08 お母様のドレス
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2024年 7月16日 第2稿として大幅リライト。
ジスモンド陛下より、国中の貴族へ知らせが届きました。1ヶ月後の満月の夜、王宮にて夜会を執り行うと――。
王家主催の夜会など、滅多にあることではありません。貴族たちは色めき立っていることでしょう。ローレット王太子の次期国王の名乗りもさることながら、社交の場に出ることがなかった側妃の娘である私が、初めて公の場に出るのですから。
5つもの加護を持つ姫を妻に迎えることが出来れば、領地が豊かになることは間違いなく、王族を超える富を得ることも不可能ではありません。富を得れば、人が集まり、権力も強くなる。――さすれば、モンドウェル王家に代わり、この国を治めることも……。
(なーんてことを、10歳の私を相手に夢見ているに違いありません)
姿見に映る私は、部屋着の上からでもわかる痩せっぽちで、大人の女性にはほど遠いです。
王族、貴族では家同士の政略結婚が当たり前で、恋をして結婚するなどまず望めないことは分かっています。10歳で婚約、15歳で結婚なんてのも、ちょっと早いけどある話です。
恋すらしたことがないのに――ウンザリしながら、『祝福の儀』に着ていったドレスを体に合わせてみました。ダルトンが王室の許可を得て用意してくれたものですが、華やかな王家の夜会には地味すぎて着ていけそうにありません。どうしたものでしょう……。
コンコンと、品のいいノックが響きました。
「カレン、ちょっといいかしら?」
この声は、お母様です。
「はい」
こんな時間にどうしたんでしょう? 扉を開けると、お母様が私の前で膝を折りました。差し出された両手からこぼれるたおやかな布は――。
「夜会服! どうしたのです!?」
「私が若いころ、ジスモンド陛下から頂いたもののよ。……私が陛下から賜った、数少ない品ね」
幾重にも折り重なったベージュのレースが美しい、とても仕立ての良いドレスです。
「あなたの体に合わせて、コツコツと丈を直してたの。きっと『祝福の儀』のあと、世に出ることになると思って」
「お母様……お体が悪かったのに……」
「針仕事なら、ベッドでも出来るから」
目を細めるお母様の瞳が潤んでいます。私の瞳にも涙がたまって、お母様の顔がにじみます。
「あなたは平民の私から生まれたとは思えない、どこに出しても恥ずかしくないお姫様よ。これを着て、王族らしく堂々と夜会に参加なさい」
「はい!」
憂鬱な気持ちが吹き飛びました。お母様のドレスをまとえるなんて、力が湧いてきます。――そう、夜会は貴族の策謀渦巻く戦いの場なのです。
ベッドで丸まっていたフェンが、片目を開いて鋭い眼光を覗かせました。
「癒やしの使いサナレの加護を持つお前を毒殺しようとする輩がいるとは思えんが、夜会は何かと騒動が起こる。階段から突き落とされたり、わざとワインをかけられたりな。くれぐれもワシのそばから離れるでないぞ」
意外な言葉に、お母様と揃ってキョトンとしてしまいました。
「ずいぶん詳しいんですね、フェン」
「人がやることなど、何百年経っても変わらぬわ」
なるほど、神獣様のうんちくはためになります。人はずっと昔から、愚かな争いを続けてきたのですね。
フェンはフンと鼻を鳴らして、また目を閉じました。頭をお腹にうずめた姿がかわいらしく、お母様も私も微笑んでしまいます。
夜会の準備は整いました。――あとは、宮中に望むだけです。
第9話を、7/17(水)に更新予定です。
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