! そうか。やつは王都に隠れ家を……」
ええ。王都の隠れ家に戻って。
――――そこで毒を飲まされましたよ。
「だが王都には俺は……そうだ、メナールも来たのではないか?」
騎士団長を父に持つ、メナール。
卒業後は本人も騎士となり、国境を中心に戦に参加し、戦果を重ねていたそうです。
「彼はライル様とは逆に、国外に出るのを手伝ってほしいと。案内をつけましたが、その後は」
「そ、そうか」
「慌てた様子でしたが、彼も何か?」
「いやいいんだ。だが息災ならばよかった」
いいえ。メナールは。
――――彼が殺した者たちの遺族らに袋叩きにされた後、御父上に首を刎ねられましたよ。
「ふぅ……」
話していて安心したのか、エランが椅子に荒々しく腰を下ろしました。
私は立って彼の近くまで行き、カップを回収。
戻って、次のお茶を煎れにかかります。
…………ふふ。もう剣を抜く気もない。最初はあれだけ息巻いていたのに、可愛いものですね。
次のお茶を供すると、今度はぐっと一息に飲み干されました。
もう疑いもしない。単純です。
彼は背もたれに寄り掛かりながら、片手で目元を押さえています。
……時間、量ともに頃合いですかね。
「お部屋はありますし、お疲れならば今日は休んでいかれるとよいでしょう」
「ああ……世話になる」
カトレアのことを聞くの、もう良いようですね。
では……次はこちらから、話をしましょうか。
私は、サイドテーブルに置いておいた鈴をとって、鳴らしました。
ほどなく奥の扉が開き、女性が一人入室。
王弟殿下が……目を見開いておられます。
「か、カ!?」
「カトレア嬢によく似ているでしょう。
部屋の準備を申し付けようと思いましたが……そうですね、まずは紹介いたしましょうか」
黒に近い紫の髪をした女が。
「サクラ。私がとった、弟子です」
私の隣まで来て、頭を下げる。
「でし……だと。なぜおまえが、何の弟子を?」
「学園の時も申しましたが、我がブロッサムの家系は占いに通じております。
人の縁から機を知り、場合によっては時を見る。
血縁外からも才ある子を迎えることがあり……サクラは娼館でたまたま見つけたのです」
「女のお前が、なぜ娼館に行く」
「仕事です。高級娼婦には、人気でして」
エラン殿下が、私の言葉を飲み込み切れず、疑いの目でこちらを見ています。
ですがおそらく、頭がだいぶ朦朧としており……うまく考えられないのでしょう。
その証拠に、サクラが気になるのに、言葉を紡げていない。十分に、効きましたね。
――――機は、熟しました。断罪の、時間です。
「サクラは数奇な運命をたどった子なのです。
騎士に暴力を振るわれ、聖職者に薬を盛られて弄ばれ、魔術師に実験台にされたこともあるとか」
「!?」
その顔……ふふ。あなたにとっては、とても覚えのある話でしょう? エラン。
「高貴な方に諫言したら怒りを買い、身を隠したそうですが……おや、どうしましたエラン様?」
わなわなと唇を震わせ、冷や汗をかき、私の隣辺りから視線が逸らせなくなっているようです。
さぞ……サクラから冷たい目で、見られているのでしょうね。
すっと横を見ると、おや。私の方を見ていました。これは、私から言っていい、ということですか。
では続けましょう。
「私、あなたに振られたことは気にしていないのです」
「な、に?」
「そのお心を繋ぎとめておけなかったのは、私が悪い。
カトレアの方が上手だった。それだけなのです」
カトレアに関しては……尊敬すらしている。
未来を知っていたとしても、常に正しい選択ができるとは限らない。
だが彼女はそれを、やり遂げた。
恐るべき差し手。手強く、学園にいた頃は毎日が本当に楽しかった。
だから、こそ。
「ですがそんな私にも、許せないことがある。
サクラをひどい目に遭わせた四人の男……その最後の一人を」
じっと。エランの青い瞳を。震える目を、見る。
「ずっと探していたのですよ、革命軍に追い回されてる元王弟殿下?」
「き、貴様! 知って!?」
知っていますとも。
あなたが悪逆の限りを尽くして民を怒らせた結果、国王陛下はその座を明け渡すこととなった。
そのくらい、さすがに辺境にも伝わってきますし……私は、いろいろと伝手がありますので。
「エラン」
「ひっ!?」
サクラ……カトレアが、口を開いた。
薬が全身に回ったエランは体がまともに動かせず、椅子の上でただ狼狽えるだけ。
「どうして、私をかばってくれなかったの? どうして、奴らの好きにさせたの?」
「あ、あ……」
私が彼に飲ませたお茶、一杯半。
そこに含まれていたのは……自白剤にも使える、薬です。
ついでに体の自由も奪ってくれるもので、かつて司教となったライルが使っていた薬の、一つでした。
「私を、どう思っていたの。答えて」
「お、おまえ、は」
