妖怪探偵事務所 山猫軒 子供の霊の悪戯
河合恵美子は妖怪探偵事務所を経営している。霊能力者である母親文江と一緒に、妖怪や幽霊に関する相談を受け、解決していく。きょうはどんな依頼者がやってくることやら。
ここは大阪にある、とある雑居ビルの二階にある事務所である。
私、河合恵美子はこの古びた事務所で、いわゆる心霊現象に関する相談を受け、解決することを仕事にしている。
相棒は猫のマリ。
私自体は霊能力はほとんどなく、霊を説得して成仏させたりするのは、もっぱら私の母親である河合
文江の仕事になり、私は依頼者の相談を受け、いろいろと調査したりすることが主な仕事となる。
この妖怪探偵事務所に依頼される方は、口コミでこの事務所を探してこられもので、いわゆる縁でつながった関係といえるであろう。
さて今回はどんな依頼がくるのであろうか。
コンコンとドアをノックする音がする。
「どうぞ、お入り下さい。」
入ってきたのは、30代後半と思しき男性である。
「こんにちは、こちらは山猫軒でしょうか。」
「はい山猫軒でまちがいありませんよ。看板も何もないのでわかりにくいでしょう。ごめんなさいね。」
「とんでもないです。ある方にこちらのことを聞いて、探して来ました。」
「ここにたどりつきはったということは、ご縁があるということでしょうね。」
「ところでここに来はったいうことは、なにか心霊現象でお悩みということですか。」
「はい、おっしゃる通りなんですが、わたしは東大阪にある携帯電話ショップの店長をしている、西田敏夫と申します。ぜひ相談に乗っていただきたいと思いやってまいりました。」
「まぁ立ち話もなんですから、どうぞおかけ下さい。」
「ありがとうございます。」
恵美子は奥にある冷蔵庫からペットボトルのお茶を差し出した。
「こんなんでよかったら、飲んで下さい。外は暑かったでしょう。」
「すいません。いただきます。ちょうど喉が渇いたところでした。」
西田敏夫はひとまずお茶で喉を潤した。
「ところで、どんなことで悩みはってるんやろ。」
「はい、実はうちのショップなんですが、どうもそのいわゆる幽霊のようなものが住み着いているようなんです。」
「携帯ショップに幽霊かぁ。ところでどんな悪さすんねやろか、その幽霊。」
「いや悪さというほどでもないんですが、ただその幽霊が不憫で。」
「幽霊が不憫?もう少し詳しく教えてもらえません。」
「はい、実は三か月前くらいからなんですけど、朝出勤すると陳列してある携帯電話が床に落ちていたんです。それが連日続き、始めは泥棒か何かと思いましたが、何も盗まれた形跡もなく。」
「それが幽霊の仕業と思いはるわけやね。」
「もちろんそれだけなら、だれかの悪戯か何かと疑ったりするのでしょうけど。」
「他にも何かあったわけやね。」
「はい、防犯カメラを確認してみました。」
「じゃぁ幽霊が映っていた?」
「いや何も映ってはいなかったんですが、勝手に携帯電話が落ちる様子が映っていました。あと。」
「あと?」
「何か子供がはしゃいでいるような声が、うっすら入っているようなんです。」
「つまり子供の幽霊が住み着いているゆうことやね。」
「何か子供の幽霊かと思うと、不憫な気持ちになってしまって。」
「それは何時くらいに起こるんやろか。」
「大体2時から4時の間です。
「なら、その時間あたりに、お母ちゃんと一緒にお店見させてもらいますわ。」
「よろしくお願いいたします。」
西田は深々と頭を下げてから、事務所を後にした。
さて今夜はその携帯電話ショップに行く日である。河合恵美子は母親の文江とファミリーレストランでくつろいでいた。西田敏夫とは夜中の1時に携帯電話ショップで待ち合わせの約束である。
「お母ちゃん、今回の話どう思う?」
「うーん、そこに何か居るようなんは間違いないと思うけど、何か昔の古い霊みたいに感じるなぁ。」
「死にはってから、結構時間がかかっているということ?」
