円筒の森
「右から来てるわよ!」
森の中に綺麗に響く声。
その声の主である少女の目線の先には少年と五匹の赤黒いオオカミの姿があった。
「分かってる!」
そう言って後ろに一足飛びで下がった少年が数瞬前まで立っていた位置に横の木の影から飛び出てきた、他より人周り大きなオオカミの牙が食らいつく。
「お前がこの群れの頭か。リーダー自らやって来てくれるとはありがたい!」
そう言いながらニヤッと笑う少年に殺意の目線を向けるオオカミは空に向かって吠えた。するとそれに呼応するように後ろにいた四匹のオオカミが一斉に近くの茂みに飛び込む。
(左右に二匹ずつ。左の二匹は停止している、右のうち一匹は止まっているが.........もう一匹は――――)
「後ろか!」
そう言い、後ろを向いた少年の元に言葉通り背後からオオカミが飛びかかる。
しかし、それをオオカミの行動よりも数瞬早く察知していた少年は剣を横薙ぎに振り飛びかかってきたオオカミを真っ二つにした。
オオカミを真っ二つにするとほぼ同時にリーダーを除く三匹のオオカミが少年に牙を向く。
少年は後ろまで振り抜いた剣を地面に突き刺しその剣の柄を土台に倒立して後ろに下がり後ろから迫っていたオオカミ達の攻撃をすんでのところで回避する。
「来る場所さえわかってればもうお前らは、怖くない!」
地面から引き抜いた剣を一匹の狼の口内に突き刺し、串刺しになったオオカミ事その横の二匹も薙ぎ払う。
されるがまま飛んで行ったオオカミ達に走って追いつき確実に息の根を止めるため首をはねる。
胴体とお別れしたオオカミの目から色彩がなくなるのを立ったまま確認するとボスオオカミの方へ体を向ける。
しかし、既にそこに先程遠吠えを上げて指示を出したオオカミの姿はなかった。
顔に驚きを隠せない少年にできた隙。
本当に僅かな時間だが、戦闘の中ではその一瞬さえ命取りである。
(回り込まれて――――っっ!)
振り返った少年の眼前には既に口を大きく開けたオオカミ――――の首が飛んできていた。
そう、少年の喉元をまさに食いちぎろうとしていたオオカミは既に胴体と頭が別れていたのだ。
既に屍と化したオオカミの首に顔を殴られ後ろにゴロゴロと転がり倒れる少年。
その少年の元へオオカミの首が飛んできた方向から足音が一つ。
「気づくのが遅い、周囲への警戒が薄い、動きが遅い、力が弱い、剣を使いこなせてない、剣が可哀想、それと相変わらず最後の詰めが甘いわね。」
ため息をつきながら現れた少女は少年の横にしゃがみ少年の額をつつく。
「どんな敵でも殺しきるまで油断をするな。忘れたの?」
「流石に今朝も聞いた言葉は忘れない。」
頭を抑えながら拗ねたように立ち上がった少年は少女に言い返す。
「ならさっさと覚えなさいよ。理由は知らないけど君が強くなりたいって言い始めてもう半年だよ? 私が修行中だった頃は半年もあればヴレイブモンキーの群れは軽く1人で討伐出来てたよ?」
「そりゃ、芽愛の実力から考えればそんぐらい出来るかもしれないけど!」
「だったら君に出来ない道理はないよね~。」
「いや、無理だろ.......」
「ん? なんてー?」
「なんでもありませんよー」
クスクス笑いながら少年を見下ろし、立ち上がる少女――――神坂 芽愛。
20歳、性別女、2人の住む街の中でもトップクラスの美貌を持つ。彼女の美貌にやられていいよった男たちも誰一人として彼女のお眼鏡にかなっていない。
現在、少年に教えを乞われて師匠として剣の腕を磨かせている。
不貞腐れたように肩を落とす少年を見ながらしょうがないなぁと嘆息。
「まあ、結局倒しきることは出来なかったけどボスオオカミ以外は倒せた事だし今日は森の少し奥に行ってみますか。」
「よしっ!!」
先程、芽愛にダメ出しを受けて凹んでいたことなど既に忘れたかのように拳を突き上げ喜ぶ少年。
『ダークウルフの群れの討伐を出来れば森の奥での修行に進む』という、森に入る前に芽愛とした約束を果たせなかったが、一応あのまま芽愛が手を出さずともボスオオカミも討伐できただろうと芽愛が判断したための仮合格だ。
あれだけ言っておきながらなんやかんやで少年に対して甘いのだ。
上半身のバネを使って起き上がった少年に向けて腰に手を当てながら話す。
「とりあえず、森の奥へ行くのはご飯を食べてからにしましょう。」
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少し森の中を歩いていつもの魔物の出現の少ないエリアまで歩いてきた2人は携帯していた軽食を取り出してもそもそと食べる。
「こんな時に天音ちゃんがいてくれたらなぁ.......」
「確かにあの魔法は便利だよな。」
2人はこの場にいない仲間のことを思う。
