02 過去のお話
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2024年 7月4日 第2稿として大幅リライト。
私、カレリーナ・モンドウェルは権勢を誇るモンドウェル王国の第三王女として生まれました。けど、恵まれた道を歩んできたわけではありません。
側室の子として生まれたが故に、正室であるヴィクトリア王妃陛下に疎まれ、お母様であるリディアと共に王宮の外れにある離宮に幽閉されたのです。
離宮――などといっても名ばかりで、元は使用人たちが住んでいた粗末な2階建ての屋敷です。そこを高い壁で囲って、離宮としたのです。
1つしかない門には、常に門兵が立っていて、私とお母様が外に出ないように監視しています。出入り出来るのは、執事のダルトンと、週に何度か訪れる女騎士のエリカだけでした。
ダルトンは先王の信頼が厚い宰相だったのですが、齢が70を過ぎたことと、私の父でもあるジスモンド国王陛下の不興を買ったことで、私の教育係という閑職に追いやられたのです。歯に衣着せない人なので、陛下にもズケズケともの申したんだと思います。
離宮へ通うことになったダルトンは、私を鍛えに鍛えました。
まだ5歳だというのに、淑女としての振る舞いを身につけさせるべく、頭に本を乗せて歩かせたり、おイモばかりの粗末な食卓でカトラリーの完璧な使い方を身につけさせたり、優雅なダンスを教え込んだり――。
それだけではありません。
「2/3と1/5を足すといくつですかな?」
「ん~と……13/15!」
「素晴らしい!」
成人になっても算術が出来ない貴族が多い中、5歳には理解が難しい計算を身につけさせました。
読む本はダルトンの蔵書である分厚い歴史書や、政治学、経済学の本ばかり。百科事典に載っている草花や動物の挿絵を絵本代わりに育ちました。
エリカも負けていません。まだ人形を愛でるのが相応しい小さな手に、木刀を持たせて剣の修行を始めたのです。
「素振り百回始めェッ!」
「いーち! にーい! さーん!」
ダルトンとエリカの教練は、どれもこれも5歳の女児に課すにはあまりにも過酷でした。けど、他にすることがなかった私は熱心に取り組み、何とかクリアしていったのです。
そんな私を好ましく思ったのか、それからの5年間、ダルトンとエリカはますます高度で難しい修練を課してきました。
(外の世界を知らないから、出来て当然だと思ってたんですよね)
馬車の窓を王都の街が流れていきます。
楽しそうに話す道行く人も、賑やかな商店も、私の手に届くものではありません。いえ、ダルトンが教えてくれた本の中の世界を、こうして直に見られただけで幸せというものです。
向かいに座るダルトンの横で、エリカがたっぷりとハムを挟んだパンをかじりました。
「儀式の間、何も食えなかったら、腹が減っちまったよ」
エリカはこうして、いつも何かを食べてます。ムシャムシャと美味しそうに頬張るにつれ、ビキニ型の鎧からはち切れんばかりの大きな胸が揺れます。
(その胸は、いつもいっぱい食べてる賜物ですね)
つい自分の真っ平らな胸と比べてしまいます。幽閉されている私とお母様は、日に2度の食事を取るのが精一杯で、庭で育てている痩せた野菜とニワトリの卵を使った料理ぐらいしか食べられません。お肉は滅多に口に出来ませんから、きっと栄養が足りないんだと思います。
「……街に立ち寄られたいですか? カレリーナ様」
「えっ?」
ダルトンの意外な言葉に、少し驚きました。監視の目があるというのに、禁を破ろうというのでしょうか? そんなことをして見つかったら、ダルトンが処罰されてしまいます。
「いいえ、ちっとも。ヴィクトリア王妃陛下に怒られますから。近くで街を見られただけで十分――」
私の膝に乗って窓にかじりついていたフェンが吠えました。
「なんじゃと!? 寄らんのか!? 数百年ぶりの人の街をじっくり見たいんじゃが?」
「今の私には敵わぬことなのですよ、フェン。それより、離宮でやりたいことがあるんです」
「……ん? 加護の力を使うつもりか?」
「はい。せっかく授かったんですから、さっそく試してみます」
古ぼけた馬車が、離宮へと続く道を急ぎます。
「好きにするがよい。お主が何を望むのか、我も興味津々じゃ。世界を滅ぼしたいなら、この爪で……」
モコモコした両手からニョッキリと鋭い爪が伸びました。つぶらな瞳が逆三角に形を変え、「グルルル」と不敵な笑みをこぼします。
そう、ぬいぐるみのような見た目に騙されてはいけないのです。神話によると、神獣フェンリル様はいくつかの悪しき国を滅ぼしたことがあるとされています。
「はは……物騒ですな……」
「冗談キツいぜ……」
ダルトンとエリカが乾いた笑みをこぼしました。
どうやら神獣様の冗談は、全く笑えないようです。
第3話を、明日7/5に更新予定です。
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