「そんな感じやね。しかも邪悪な感じは全然感じひんし。まぁ一先ず行ってからやな。」
二人は支払いを済ませ、西田の待つ携帯電話ショップに向かった。
携帯電話ショップの前には既に西田敏夫が立って待っていた。
「こんばんは。今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます。」
「はじめまして、河合文江と申します。何か楽しそうな子供の声が聞こえますね。」
「えっ!ほんとうですか。」
「ええ。一先ず中に入らしてもろてよろしいですか。」
「はい、それではよろしくお願いします。」
西田を先頭に文江、恵美子と続いて中に入っていった。見た目はどこにでもある普通の携帯電話ショップである。
文江は目を閉じて何かを感じている様子であるが、ショップ内の様子は特に変わってはいない。
その時である、陳列してあるスマホが続けさまに数台倒れた。更に消えていたはずのテレビが突然つき、照明がついたり消えたりし始めた。
驚きで西田は固まって身動きができない。文江はただただ静かに目を閉じて、何か念じている様子である。
数分そんな状態が続いたであろうか。そして点滅していた照明が突然収まり、弱い光となり室内をぼんやりと照らした。
その時である、年は5、6歳であろうか、戦時中の子供のようで、薄汚れたランニングシャツに黄土色の半ズボンをはいた子供が3人、携帯電話ショップの中をキャッキャと叫びながら、楽しそうに走り回っているではないか。
その様子は恵美子にはもちろん、西田にもはっきり見えた。西田は茫然と立ちすくんでいる。
そしてほどなく3人の子供はスーッと消え、テレビも消えた。店内の照明も通常の明るさに戻り、しーんとした静けさだけが残っていた。
西田が力が抜け、その場に座りこんだ。
「西田さん、大丈夫!」
恵美子が駆け寄って、両手で肩を支えた。
「今の子供たちは、一体?」
西田は焦点の合わない様子で、ポツリとつぶやいた。
「西田さん。あなた良いことしはったわ。」文江が目を開いて言った。
「良いことですか。僕が?」
「ええ。あなたにも見えたでしょう。3人のかわいらしい子供たち。あの子たちこの辺りで焼夷弾の犠牲になったみたいね。くだらない戦争の犠牲。」
「この辺りも空襲があったんですね。」ぽつりと西田はつぶやいた。
文江が聞いた「西田さん、あなたこの辺りにあるお地蔵さんに手を合してはるでしょう。」
「ええ、はい。でも何でそんなことを知ってらしゃるんですか。」
「そういったビジョンが見えたのよ。そのお地蔵さんがあなたを見込んで、3人の成仏を託したというわけ。お地蔵さんはあなたを見込みはったんやね。」
「じゃぁ、あの3人の子供たちは成仏できたということですか?」
「ええ、今光の国へ帰っていきはったよ。楽しそうにはしゃぎながらね。」文江は微笑みながら語った。
「通勤の途中にひっそりとたたずむお地蔵さんを見つけて、何だかよくわからないですけど、お供え物なんかを時々するようになったんです。」
文江は微笑みながら静かに西田の話を聞きながら頷いた。
「いずれにしても、もうあの子たちが出ることはないから安心してね。」
しばらくの沈黙の後、はっとした様子で深々と頭を下げた。
携帯電話ショップを後にして2人はコインパーキングに向かった。
「お母ちゃん、でも何で西田さんは、お地蔵さんにお供えしたり、手を合わせるようになったんやろな。特に信心深いという人でもなさそうやのに。」
「それはやな、あの子供たちの一人が西田さん。つまり生まれ変わりやね。」
「ええっ!」恵美子は思い切り驚いた。
「だって今成仏したんやろ。成仏せんうちに生まれ変わるて。」何か納得がいかない。
「恵美子、あの世はな時間というものがないねん。実はこの世の中も時間いうもんは幻覚やねんけど、ややこしくなるから、まぁあの世には時間がないとだけ覚えとき。」
2人は家路に向かうのであった。