14 夜会の洗礼に屈しました
更新履歴
2024年 7月25日 第2稿として大幅リライト。
「カレリーナ様、お飲み物はいかがですか? どれもイザベラ王女殿下のおすすめですよ」
トレイに飲みものを満載したメイドが、微笑みと共に尋ねました。イザベラ王女殿下に耳打ちされてから真っ直ぐこっちに向かってくるなんて、策略であることを隠そうともしません。王女殿下の名前を出せば、私が断れないとわかっているのです。けど、グラスの飲みものをかわすぐらい、エリカに鍛えられた私には簡単なこと。
「アルコールの入っていない飲みものはありますか?」
「では、こちらの葡萄の果汁を天然水で割ったものは……」
メイドの指先がグラスを探り、密集した真ん中辺りのグラスを取ろうすると――。
「あっ……」
白々しくも指を滑らせ、グラスが倒されました。油断しました! グラス1つだと思ってたら、トレイに乗せられたグラスが全てこちらに向かってきます。まるで雪崩のようで、これは避けられません。色とりどりの液体がお母様から譲り受けたドレスに降り注ぎます。
ガシャアアァァァァァン!
床で砕けたグラスの音に、そばにいた淑女たちが悲鳴を上げました。床には粉々に砕けたグラスの破片が散らばり、ワインやカクテルの水たまりが出来ています。残念ながら私のドレスも、絵の具を溶いた水をかけられたように滴っています。
ひらりと避けたフェンは、あんぐりと口を開けています。
「この女、酒をすべてぶちまけるとは、なかなかの胆力」
ヘンなところに神獣様は感心するようです。
メイドは慌てて、エプロンのポケットからナプキンを取り出しました。
「も、申し訳ございません!」
跪いて拭おうとするメイドの背後に、イザベラ王女殿下が現れました。
「地味なドレスが華やかになって、よかったじゃない」
口元を扇で隠していますが、口端が上がっているのが頬の持ち上がり具合でわかります。
メイドはドレスを拭わずに、さっとイザベラ王女殿下の脇に控えました。
「そんな地味で古くさいドレス、場違いで目障りだったのよ。いい気味だわ」
こんな挑発に乗ってはいけません。事を荒立てれば窮地に立たされるのは私です。わざと私に飲みものをかけた証拠はないのですから。
ここは、ダルトンに鍛えられた淑女の笑みを見せることにしましょう。
「お姉様のおっしゃるとおりですわ。ドレスが彩られて華やかになりました。今夜の良い記念となりましょう」
心のない笑みこそ淑女の武器――。
私を見下ろす王女殿下の眉間にしわが寄りました。私が泣きも怒りもしなかったので、むっとしたようです。
「強がりを……。ドレスを汚したメイドを責めなさい! お前には王族としての誇りはないの!?」
「……平民を許すことも、王族としての心構えと存じております」
そう言って、イザベラ王女殿下の傍らで膝を折るメイドに、微笑みを向けました。
「気にすることはありませんよ。誰でも失敗はするものです」
ばつが悪そうにメイドが顔を背けました。
イザベラ王女殿下の口端がピクピクと引きつれています。
「この……平民の女から生まれたくせに王族ぶって……。ドレスに染みたワインの匂いが不快よ! 下がりなさい!」
「それでは、お言葉に甘えまして。失礼いたします」
最後のカーテシーを見せて、くるりとひるがえりました。入ってきた大扉へ歩みを進めます。大広間がざわめいていますが気にしません。ドレスが汚れてしまった姿で留まることは出来ませんから。
「邪魔ならば力ずくで排除すれば良いのに、人とは相変わらずまどろっこしいものよのぅ」
大扉をくぐりながら、フェンが何かぶつくさ言ってます。はぁ……夜会の策略に詳しいくせに、対処は難しいのですね。私を守護する神獣様は、その見かけ通り物理的な戦いの方が得意なようです。
大扉が閉まる隙間から、ローレット王太子殿下が見えました。私にご挨拶された若い貴族の方――マルコット様でしたでしょうか? その方とこちらを横目に何かを話しています。
「イザベラめ、余計なことを」
「い、いかがいたしましょう?」
「貴様がモタモタしているからだぞ。歳が近く、顔が善良なのを見込んで呼んだというのに」
「も、申し訳ありません。どうにも神獣様が恐ろしく……」
「……まぁ、いい。顔見せは済んだのだ、手紙でも送っておけ」
「はっ」
大扉が閉まりました。
初めての夜会は失敗です。親しくなれそうな人を一人も見つけることなく終わってしまいました。
けど、くよくよしても仕方ありません。取りあえず、ドレスの染みを何とかしなければ――。
第15話を、7/26(金)に更新予定です。
【大切なお願い】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
応援して下さる方、ぜひとも
・ブックマーク
・高評価「★★★★★」
・いいね
を、お願いいたします!




