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09 歓迎の小部屋

更新履歴

2024年 7月17日 第2稿として大幅リライト。

 王城から迎えに来たとは思えない粗末な馬車に乗って、夜会へ向かいます。義姉や王妃陛下からどんな嫌がらせをされるのかと思うと気が重いですが、お母様のドレスが勇気をくれます。

 困ったことに、御者の対応がぞんざいで、乗り込む時に手を貸してくれませんでした。私の胸に抱かれていたフェンが唸ります。


「いいんですよ、フェン。この程度の嫌がらせで怒っていたら切りがありませんから」


 ぬいぐるみ姿のままとはいえ、鋭い牙をむき出しにしたフェンをなだめると、怯んでいた御者が鼻を鳴らしました。大人しくさせておけとでも言いたそうです。

 守護の神獣がいるとわかってるのに私をぞんざいに扱うのは、私が王家に逆らえないとわかっているからだと思います。


 そんないざこざがありながらも、馬車は月明かりの下を進みます――。

 王城へはそう遠くありません。王宮の外れの森を抜けるだけですから。それでもフェンは窓にかじりついて外を見ています。数百年ぶりに人の世界へ降り立ったというのに、不自由な思いをさせて申し訳なく思います。


 馬車は人目につかぬように、城の通用口へ通されれました。使用人や出入りの業者と同じ扱いですが、いつものことなので驚きはないです。

 先にフェンが馬車から降りると、使用人たちがざわつきました。山に棲むオオカミほどの大きさに縮こまってますが、獰猛なフェンリルの姿だからです。

 天から遣わされたというより、地獄から迷い込んだかのようなフェンの凶相に、使用人たちは皆、震え上がっています。

 怖い姿のままで一緒に歩ける大きさになれるなんて、意外と便利だななどと思ってしまいました。背中に乗せてくれたなら、どこまでも駆けていけそうです。


 王城は王宮の真ん中にあり、いくつもの尖塔が天高くそびえています。どこか禍々しく、怒った山のように見えるこの城を、私はあまり好きではありません。

 通されたのは、ほこりまみれの小さな部屋でした。侍女たちが使う掃除用具が無造作に置かれているので、用具室なんだと思います。


 ぶしっ! ぶしっ! ぶぁくしっ!


 フェンが立て続けにくしゃみをしました。


「ほこりで鼻がむずがゆくてたまらん! 神獣である我をこんな粗末な部屋へ通しおって!」

「夜会の嫌がらせに詳しいくせに、この程度で音を上げるんですね」

「うるさい! 我は鼻が敏感なのだ! スウィーだ! スウィーを呼べ!」

「もう……」


 床に跪いて祈りを捧げます。


「清浄なる水の使い――スウィー様、どうか我が元へお越しください」


 周りが泡立つような感覚に包まれると、艶めかしいクリスタルの体をくねらせてスウィー様が現れました。


「何用ですか? カレン。……随分、粗末な部屋に押し込まれましたね」

「スウィー様、フェンのくしゃみが止まりません。どうか、この部屋をお清めください」

「……私を便利な掃除屋だと思ってませんか? その気になれば、この辺り一帯を大洪水に巻き込むことも可能なのですよ?」

「そこまでは望んでないです。夜会が台無しになると、お客様にご迷惑がかかってしまいますから。この部屋だけ洗ってくださいますか? 私はほこりになれてますけど、フェンにはキツいみたいで……」


 フェンの三角の鼻から、糸を引く水がダラダラと垂れています。一国の軍隊を相手にしようかという神獣様なのに、なんとも間抜けな顔で……。威厳も何もあったものではありません。


「スウィー……頼む……我の鼻は敏感なのじゃ」

「はいはい、やってあげるわよ」


 スウィー様はため息を吐くと、流麗な水の舞いを踊り始めました。くるくると舞うしなやかな肢体に水が導かれ、うず潮のような水の流れが、あっという間に部屋を洗い流します。

 扉の隙間を通して廊下に青い光が盛大に漏れたと思いますが、衛士たちは私のことなど気に留めてないので、きっと気づかなかったことでしょう。


 ほどなくすると、扉がノックされました。


「カレリーナ姫殿下、お時間でございます。大広間へお連れいたします」

「わかりました」


 扉を開けた初老の侍従と、左右の衛士が目を見張りました。――当然です。部屋が見違えるように磨かれているのですから。壁や床はおろか、掃除道具のバケツやモップまでがキラキラと輝いています。薄暗かったキャンドルの明かりも、フードが磨かれたことによって、見違えるように部屋を照らすようになりました。

 すでに去られたスウィー様がして下さったことですが、なぜかフェンが誇らしげに胸を張っています。


「こ、これは……」


 言葉を失う侍従に、王族らしく毅然と告げました。


「では、参りましょう。案内なさい」

「は、ははっ」


 体の重心を少し後ろに乗せて、真っ直ぐな姿勢のまま歩を進めます。幼少より頭に本を乗せて歩くことで覚えた、優雅な歩みです。

 汚れた部屋に閉じ込めた程度では、五加護を得た私には嫌がらせにもなりません。


 さぁ、いよいよ大広間でのお披露目――。国中の貴族が待ち受ける夜会へ乗り込みます。

第10話を、7/18(木)に更新予定です。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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