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18 旅立ち

更新履歴

2024年 8月1日 第2稿として大幅リライト。

 ベッドから置きだして窓を開けると、昇る朝日のきらめきが部屋いっぱいに広がりました。

 古ぼけた机も、簡素なベッドも、飾りのない鏡台も、みんな私の大切な宝物です。けど――。


(今日でこの部屋ともお別れ……。離宮から勝手に出るんだもの、二度と戻って来れないって覚悟しなきゃ)


 あれから数日が経ち、今日はいよいよ旅立ちの日です。必要な荷物はダルトンが若いころに使っていた古いリュックに詰め込みました。といっても、替えの服とフェンお気に入りのブラシぐらいしか入っていません。大抵のことは五加護の力でなんとななるだろうって思ってます。


 ダルトンが用意してくれた襟付きのシャツに袖を通しました。半ズボンをはくのは初めてなので、何だかくすぐったいです。どちらも平民の子に見えるように、古着屋で調達してもらいました。

 長い金色の髪を三つ編みにして、大きめのキャスケット帽にしまい込みます。

 ――うん、どこから見ても普通の男の子。うまく化けられました。


「カレリーナ様、朝食のお時間です」


 ノックと共に、ドアの向こうからダルトンの声がしました。


「すぐ行きます」


 帽子を被ってテーブルに着くのはマナー違反なので、キャスケット帽をベッドの上に置いて部屋を出ました。

 ――お母様とのお別れの時が、近づいています。



  ◆  ◆  ◆



 お母様が病に伏せるまで幾度となく共にした小さなテーブルで、私もお母様も語ることなく、ただ黙々と固いパンと野菜のスープを口に運びます。

 お母様は私の姿を見て、これから旅立つことを悟っているのでしょう、潤んだ瞳で私を見つめています。

 きっと口を開けば泣いてしまうから――笑顔で見送るために黙っているんだと思います。

 私も、涙を堪えています。


 母娘の静かな別れを、壁際のダルトンがそっと見守っていました。



  ◆  ◆  ◆



 ついに出発の時が来ました。

 リュックを背負い、髪をキャスケット帽に隠して、玄関前の広間へ向かいます。

 お母様とダルトンが待っていてくれました。

 笑顔で二人に最後の別れをします。


「じゃあ……行ってきます」

「…………」


 お母様はそっと私に歩み寄ると、強く抱きしめてくださいました。


「体に気をつけるのですよ」

「お母様も」


 お母様の後ろで控えているダルトンにも声をかけます。


「ダルトン、お母様をよろしくね」

「命に代えましても、お守りいたします」


 ダルトンは胸に手をあてると、手のひらに収まるほどの小さな布袋を取り出しました。


「門番の目を盗んで持ち込んだ金貨です。どうかお持ちください」

「ううん、大丈夫、加護の力があるから」

「いざという時のために、お持ちを。幼少の身で路銀を稼ぐのは容易ではありません」


 ――ダルトンの言うことももっともです。薬草でも摘んで売ろうかと思っていましたが、見ず知らずの10歳児から買ってくれるでしょうか? 仕事があるとも思えませんし……。


