06 水の使いスウィー様
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2024年 7月11日 第2稿として大幅リライト。
ダルトンの手を取りながら、お母様がゆっくりと階段を降りてきます。エリカと私は少し先を降りて、まだ覚束ない足取りのお母様が階段を踏み外さないか心を配ります。お腹が空いたのか、エリカはパンをかじりながらですが。
離宮には、玄関を入ったところにささやかな広間と、2階へ続く階段があります。ですが、お世辞にも掃除が行き届いているとはいえず――特に高い所にあるシャンデリアにはほこりがたまり、蜘蛛の巣のようなものすら見えます。
広間の真ん中に立つと、背後からお母様たちの視線を感じました。何が起こるのかドキドキしているようです。私は元気に振り返りました。
「見ていて下さいね、お母様」
玄関に向き直って、両膝をつきます。お母様たちも続いて、膝をつきました。
「清浄なる水の使い――スウィー様、どうか我が元へお越しください」
閉じたまぶたが明るくなったので、私の周りが輝いているんだと思います。水音が足元から湧き上がり、水の流れが渦を巻いて体をすり抜けた感覚があります。
そっと目を開けると、中空に集まった水流が水の衣を纏った女神様の姿を形作りました。髪も肌もクリスタルのように輝き、透けるような肌はまさしくうっすらと透けています。
スウィー様は現れるなり、広間を見渡しました。
「何です? この薄汚れた屋敷は」
「すみません……広すぎて掃除しきれないのです」
海の底のような瞳が、私たちを見定めるように見つめました。
「病弱そうな女に、年端も行かぬ女児、老人、がさつそうな女か……これでは、掃除が行き届かぬのも仕方ありませんね」
「がさつ? 誰? ……アタシのこと!?」
背後でパンを握ってる女騎士が辺りを見回してます。ええ、そうです。エリカ、あなた以外にいませんよ。
「スウィー様、力をお貸し下さい。この離宮を綺麗に磨き上げたいのです」
「離宮? ここが?」
想定外のところでスウィー様が引っかかりました。あ……そこは気にしなくてよいのです。
「……我が加護を授かりし娘は、随分と苦労しているようですね。いいでしょう、天に選ばれた者に相応しい、ピッカピカの屋敷にしてあげます」
スウィー様は渦を巻くような踊りを見せると、水を招くように両手を広げました。
「清らかなる水の流れよ、この屋敷に巣くう穢れを洗い流すがいい!」
踊りの渦から生まれた水の流れが幾筋もの奔流となり、壁を、天井を、床を洗い流していきます。――それだけではありません。水流は階段を上り、ここからは見えない2階も隅々まで洗っているようです。
あまりに奇跡に、みんな思わず立ち上がりました。
「スゲェ……」
エリカの口から、かじったパンの欠片がポロリと落ちます。
「おお……届かなかったシャンデリアの裏まで……なんと、ありがたい」
ダルトンの白い髭を蓄えた口からも、感嘆が漏れます。
広間を巡る奔流の1つが、足元にいたフェンをすくい上げました。
「お、おい、よせ」
モコモコした体が水流に翻弄され、洗われていきます。あ、ちょっと気になってたんです。数百年ぶりに人の世に降りてこられたそうなので、その間ずっと体を洗ってなかったのかなって。
やがて水流はスウィー様の元へ戻り、何事もなかったかのように消え去りました。
「ありがとうございます、スウィー様! 屋敷もフェンも見違えるようです!」
「フフ……あなたの笑顔に相応しい屋敷になったようね」
「やれやれ、我まで洗ってくれとは頼んでおらんぞ」
フェンがブルブルとイヌのように毛を震わせました。
「ついでよ、ついで。女の子のそばにいるんだから、身ぎれいにしておきなさい」
「余計なお世話だ、まったく……」
スウィー様が清らかな瞳を、こちらに向けました。
「ではまた、いつでも呼びなさい、カレンよ」
「はい! ありがとうございます! スウィー様」
足下から湧き上がった水流が大きな水滴となってスウィー様を包み、そのまま水しぶきとなって宙に消えました。
3度目の奇跡を見たダルトンとエリカも、2度目のお母様も、加護の力に言葉が出ません。庭の生命に恵みを与え、お母様の胸の病を癒し、古ぼけた屋敷を輝かせました。傍らにいるぬいぐるみみたいな神獣様も、一国の軍隊に匹敵する強さのはずです。
「お母様、もう病気になんかさせませんよ」
「ありがとう……」
お母様が歩み寄って、抱きしめてくださいました。ギュッと結ばれた腕の力強さが、健康を取り戻したことを教えてくれます。
「これから、いっぱいいっぱい、幸せになりましょうね」
そう言葉にして、閉じたまつげに涙がたまるのを感じました。お母様の瞳も潤んでいます。
――私たち親子は、これから始まるのです。
第7話を、明日7/12に更新予定です。
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