03 豊穣の使いフィト様
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2024年 7月5日 第2稿として大幅リライト。
あばら家とはいえ王家の離宮ですから、屋敷にはそれなりな広さの庭があります。
幼いころは走り回って遊んでいたのですが、庭師を雇うお金もありませんし、荒れ放題だったので、ダルトンと耕して小さな菜園にしてしまいました。
主に栽培しているのはおイモです。すぐに育つし、お腹の足しになりますから。あとはトマトやキュウリなどの季節の野菜を少々。王宮から支給されるパンや食材はちょっと痛んでいたり、量も少ないので、自分で補うしかないのです。
神殿から帰って、改めて菜園を眺めました――。葉はしおれ、茎は細く、実はとても小さいです。雑草や害虫をついばむはずのニワトリも、元気なくうな垂れ、役に立っていません。屋敷の庭では、土が痩せているのでしょう。
今こそ、加護の力を試す時!
「ダルトン、エリカ、そこで見ていなさい。五加護の力で、古ぼけた離宮をピッカピカにいたします」
後ろに控えていたダルトンが、紳士らしい淀みない所作で胸に手をあてました。
「このダルトン、しかと目に焼き付けさせていただきます」
ダルトンの隣でエリカが、拳を振り上げてはやし立てました。
「やっちゃえ! やっちゃえ! 底辺脱出だ!」
これからどんなことが起こるのか、楽しみでしょうがないようです。
私は加護をもたらす全ての神の御使い様と、その御業を知っています。ダルトンが読ませてくれた歴史書に記録されていた限りですが――。
では、膝をついて、目をつむり、祈りを捧げましょう。
「地の恵みを司る豊穣の使い――フィト様、どうか我が元へお越しください」
体が輝いている感覚があります。大地から湧き上がる力に包まれているのでしょう。腰まで伸びた髪がふわりと持ち上がりました。何かが浮かび上がってくるのを感じます。
「何かえ?」
目を開けると、草花と薄い布で織られたドレスを羽織る女神様が、宙に浮かんでらっしゃいました。うっすらと緑がかった肌に足先まで伸びた緑の髪が絡みつき、生命力に溢れた若草を思わせます。
あまりの神々しいお姿に、ダルトンとエリカが跪きました。
「久しぶりじゃな、フィト」
よお! とばかりに膝元にいたフェンが右手を上げます。
「あら、フェンリルじゃない。随分と可愛らしい姿になって」
「これからはフェンと呼べ。そう名付けられた」
「フフ……名前も随分可愛らしいのね」
ドレスの袖で口元を押さえる仕草が、とっても上品です。
「守護の神獣であるあなたがそばにいるなら、我が加護を授かりし娘も安心ね、フェン」
「任せておけ!」
胸を叩いた小さな腕が、ボフッと枕を叩いたような音を立てました。愛くるしい姿に微笑んでしまいます。
「何じゃ? 笑ってないで、さっさと願いを言わんか」
そうでした、和んでる場合じゃありません。神の使様をお待たせしては失礼に当たります。
「フィト様、どうか中庭の野菜やニワトリに、恵みをお与えください。この庭を豊饒の地に」
フィト様は体を屈めて、じっと私を見ています。まるで、値踏みをするかのように――。
「よいでしょう。我が加護しておるというのに、そんなに痩せっぽちでは示しがつきませんからね」
フィト様は胸いっぱいに息を吸い込むと、両手を添えて、中庭へ行き渡るように息を吹きかけました。息には光が混じっているのか、キラキラとしています。
「豊穣の恵みよ、我が吐息の先へ」
息を吹きかけられた菜園の野菜が光を帯びると、しおれていたツルがグングンと伸びて、あっという間にトマトやキュウリが実りました。
「コケーッ!」」無気力だったニワトリが目を覚ましたかのように、土の上を飛び跳ねてます。
それだけではありません。庭全体に生命力が輝きとなって満ちあふれ、この先もよい収穫が望めそうだと分かります。
ダルトンが思わず立ち上がりました。
「おお、何と! 素晴らしい!」
「スゲェ、あっという間にトマトが実ったぞ!」
エリカも立ち上がり、身近に生っていたトマトをもいで、かぶりつきました。
「うンまぁぁい! スッゲェみずみずしいよ!」
あまりの美味しさに手が止まらないようで、2つ、3つともいで、一気に口へ運んでいきます。
「甘味たっぷりの果肉が口いっぱいに広がって――何個でも食えちまう!」
フィト様は満足げに微笑みを浮かべました。
「また頼みたいことがあれば、いつでも呼びなさい」
「はい。ありがとうございます、フィト様」
一陣の風が巻き起こり、フィト様は舞い散る緑の葉と共に去って行きました。
――これが、私が授かった加護の力。しかも、まだ3つの加護を残しています。
エリカが食べかけのトマトを眺めながら、しみじみとこぼしました。
「これで……いつ畑を潰されても、元に戻せるなぁ」
エリカが何に思いを巡らせているのかわかります。それは、側室の子として生まれたが故の、悲しい記憶なのです。
第4話を、明日7/8に更新予定です。
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