「……ありがとう。大切に使いますね」

「もったいないお言葉です」


 お母様もダルトンも、別れの寂しさと、巣立ちを見届けるうれしさが入り交じった、複雑な顔をしています。きっと私も同じような顔をしているのでしょう。


 二人に見送られ、玄関の扉を開けました。


「あ……」


 扉の向こうに、見慣れたビキニ型の鎧に身を包んだ女騎士が立っていました。無作法にも、焼いたトリの足をムシャムシャと食べています。


「エリカ」

「行かれるんですね、カレン様」

「はい。国を見て回ります」

「そうですか……」


 背の高いエリカが私を見下ろします。こんな怖い目をしたエリカを見たことがありません。畑を荒らした騎士やイザベラ殿下を一目で震え上がらせた、あの凄みのある目です。


「わかってると思うんですが、私はあなた様を鍛えるだけでなく、監視の任も請けてるんですよ」

「承知しています。おそらくそうであろうと……」


 フェンが私の前に出ました。大きさこそオオカミほどになっていますが、地獄の番犬さながらの凶暴さで唸ります。


「邪魔立てしようというのか? 小娘。カリーカの加護ごときで、我を止められると思うなよ」


 地の底から響くような声です。ただの騎士であれば震え上がったことでしょう。


「あぁ? カリーカ様と一身となったアタシに、ねられない首はねぇんだよ。――試してみるかい?」


 エリカが背中の大剣に手をかけました。

 フェンの立ち並ぶ牙がギラリと輝きます。

 火花が散るような睨み合いにたまらず、二人の間に割って入りました。


「エリカ、退きなさい。加護持ち同士が戦ったらどうなるか、わかるでしょう?」

「どちらか……あるいは、どちらも天へ還ることになるでしょうねぇ。けど、王家の命に逆らうわけにいかないんですよ」


 エリカは凄みながらも、トリの足を食べる手を止めません。まるで、フェンも食ってやると言わんばかりに……。


(あ……)


 ここまで考えて、はっとしました。


「なぜ、お腹を満たすのです? カリーカ様は空腹でなければ力を発揮しないはず」


 凄んでいたエリカの目が緩みました。


「さすがはカレン様、お気づきになられましたか!」


 エリカは大口を開けて笑いながら、何事もなかったかのようにフェンの前に跪きました。


「フェン様、私を一発ぶん殴ってください」

「あぁン?」


 フェンの切れ上がった口端が、怪訝そうに歪みます。


「一戦交えて敗れたってことにしないと、おとがめを受けるんでね。さ、遠慮せずに、バ~ンと!」


 フェンは満足そうに鼻を鳴らしました。


「フム、お前はやはり、カレンの忠実な騎士であるらしいな。いい覚悟だ、渾身の一撃を見舞ってやろう」


 フェンの体がググッとせり上がっていきます。ダルトンの背を越え、2階の窓を越え、屋根に届きそうなところでやっと止まりました。

 エリカの額を冷や汗が伝います。


「いや、そこまで大きくならなくても……」

「歯を食いしばるがいィイィィィィィ!」


 エリカの体ほどはあろうかという肉球が、無慈悲に振り下ろされました。


「ヘブゥ!」


 情けない叫びと共にエリカの体が吹っ飛びました。ゴロゴロと畑の間を転がり、屋敷を囲む塀に激突します。


「エリカ!?」


 返事はありません。糸をなくした操り人形のように、力無く突っ伏しています。けど、頑丈なエリカのことだから、きっと大丈夫でしょう。


「さ、行くぞ、カレン! 背に乗るがいい!」

「いいんですか?」

「お前に合わせて歩くなどまどろっこしい。はしるぞ!」

「はい!」


 半ズボンの足を持ち上げて、初めて神獣様にまたがりました。フワフワのモフモフで、思ったより乗り心地がいいです。


「お母様、ダルトン、行ってきます!」

「ええ……ええ……」


 お母様が潤んだ瞳で微笑みを返してくださいました。ダルトンは胸に手をあてて頭を下げています。


「エリカも元気で!」


 エリカは突っ伏したままですが、弱々しく右手の親指を立てました。ちょっと心配しましたが、大丈夫なようですね。


「しっかりつかまっておれ!」


 フェンが駆け出しました。門をあっという間に抜けて、森の奥へ続く道へ向かいます。

 左右の門兵があたふたしましたが、神獣フェンリル様を止めることなど出来るはずもありません。

 肩越しに振り返ると、お母様が手を合わせて私の背を見つめていました。


 ――素敵な恋を見つけなさい、カレン。


 きっと、そんなことを願ってくださっているのでしょう。


(はい、お母様。カレンは必ず恋してみせます!)

第19話を、8/5(月)に更新予定です。


【大切なお願い】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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