01 5つの加護
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2024年 7月3日 第2稿として大幅リライト。
日暮れには早いというのに、酒場は街の荒くれ者たちでにぎわっています。
港町らしく日に焼けた漁師たちで溢れ、旅の冒険者たちや、街の衛士、騎士たちの姿も見えます。夜会のように立食が基本のようで、樽の上に置かれた大雑把な漁師料理を肴に、ジョッキのエールが飲み干されていきます。
そんな騒がしくて落ち着かないお店なのですが、なぜか居心地が良いと感じるのは、目の前にいる辺境伯の飾らない人柄のせいかもしれません。
肩まで伸びたバサバサの茶色い髪に、顎に生えた無精髭。平民のようなヨレヨレの布の服が似合いすぎて、とても貴族には見えません。齢30を過ぎても独身なのは、一見して冴えない見た目からでしょうか? けれど、垂れた眼差しがとても優しい――。
意を決してコップのジュースを飲み干しました。樽のテーブルに両手をついて、身を乗り出します。
訳あって綿のシャツに膝丈のズボンという男の子のような出で立ちをしていますが、一応王家のお姫様です。ほつれた三つ編みを直せば、腰まで伸びた金色の髪が輝きますし、碧い瞳が宝石のように澄んでいます。側室の子ですが、王家の血が色濃く出てしまったようです。
ここが勝負どころ――。大きく息を吸って、勢い込みました。
「グラスター卿、どうか私と結婚してください! ふつつか者ですが、精一杯尽くします!」
右隣りに立つ街の若い衛士が、エールを盛大に吹き出しました。
左隣に立つ旧知の女騎士が、かっ込んでいた得体の知れない魚介の山盛り丼を喉に詰まらせ、ビキニ型の鎧の大きな胸の谷間を叩いています。
肝心の辺境伯はどうでしょう? ――ポカンと口を開けたまま呆けています。いきなりすぎたでしょうか? けど、もう私にはあまり時間がないのです。
酒場が騒然となりました。ただでさえ賑やかなのに、お祭りが突然始まったかのようです。
「おい! 領主殿が五加護姫様に求婚されたぞ!」
「ハアァアァァ!? 何だってェエェェェェ!?」
「おいおい、幼く見えるけどいくつだよ?」
「10歳だ!」
「マジかぁあぁぁぁ! 年の差ありすぎだろ!」
そう――。私は五加護姫と呼ばれています。1つ授かれば国を繁栄に導くと云われる神様の力を、5つも授かってしまった奇跡の子なのです。
辺境伯は困ったように目を伏せ、無精髭をさすっています。返答はいかがでしょうか? 気になります。――断られると困ります。
◆ ◆ ◆
時は少し遡ります。
この世界の子供たちは皆、10歳になると『祝福の儀』を受けることが義務づけられています。『祝福の儀』は、神の使いの加護を授かるかどうかを確かめる大切な儀式です。
ただし、加護を授かることは滅多になく、万が一授かった子供が現れれば、国の宝として手厚く保護されることになります。
私、第三王女のカレリーナ・モンドウェルは、モンドウェル王国で一番大きい神殿に招かれました。生まれてからずっと王宮の外れにある離宮に幽閉されているので、人前に出るのは久しぶりです。後ろから、私の教育を担ってきた執事のダルトンと、女騎士のエリカがついてきます。
神官長に促されるまま、祭壇の水晶球に右手をかざしました。
すると――。水晶球が割れんばかりの閃光を発し、5つの名前を浮かび上がらせたのです。
火の使いフエゴ
水の使いスウィー
豊穣の使いフィト
癒やしの使いサナレ
守護の神獣フェンリル
「こ、これは……」
神官長が身を震わせるのも無理はありません。当の本人も信じられない思いで一杯です。1つ授かるだけでも稀な加護が、授かりやすい王家の血筋とはいえ、5つも授かったのですから。
「5つもの加護を授かるとは……何という奇跡……」
神官長の震えが止まりません。私もまぶたがパチクリするのを止められません。
「しかも、その1つは神獣……。神獣の加護を授かるなど、この数百年なかったこと……」
窓が閉じられているはずの神殿に、強い風が巻き起こりました。壁際で儀式を見守っていた神官たちが、飛ばされそうになって身を伏せます。
後ろに控えていたダルトンとエリカが私をかばって前に出ようとしましたが、右手で制しました。風が何かの姿を形作ろうとしているのです。