口の端に泡を浮かべながら。
弱く首を振りながら。
かつて彼女に篭絡された男は。
「魔石を産む、鳥。うるさくて、貧相で、縊り殺してやりたかった」
その惨い本心を、語った。
(……最後の糸が、切れた)
エランから出ていた、最後の「縁の糸」がふっつりと切れたのが、見えました。
彼の命運をぎりぎり繋いでいた、最後の絆が。
『――――ミモザ様! おられますか!』
折よく、屋敷の外から呼びかけが聞こえました。
……もしも彼がカトレアの心を、縁を繋ぎとめていられれば。
この来訪は、きっとなかったでしょうね。
「サクラ。お客様のようです。対応を任せます」
「はい、先生。失礼いたします」
彼の横を通るとき。
彼女はそちらを見もせず。
涙はおろか、何の表情も……浮かべていませんでした。
サクラが屋敷玄関へ向かったため、またエランと私、二人だけになりました。
少しの時間はありそうですし……そう、ですね。
あとは私が、愉しませてもらいましょうか。
「魔石が市場に溢れたときは、本当に驚きました。
あれは自然由来のもの。ところが、何か生産法が確立されたというではありませんか」
どんな人間でも小さな魔法が用いれる、便利なエネルギー源……魔石。
しかし使いすぎると割れてしまうし、魔力のこめ直しもできない。
自然出土しかせず、鉱脈もありません。
それが急にたくさん出回り始めたのは、確か学園卒業から二年ほど経った頃でした。
「ですが、先代陛下が崩御なされ、第一王子殿下がご即位。
王弟となったエラン様の妻が、カトレアではないと知って。
私は、ピンと来たのです。何かある、と」
エランは、何も答えず。
しかしその瞳だけ、怯えた色をのぞかせながら。
私の方に、向け続けています。
「調べ始めた矢先、身を隠すために〝サクラ〟となった彼女を見つけられたのは僥倖でした。
魔石を生み出せる性質を持っていた彼女の体を弄り回し、あなたたちは。
――――人から魔石を取り出す手段を確立した。そうですね?」
「そう、だ」
彼は首を振りながら、肯定しています。自白剤はよく効いているようです。
「国境の小競り合いの絶えないあたりで、敵味方問わず人をさらった騎士のメナール。
王都を中心に怪しい薬を流行らせ、聖職者の身分を隠れ蓑にして人をかどわかしたライル。
そして集めた人間を殺し、魔石を取り出していた魔術師のルカイン。
先代国王を殺し、王弟として権力を手にして彼らを後押ししていた……主犯のあなた」
「そ、うだ」
……本当、ひどい連中。その結果、国民を怒らせて、革命まで起こしてしまうんだから。
メナールは被害者遺族と、御父上に誅殺された。
ライルは教団内部がもみ消しに動き、毒を飲まされた。
ルカインは革命軍に捕まり、先日処刑されている。
国王陛下を始めとした王族、およびエランの妻は、エランを売った。
革命軍に助命を願い、国を明け渡し、首謀者たちの行状をつまびらかにした。
この男の逃げ場は最早、国のどこにもない。
おそらく、カトレアからまた魔石を取り出し、資金を作って逃げるつもりだったのだろう。
けど、それは叶わない。
「ほう、ぎょく、さえ」
おや、聞いていないのに話し始めましたよエラン。まだ自力で喋れるとは。
「宝玉、さえ、出てこなければ」
宝玉。何度も使える魔石。
あれがでてきたせいで、彼らの大量生産法は立ち行かなくなったのです。
まっとうな方法だったら……むしろ互いに益があったのですけどね。
未加工の魔石は売れ行きが細り、しかし宝玉の生産元は外国。
繋ぎのとれない彼らは慌て、さらなる増産……すなわち、虐殺に踏み切り。
ことのすべてが露見して、革命を誘発。追われる身となった。
しかし。よほど未練があったのですね、エラン。
本当に、愚かな男。
宝玉の、話。それは。
それだけは――――聞かなければ、よかったのに。
では。
止めを。
さしてあげましょう。
「宝玉を発明したのは、私です」
「え」
エランの顔から、表情が抜け落ちました。
宝玉は――――もっと未来に、別の人間が作り出すものでした。
けどエランに婚約破棄されて、その太い縁が切れた瞬間。
私は遠い未来に、宝玉が魔石にとってかわることを予知した。
そうして見たアイディアから、そのまま製品を作り出し……国外を中心に流通させたのです。
我らブロッサムの魔女は、縁を読む。
常日頃から縁を広げ……それが切れた時、時を読む。
とはいえ知ることができただけなら、私は多少の備えをして、それで終わりにしていたでしょう。
けど、こいつらは。
――――私を、怒らせた。
「あなたがたが、カトレアに惨い扱いをしたと知って」
彼女はいつも懸命だった。
聡明で、忍耐強く、気高かった。
私がもっとも敬愛する強敵、カトレア。
こいつらは! 彼女の尊厳を、踏みにじった……ッ!
