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第1章 初夜は手さぐりよちよち歩き(2)

「旦那様、奥様のご準備が整いました」

 無表情の侍女が告げる。

 ジェンシャリオンは顔をあげ

「分かった」

と短く答えて立ち上がった。

 侍女に続いて家令ロータスも礼をして退出し、しかし退出の間際にