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絶世の血獣  作者: 椿うどん
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プロローグ

2140年。各国が手を取りあい魔物討伐に向かう中、未だ人と人とが争いあっていた。


血の匂いがする。暖かい。何故だ?


ああ、そうか。血は暖かいもんな。人を斬れば血が出て血を浴びる。人を撃てば血が出て血を浴びる。当たり前の事だよな。


けど随分と大量に浴びてしまったようだ。余りの多さからか体の内部にまで浸透しているのだろう。胸の奥がとても暖かい。そして、刺すような痛みも感じる。


早く次の獲物を駆らないと――――。


そう思い、体を動かそうとした少年だが、その体が一切動かない。そして気づく。


少年と同じぐらいの背の高さの女が少年の全身を包み込むようにして抑えていることに。抱きしめていることに。


この女は何をしている?


ここは戦場だ。人を殺さなければいけない場所だ。


この女は敵だ。こいつから見ても俺は敵だろう。


なのにこいつは何をしている。


周りを見渡しても無数に転がる死体の上で戦い、殺し合う人間達。


首が飛び、血を吹き出し、内蔵をこぼし倒れていく。


そんな死屍累々とした死んだ世界で少女は少年を抱きしめ続ける。


よく見ると少女の腕や足には無数の切り傷や風穴があき、いつ死んでもおかしくはない状態である。挙句の果てには横っ腹から今もなおどくどくと血を流し続ける獣に食いちぎられたかのような傷。


少年の体にも無数の切り傷があるものの、目立った外傷は見られない。


しかし、全身が真っ赤に染まっており意識をせずとも血の匂いが漂ってくる。


あ、横で人が斬られてる。僕も殺さないと。


少年が少女を振りほどこうともがくも少女はピクリとも動かない。それどころか少年が腕の中から抜け出そうとすると絞め殺さんばかりの力で押さえつける。


いや、その抱擁は押さえつけるというにはあまりにも優しい。


それまで少年の思考だけは邪魔することなくいた少女が初めて口を開く。


――――もう、いいから。もういいよ。


.......なにが。


少年は少女の意図が読めず質問を返す。


――――私に任せて、ゆっくり休んで。


.......僕は殺さなくちゃいけないんだ。それが僕ができる唯一の事だから。


――――もう、いいんだよッッ!


少女はより一層強く少年をきつく抱きしめる。


.......だから何が。


――――もう無理しないで。疲れたんでしょ?


.......疲れた?僕は疲れてなんかいない。君に僕の何がわかるの?


――――分かるよ。だって君泣いてるもん。


.......僕が、泣いて.......?


少女の言うとうり少年の2つの無機質な目からは確かに涙が伝っていた。

涙を拭くこともせず、ただ涙を流していたという事実に気づき呆然とする少年。


――――君はもう何もしなくていい、私が全部君の苦しみも悲しみも過去も全部全部受け止めてあげるから。


ただ、涙を流し足の力が完全に抜けたようにその場に膝をおって座る少年。その手からは数々の人間を屠ってきた道具もそれを感情を持つことなく淡々とこなしてきた心も手放されていた。


戦場において戦意をなくし、身を投げるという行為があまりに愚かで愚鈍な選択だということすら忘れて、考えることも出来ずに朦朧とした目から涙をただ流し宙を見つめる。


少年と少女が場違いな空気を出しながらもその周りでは己の命を賭けて何千何万という人間が争いあっている。


人が倒れていく。斬られる。撃たれる。殴打され、内蔵を吐き出し、それを引きづってでも己の信念を胸に拳を振るう。叫び声を上げながら相打ち覚悟で突撃していく愚かな者たち。


そんなあまりに聞き慣れた音を聞きながら少年は何に泣いているのかもわからずに少女の胸に涙を流す。


声が上がるのを抑えられない。嗚咽が止まらない。ただ、それでも胸の中に収まっていく、満たされていくこの温かさを少年は忘れることはないだろう。


これはあまりに孤独だった少年とあまりに救われなかった少女が世界を救う。


ただそれだけの物語。



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