05 癒やしの使いサナレ様
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2024年 7月10日 第2稿として大幅リライト。
フェンを胸に抱えて、屋敷の2階へ向かいます。もちろん、ダルトンとエリカも後ろからついてきます。二人の軽い足取りから、これから何が起こるのか興味津々なのが伝わってきます。
ドアをノックすると、優しい声が返ってきました。
「入ってらっしゃい」
部屋の中では、お母様がベッドの上で半身を起こしています。
「まぁ、その子はどうしたの? 子イヌ……とも違うみたいだけど……珍獣?」
「ち、珍獣ではない! 我はしんじゅう! 神獣フェンリルじゃ!」
「し、神獣様!? ゴホッゴホッ……失礼いたしました。では、カレン、あなたは加護を?」
「はい。5つ授かりました」
「5つも!?」
か細い声が裏返りました。驚くのも無理はありません、加護は1つ授かるだけでも国の宝であり、奇跡なのですから。
「では先ほど、庭から射し込んだ光も……あなたが?」
「はい。豊穣の使いフィト様に、恵みをいただきました。これからは、お野菜も卵もいっぱい採れますよ」
「まぁ!」
「さぁ、次はお母様の番です!」
お母様の体は、長い幽閉生活で重い病に蝕まれています。粗末な館とはいえ、ダルトンと私の二人で掃除をするには広く、じめついた空気とほこりで胸を病んでしまったのです。
私はフェンを床に降ろすと、膝をつきました。手を合わせて祈りを捧げます。すると、お母様が頭を撫でてくださいました。髪がほどける感触が気持ちよくて、うっとりしてしまいます。
「健やかなる癒やしの使い――サナレ様、どうか我が元へお越しください」
清らかな輝きが湧き上がって、体を包むのがわかります。ほんわかと暖かくて、リラックス出来る――そんな輝きです。
ふわりと軽やかな布が頬を撫でるのを感じて目を開けると、白い衣のドレスを纏った女神様が漂ってらっしゃいました。たおやかな髪の色は銀です。
ダルトンとエリカが跪きました。
ベッドの上で跪けないお母様は、あたふたして顔を布団に突っ伏しました。
「我が加護を与えし娘、カレリーナよ、何用ですか?」
「サナレ様、どうか母ナディアの病をお治しください」
サナレ様はお母様を見ると、優しく微笑まれました。
「ナディアよ、顔を上げなさい」
お母様がやつれた顔をサナレ様に見せました。痩せた頬と土気色の肌が悲しいです。
「長く胸を患っているようですね。息をするのも苦しいでしょう……」
サナレ様は、右の手のひらをお母様の胸にかざされました。ほわっとした光が周りを照らします。
「胸に潜みし陰よ、退きなさい」
サナレ様の手のひらから発した光がすべて胸に吸い込まれました。お母様の頬にみるみる赤みが差していきます。
すーっ、はーっ。お母様の深呼吸なんて、いつ以来でしょう?
「まぁ、胸が楽に……。こんなに息がしやすいのは何年ぶり……」
「お母様!」
思わずベッドに上って、お母様に抱きついてしまいました。淑女にあるまじき振る舞いにお母様は少し戸惑われましたが、優しく抱き止めてくださいました。
「心配かけましたね、カレン……もう大丈夫ですよ」
お母様の瞳からあふれた涙が、ぽたぽたと私の頬に落ちてきます。私の瞳からも涙が溢れて、布団を濡らします。
ポケットからハンカチを取り出す音が聞こえたので、ダルトンが目頭を押さえているのでしょう。エリカが鼻をすする音も聞こえます。
「カレリーナよ、ナディアは運動不足です。この部屋から出して、其処なフェンリルと散歩などさせると良いでしょう」
フェンの丸い瞳が吊り上がりました。
「なんじゃと! このワシをイヌ扱いする気か!?」
「そのかわいらしい姿で凄んでも、怖くありませんよ」
「ぐぬっ……ぬぬぅ……」
肩を震わすフェンをスルーして、サナレ様がこちらを見ます。
「体をいたわりなさい、カレリーナ。さすれば、我が力に頼ることもないのです」
「はい。心がけます」
サナレ様は慈悲深い笑みを残して、光の余韻と共に去っていきました。
――残されたのは静寂。目の前で繰り広げられた奇跡に、みんな言葉を失っています。
私は、ぴょんとベッドから降り立ちました。
「さ、お母様、立って。これからお屋敷を大掃除ですよ!」
第6話を、明日7/11に更新予定です。
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