――やがて風が失せ、白い毛が逆立つ巨大なオオカミが現れました。
その巨躯は、頭が神殿の天井に届くほどで、威圧的な赤い目で私を見下ろしています。切れ上がった口の間から、私など一口で噛み砕いてしまいそうな牙の列が覗きました。
「小娘め、貴様が神獣フェンリルである我の加護を受ける人間か?」
まるで、地の底から響くような禍々しい声です。
「アワワワ……」
あまりの恐ろしさに神官長が尻餅をつきました。
ダルトンとエリカが、再び私の前に出ようとします。私の身を案じてくれるのはうれしいのですが、余計な手出しをすれば、神獣様の怒りを買うかも知れません。両手を広げて二人を制しました。
神獣様である巨大な白いオオカミは、見定めるように、私の顔ほどもある鼻を近づけました。
クンクンと匂いをかいでいます。朝、身を清めてきたので、ヘンな匂いはしないはずです。
真っ赤な目がこっちを睨みつけてくるので、負けじと睨み返しました。猛獣は目を離すと襲ってくる――。ダルトンが以前教えてくれた森の心得です。
「むぅ……不本意ではあるが、天の導きにより貴様を守護し……」
「――いりません」
「…………は?」
恐ろしい顔が、傾きました。こんなにお顔が大きくても、小首を傾げるというのでしょうか?
「今、何と申した?」
「怖いからいりません。天界へ帰って下さい」
威圧していた赤い目が泳ぎました。動揺されたようです。
「イ、イヤイヤイヤイヤ、待て待て! 我は最強の神獣であるぞ! 必ず役に立つ! それを帰れなどと……」
「ペットには怖すぎですから」
「ペ、ペットだと!? 我をペット扱いする気か!」
「他に4つも加護がありますし、もう十分です」
きっぱり言うと、ますます動揺したようで、大木のようなシッポがだらりと床に落ちました。
「ウ、ウググ……守護する者に断られたとあっては、神獣の名折れ。わかった! 怖くなければ良いのだろう? これでどうだ!」
ボムッと煙が上がって、神獣様が白くてモコモコしたイヌのぬいぐるみみたいになりました。つぶらになった赤い瞳が、愛らしいです。
「うわ~っ! かわいい~っ! うん、それならそばにいていいですよ!」
抱きしめると、ちょうど胸に納まるぐらいです。
「そ、そうか、まったく手間のかかる……」
フワフワの毛の感触がたまりません。ペットもぬいぐるみも初めてなので欲望が抑えきれず、頬ずりしてしまいました。スリスリスリスリ……。
「うわ~っ、モフモフしてる~」
「よ、よせ! やめろ! くすぐったい! 無礼だぞ!」
白いぬいぐるみが逃げようとしますが、小さな体では抗いようがありません。構わずスリスリを続けていると――。
「ええい! 名前だ! 神獣には名が必要なのだ! 好きな名を付けよ!」
「え……名前……?」
予期しない申し出です。名付けなんてしたことないし、どんな名を付ければいいのかわかりません。ずっと一緒にいることになるし、呼びやすい名前が良い気がするのですが……。
「……では……フェンリル様だから、フェンでどうでしょう?」
「ふむ……ありきたりだが、民は覚えやすくて良かろう」
フェンはぴょんと神殿の床へ降り立つと、両手を腰に当てて胸を張りました。
「では、このフェン、お主が天命を終えるまで、必ず護り抜くと誓おう」
「うん、よろしくお願いしますね、フェン様」
「様はいらぬ。お主が名付けたのだ、フェンと呼ぶがいい」
「じゃあ……フェン……私をしっかり護ってくださいね」
「無論だ」
白いぬいぐるみは偉そうに反り返りますが、もう全く威圧感がありません。それどころか愛くるしくて、つい微笑んでしまいます。
仕立ての良い燕尾服についたほこりを指先で払いながら、ダルトンがつぶやきました。
「誰よりも努力されてきたとはいえ、まさか5つも加護を授かるとは……」
エリカも背中の大剣から手を放して、大きなため息を吐きます。
「こいつは、国を揺るがすねぇ」
そう――。5つもの加護を授かった私は、これから国の権力争いに巻き込まれていくのです。
第2話を、明日7/4に更新予定です。
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