20年目の夫婦
「お腹の違和感が大きくなった気がするんだ」
「そっか…」
「違和感の感じが、前の時と似てる気がして…」
前の時… 最初の摘出手術のあと、2ヶ月間の抗がん剤治療。薬の効果が見られず、摘出したはずの場所にわずが2ヶ月半で7センチほどの腫瘍が育った。抗がん剤治療を打ち切った1ヶ月後に、新薬の治験への参加が決まった。初回治療の翌日に、腫瘍の腸への癒着による腹膜炎から敗血症を引き起こしての緊急手術。経過観察中で入院中だったのが幸いして、なんとか一命をとりとめた。体力が回復した後に複数回にわたって新薬の投与が行われた。あれからちょうど1ヶ月…
「やっぱり、今度の薬も効いてないのかもしれないね…」
「うん… 元々、確率はそんなに高くないからな」
効果があるのは2〜3割程度といわれている。
「そうだよね。前のも効かなかったし… 副作用だけはあるくせにね」
「そやな…」
ボクは彼女の可愛い繊細な頭をそっと撫でる。
「しゃーないよな… それは誰にも分からんからな。やらんわけにはいかんかったよな」
「うん…」
「あの時、年内もたんって言われたもんな… 大きくなるスピード、凄かったな… だから…. そういうことなんやろな」
「うん」
「自然の摂理って凄い。どうにもならんことってあるよな… しょうがない」
「うん」
「だけどさ。今日明日ってことはないし、それなりに準備もできるのはいいな」
「うん」
「ボケんうちに、家族みんなに見送られるってのは、割といいなって思うよ」
「うん。わたしだけ、ズルいなって思う。あなたが、そのあと、大変だなって」
「まあ、そやな。オレは当面、死ねんくなるか。とりあえず、子供らがどうにかならんとな」
「そうだね」
「まっ、しっかりしてるから、大丈夫よ」
「しっかりしてる?子供たちが?」
「だから、オレがさ。なんでも出来るじゃん。任せて大丈夫って思えん?」
「うふふ。まあね」
彼女はボクに抱きつく。ボクは彼女を支えながら
「だからさ… 今は、たぶん、もうしばらくは、まだ元気で、普通に過ごせるけどさ… 普通に、元気でいられるのって短いと思う。寝たきりになるのかもしれんし… でもさ、なんとかするからさ。だからさ… 家にいろって」
「うん… ベッドは…リビングかな?」
「ダイニングの方じゃないかな?テーブルを少しずらしてさ… あんまり介護介護したのじゃなくて、カジュアルな感じの買おうかなって考えてる。後々、子供がひとりぐらしする時に流用できるような」
「その時は、オムツかな? …大変だ」
「まあな…. でも、たぶん、そんなに長い間じゃないと思うぞ」
「ふふ、かもね」
「だからさ、やれることはやるってことだ。お互いにな」
「うん」
・・・
「効いてるといいな」
「うん」
次のCTが一月後…