第1章 初夜は手さぐりよちよち歩き(6)
『ギョエー、ギョエー』
聞き慣れた花豆龍の鳴き声以外、何も聞こえない。
城内の中でも、人の気配がほぼ無く静まりかえった離れで、イステイジア国王はひとり黙々と仕事をしていた。正確に言えば、見える所に人がいないだけで、離れの敷地内だけで30人の護衛が身を潜めている。
イステイジア国王マツリは、30歳ほどにしか見えない美麗な顔に一切の表情を浮かべず、仕事に集中しているように見えて、実はあるものをひたすら待っていた。
仕事はどんどん片付いていくが、それが中々届かず内心少し気がせいてきている。
ふと目をあげると、白い身体に赤茶のインクを垂らしたような模様の花豆龍が、松の枝にのそりと寝そべっていた。体長30センチ程で身体が細い花豆龍は、稀に病にかかると凶暴化するためモンスターに分類されているが、元来大人しく、イステイジアにおいては猫よりも安全という認識をされている。
「ギョエ」
その花豆龍はマツリの顔を見つめながら小さく鳴いたかと思うと、ふらふらと空へ飛んで行った。
花豆龍を見送るマツリの手元で、かさり、と音がした。
するとそこには、先ほどまで無かった封筒が現れていた。マツリは自然な仕草で封を開けると内容に目を通した。
ベンケイ
お元気ですか。
こちらに来て早ひと月が経ちました。
うさぎさんはうすらハゲにベタぼれで
毎日毎日うすらハゲの事ばかりです。
正直うざいです。
だというのに、
うすらハゲはその気がないらしく、
この間なんて
うさぎさんが隣に肌着で寝ているというのに
何もなかったようです。
残っている毛が全部ぬけてしまえばいいのに。
はなまめりゅう
「用心深いことだ」
マツリは人差し指でトントンと文面をたたいた。
すると、インクが紙の上でグルグルと渦を巻き、紙の上でインクが再配置され、全く違う文面が現れた。
ベンケイ
うさぎの心は、うすらハゲに囚われました。
暗黒計画を全て投げ捨て
表の商売のみを行うようです。
それにしても侵攻が遅く
支配計画にも大幅な狂いが生じております。
奇妙なのは、うすらハゲは
うさぎと初夜を行わなかったことです。
何か気づいているやもしれません。
そうだとしても、うすらハゲのやりようには
怒りの余り目がくらむおもいです。
残っている毛が全て抜けてしまえばいいのに。
はなまめりゅう
マツリは目をむいて、何度も文面を読み返した。
慌てて指先で文面をとんとんとたたく。
前の文が現れた。
何度も、とんとん、とんとん、と繰り返し、ようやく他に隠し文が無いことを認め、指先から白い炎を出すと手紙を封筒ごと燃やしつくした。
そしてマツリは、シャクナゲと同じ微妙な色合いに光る銀髪に手をつき下を向いた。
そう、マツリは頭を抱えたのだった。