「私が生み出したのです」
私は、席を立ってテーブルを回り。
椅子にまだなんとか収まっている、元婚約者の。
その震える目を、間近で、真っ直ぐに見て。
ずっと我慢していた一言を、突き刺した。
「貴様を破滅させるためになッ!!」
彼の目が、ぐるんと回り。
口から吐き出される泡が増え。
ずるり、と椅子から落ち。
無様に床に、倒れ伏した。
「先生」
扉を開け、カトレア……サクラが入ってきた。
「失礼します!」
「どうぞ。あとはお任せいたします」
幾人かの革命軍の方たちが、室内になだれ込む。
手早く、エランを部屋から運び出し始めた。
ゆっくりと、扉が閉まり。
私はかつての強敵、今は弟子となった彼女と二人、残された。
その黒い瞳が、潤んでいる。
「さすがです、先生。お見事でした」
そう真っ直ぐ褒められると照れる……いえ、こういうところこそ、彼女の強みですね。
胆力強く、勇気をもって踏み込める。それに何度、先を行かれたことか。
私は首を振りつつ、言葉を紡いだ。
「ブロッサムの魔女は、今後100年の未来を決める大事を見る。
確かに私は縁あって、その奥義に辿り着きました。
ですが」
私はサクラに、微笑みかけた。
「未来を使う、という点に関してはやはりあなたには敵わない」
ほんと。私はこんなことにしか使えないのだから……笑ってしまう。
おや、なぜ首を振るのです、サクラ。
「とんでもない。先生は、そのブロッサムの秘奥を。
私のためだけに、使ってくれた。
そうなんですよね?」
む、しまった。ひょっとしてさっきの……聞かれていましたか。
「やっぱり先生――――ミモザが、最高よ」
サクラが。かつての強敵の顔をして、言う。
……やはり私は、まだまだですね。
優雅を是とするブロッサムの魔女が、感情的になって怒鳴り声を聞かれるなんて。
私は照れを隠すために、少しの咳ばらいをしつつ話題を変えることにしました。
「今回のことで、あなたの余計な縁はすべて切れた。
これからは、魔女として立派にやっていけるでしょう」
太い縁は情報を多く呼び寄せますが、悪縁だと雑音になりやすい。
サクラにとって、エランたち四人のそれは、特大の悪縁でした。
そしてエランを最後に、その縁はすべて切れました。
技や知識はもう教え込んであるので、これで魔女として独り立ちできます。
「皆伝です。これからは、サクラ・ブロッサムを名乗りなさい。
もう身を隠す必要もありません。
今後はご両親のもとに帰っても良し、好きに生きると良いでしょう」
サクラは、少し驚いたような顔をした後。
ゆっくりと、笑顔を浮かべた。
「はい。では引き続き、おそばにいさせてください。先生」
……………………ん?
「それは、よいですが……なぜ」
我が強敵が、意味もなくそのような選択をとるはずがありません。
よくないとは思いつつも、つい警戒心が湧いてきてしまいます。
「見たんです」
サクラの黒い瞳が。
私を、じっと見ている。
「なにを」
「エランとの縁が切れた瞬間に。
――――私の今後100年を決める、大事を」
彼女の見ていたのが、本当に未来だったと、知るのは。
もう少し、先の話。
失われた王国にはかつて、このような警句があったという。
「ブロッサムの魔女は、優雅を是とする。
だからこそ、冷静な彼女たちを。
決して、怒らせるな」
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