水の神殿
『聖アレクシオの花園』には、特定条件で出現する隠れキャラがいる。
転生前、妹の沙紀に指導されながらゲームをしていたのが懐かしい。
「このゲーム、強い回復魔法が使えるのは『水の巫女』だけなんだよー。
仲間にしておかなきゃ、ボス戦まじ無理だから。」
私が交通事故に遭って、家族はどれだけ悲しんだだろうか。
沙紀、突然死んじゃってごめんね。
『水の巫女』に出会うには、古物商で青い宝石の指輪を手に入れ、満月の夜に水の神殿に行かなければならない。
私は、胸元から首に掛けた革紐を取り出して、その先に通しておいた指輪を眺めた。
先日、町の裏通りの古物商に行って手に入れたこの指輪は、海を閉じ込めたような深い青色の宝石がはめ込まれており、銀のリング部には何やら古代文字のような記号が刻まれている。
「カイル、数日ラクロア家に行ってきます」
私は、机で何か書き物をしているカイルに告げた。
「気をつけて」
カイルが振り返って笑顔で送りだしてくれた。
私は、簡単な手荷物を持って部屋を後にした。
学院の馬房は、学院の門そばの木々の中にある。
最近よく乗せてもらっているのは、額に白い模様のある黒鹿毛のファルツだ。
「ファルツ。今回は少し長旅なります。よろしくね。」
首筋を撫でてあげると、ファルツはブルルぅと返事をしてくれた。
私はファルツに跨り、ゆっくりとしたペースで出発した。
ファルツと共に、よく踏みならされた街道をずっと南に下って行く。
途中一泊宿をとり、次の日の昼ごろにはラクロア家の領地に入った。
ラクロア家の屋敷の奥には普段人の立ち寄らない湾があり、湾の奥にはニ千年以上前から建つという水の神殿がある。
ラクロア家は代々この神殿を守ってきた一族なのである。
ラクロア家の屋敷の玄関に入ると、弟のオスカーが急いでやってきた。
「姉・・兄上。おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「この度はどのようなご用向きでご帰宅されたのですか?」
オスカーは嬉しそうに問いかける。
「もう一度、私が倒れていた水の神殿に行ってみようと思いまして」
水の巫女のことはうまく説明できないので、そういう事にしておこう。
「なるほど・・私もお供します」
「いえ、ちょっと見てくるだけですので大丈夫です」
私が断ると、オスカーは少し不満げな顔で押し黙った。
「お帰りが遅い場合は、迎えに行きますね」
「ありがとう。オスカー」
姉・・いや兄想いのの優しい弟だ。
父母に挨拶をした後しばらく自室で休み、私は夕暮れを待って屋敷の裏の森へ向かった。
手に持ったカンテラで照らすと、森の中に幅一メートル程の道が続いている。
しばらく森の中を進むと、木々の間から夕焼けに染まる空が見えてきた。
さざなみの音と微かな磯のにおいがする。
森を抜けると、幅五百メートルほどの小さな湾が目前に広がった。
湾の先に薄明かりにそびえ立つ石の神殿が見える。
私は穏やかに波を打ち返す岸を進み、その先にある石の階段を降りた。
神殿の入り口は太い四本の柱がそびえ、静謐な空気を漂わせている。
神殿の中に入ると、そこは柱に囲まれた広い空間になっている。
私は中央にある石の祭壇まで行き、青い石の指輪を置いた。
私は祭壇から数歩下り、かつてラクロア家の人々がそうしてきたように、跪き、水の神に祈りを捧げた。
どれほどの時間祈っていただろうか、日は沈み、満月が湾に昇ってきた。
満月の光が祭壇に射し込むと、指輪の石は一瞬キラッと水色の光を放った。
しかし、神殿内は静まりかえったまま、波の音が遠くから聞こえるのみである。
私は顔をあげ、祭壇の指輪に目をやる。
指輪はただそのまま、祭壇の上にあるだけだった。
ふと自分の腕に違和感を感じ、体を見下ろすと、体が女性に戻っていた。
(戻った!?
指輪の力? 神殿の力?)
私は自分の体に触れて元の体であることを確認し、安堵のため息をこぼす。
(『水の巫女』は現れないか・・)
(・・・・)
(・・・・まさか?)
自分のステータスウィンドウを開いてみる。
■ ラピス・ラクロア
攻撃力 :3
防御力 :2
素早さ :2
魔力 :10
魔力属性:回復 補助
スキル :精霊の加護(魔力x2)
装備 :
回復魔法:キュア ステータスキュア ライフ
補助魔法:スリープ フライ バリア フォース
(私が『水の巫女』だったのか・・)
ラクロア家の屋敷では、オスカーが私の帰りを心配そうに待っていた。
私を一目見ると、
「姉上! 戻ったのですね!」
オスカーが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「戻ったみたいです」
私は、力の抜けた笑顔で答える。
なんだかとても疲れた。
私はそのまま自室に戻り、ばたりとベットに倒れ込んだ。
(これからまた、どうやって生きていけば良いだろう・・)
答えの出ない問いを頭に巡らせつつ、私は眠りに着いた。
窓から小鳥の声がし、朝の白い光が漏れている。
私はベッドに起き上がり、自分の体を確認してみる。
長い腕…
筋肉質な胸板…
(だめだったか・・)
私は空を見つめた。
緑あふれる庭を見渡せるテラス席には、朝食のパンとキッシュが美しく並べられている。
向かいの席に座るオスカーは、うかない顔でキッシュを口に運んでいる。
私はため息を一つついて、オスカーに話しかけた。
「一時的なものだったみたいです。」
「残念です。しかし、一時的にでも戻れるのなら、どこかに手立てがあるんだと思います」
しゅんとした顔でオスカーが答える。
「そうですよね。手がかりは神殿か、月か・・」
雲を掴むような話に私はもう一つため息をついた。