アリアとカイル
『聖アレクシオの花園』のメインタイトルの絵は、咲き乱れる花園に佇むヒロインアリアと、それを見つめるカイル王子が描かれている。
(カイルはアリアちゃんにもう出会ったのだろうか・・)
どこかに、このまま何も起こらなければいいのにと思う私がいた。
◆◆◆◆◆
聖アレクシオ学院は、花々が匂い立つ季節となった。
学院の食堂横に広がるガーデンには様々な花が咲き乱れ、特にローズ色の薔薇の大木はこぼれ落ちるようにその花を咲かせていた。
アリアは一人ガーデン奥のお気に入りの木陰にハンカチを敷き、腰を下ろした。
今朝給湯室で作ったサンドイッチを食べながら、気の置けない近所の友達と他愛もない話をしながら笑い合った日々を思い出す。
学院の皆はさすが貴族なだけあり優雅で美しく、話題も何を話したら良いか分からないでいた。
美しく咲き乱れる花と、時折やってくる小鳥はアリアの癒しとなっていた。
誰もいない花園で故郷に伝わる民謡を口ずさんでみる。
美しく郷愁を誘うメロディーがアリアの心を満たした。
◆◆◆◆◆
カイルは強くなってきた日差しに少し目を細めながら、講堂に向かって歩いていた。
王宮で家庭教師から色々な事を習ってきたが、学院の先生の造詣は深く、ちょっとした言葉の端に深い哲学を感じる。カイルはなかなかに学院生活に満足していた。
ふと花園の方から歌声が聞こえた気がして、カイルは立ち止まった。
カイルがかすかに聞こえる歌声を頼りに花園の回廊を抜けていくと、
少し小高い丘の木の下で、少女が伏せ目がちに歌を口ずさんでいた。
ふと人の気配に気づいたアリアは、歌を止め、カイルに会釈する。
「君が歌っていたの?」
「はい」
「綺麗な歌ですね」
「故郷に伝わる民謡なんですよ」
アリアは微笑む。
「続きを聞かせてもらってもいいかな?」
「はい」
アリアは少し嬉しそうに、歌の続きを歌い始めた。
カイルは横に座り、歌声に耳を澄ませた。
◆◆◆◆◆
私は講堂で午後の授業が始まるのを待っていた。
開始ギリギリになって、カイルが隣の席に座った。
「さっき、とても歌の上手い令嬢に会ったんだ」
(ああ、今日アリアちゃんと出会ったんだ・・)
「あんなに澄んだ歌声は初めて聞く」
カイルは嬉しそうな顔で次の授業の本を机に広げた。
「よかったですね」
ラピスの生返事など気にすることなく、カイルは本に目を通し始めた。
あれから数日、カイルはいつも機嫌が良ささそうだ。
私は食堂のテラスで白い大きな皿に綺麗に盛られたサンドイッチを手に取る。
ふと目をやると、カイルが並木の向こうを歩いている。
カイルは花園の入り口に入っていくアリアを見つけると、駆け寄って声をかけた。
微笑みあって話をする二人から私は視線を外し、一つため息をつく。
(予定調和的未来・・お幸せに)
ランチの後に飲んだアイスティーは、もうすっかり氷が溶けて薄くなってしまった。
食堂のテラスからむせかえる新緑の学内をぼうっと見ていると、テラス先の木の下で女生徒数名がなにやら揉めている。
「あなた、いつもカイル殿下と一緒にいらっしゃるわね」
今日は見事な縦巻きロールを決めたエライザ嬢が、取り巻き二人と共にアリアを問い詰めている。
「どういうお心積もりで、カイル殿下とご交遊なさっているのかしら?」
アリアは困惑している。
(あ。これはまずいやつかもしれない・・)
私は席を立った。
何も答えないアリアに苛立ったエライザ嬢は、
「黙ってないで、何かおっしゃったら?!」
と、手をあげた。
エライザ嬢のその手が振り下ろされる前に、私は優しくその腕を捕まえた。
「あなたの情熱はここに向かうべきではない」
「?? ラピス様?」
そのまま私は跪き、エライザ嬢の手の甲に口付ける。
「そのような情熱を向けてもらえるカイル殿下が羨ましい」
「な。何をおっしゃてますの!?」
エライザ嬢は赤面し、
「失礼いたしますわっ」
と、去って行く。
取り巻き令嬢二人も慌ててエライザ嬢の後を追った。
「あ。ありがとうございます」
ぺこりとアリアがお辞儀をする。
ふっくらとした頬、潤んだ瞳、甘い声。
(やば。かわいいなぁ)
「カイル殿下は人気がありますからね。こっそりお会いされる方が良いですよ」
私は、唇に指をあてて笑う。
アリア嬢はあたふたと何度もお礼をしながら去っていった。