「というか、真守君も〈マジックボックス〉覚えればいいじゃない。そうすれば私もいつでも美味しいご飯食べれるし。」
「芽愛が覚えれなかった魔法が俺に使えるわけないだろ.......」
2人の話にでてきた天音と言う人物の魔法〈マジックボックス〉は大きさや重さに制限はあるものの大抵のものであれば生き物以外は収納出来るという魔法の箱だ。
しかもその箱は魔法の使用者の意思一つで魔力を分散させて体内に留めておくこともできるという優れものだ。
しかし、魔法を使用するにあたって一部の魔法を除いて基本的には魔法適性というものがあり自分の適性値が一定以上ないと使用できない魔法が多いのだ。
その魔法適性が芽愛の使えない魔法を芽愛より適性値が低い真守が使えるわけが無いのである。
神坂 真守。性別男。剣の教えを芽愛から受けており現在進行形で修行中。街では顔見知りも多く、二人の住む街に限定すれば芽愛と同じぐらい顔は広いだろう。
「そんなことは無いんじゃない? もしかすると突然変異的な感じで適性値が変わるかもしれないし。」
「そんなことあるわけないだろ。」
マジックボックスが欲しいが為だけに人を勝手に変異させないでもらいたいものだ。
そういえば、と真守が口を開く。
「天倉のやつ最近見ないけどなにかの任務中?」
「真守くん、君朝の万葉さんの話聞いてなかったでしょう?」
「い、いやそんなことはないけど今話に出たから何だったっけなーと思ってさ。ド忘れってやつだよ!」
誤魔化すように手を振りながら言い切り勢いで誤魔化そうと試みる。
もちろん朝の会議の時に最近身につけた目を開けながら寝るというのを行使して全く話を聞いていなかったなんて言えるわけが無い。
「言い訳しない。殴るわよ?」
言えるわけが無い。
「まぁ、いいわ。どうせ聞いてなかったんでしょうから。今、天音ちゃんはこの前の事件のことについて調べるよう万葉さんからいわれて単独行動中よ。まあ、彼女は隠密型だし私たちがいない方が安全でしょう。」
「別にあいつの心配はしてないけどさ。」
「それはそれで酷くない?」
呆れたように言う芽愛。だが実際のところ何の心配もしていないのは芽愛も同じであった。
彼女の隠密性や隠蔽性、周囲への警戒などは芽愛をしても驚く程に高いため余程のことがない限り安全だろうと思っていた。さらに、もしも彼女に敵が出てきたとしても戦闘力こそは無いものの魔道具や持ち前の素早さを活かして逃げ帰ってくることは容易だろう。
そうこうしているうちに芽愛は最後のパサパサのパンを口の中に放り込む。
「それじゃ、食べ終わったならさっさと森の奥に進みましょ。このままここで喋っていてもどうにもならないし。」
そう言うと立ち上がり砂を払うと刀を持って歩いていく。
真守も慌てて残っていたパンを水で流し込んで芽愛の後を追っていくのだった。
少しご飯を食べていたところから奥に進むと一気に陽の光は森を歩く者の元へは届かなくなる。
2人の今いる『円筒の森』は文字通り彼女達の住む街から少し歩くとある上空から見たならば円の形をした森である。また、この森には外部、中間部、内部と別れており外からなかにいくにつれてどんどん木々の色の濃さも濃くなり光も届かなくなる。
2人が、といっても主に真守がだが、先程まで修行していたのは森の外部であり今向かっているのは中間部である。
外部の魔物、先のダークウルフでも本来、そこそこ腕の立つ冒険者が2、3人で1匹を仕留めるぐらいの強さなので既に真守も十分に強者の部類にいる。
そもそも『円筒の森』は世界にある森林の中でもトップクラスに生息する魔物の強さが強く、一般人であれば一歩足を踏み入れたが最後二度と外に出ることは出来ないのだ。
それでも満足せず中心へ向けて進みたがるのは馬鹿というのか阿呆というのか悩むところだ。
中間部のちょうど真ん中あたりまで進んだ2人はじっ、と息を潜める。辺りに魔物の気配を感じ取ったからだ。
そこで音を立てないように芽愛が後ろを振り返り真守を見る。
「あそこの木の裏にラクラクラスが1匹いるのはわかるわね?」
「ラクラクラスかどうかは分からないけど魔物がいるのは。」
「それで十分。だいぶ魔力探知にも慣れてきたわね。」
魔物がいるという気を指さして芽愛は言う。
「それじゃあとりあえず私は離れたところから見ているから試しに1回1人で討伐してみなさい。無理そうだと判断したら割ってはいるから。」
「そうならないようにできるだけ頑張るよ。」
「ちなみにあれは中間部でいちばん弱い魔物よ。」
そう言うと芽愛は音も立てずに近くの木に登り、木々を伝って真守の視界の外へ消えていった。
恐らくラクラクラスが見やすい位置に移動しているのだろう。
芽愛が姿を消したのを確認すると真守はすうっと息を吸い、整えて、腰にぶら下がった剣に手を添えて前を向く。
「それじゃ、やりますか。」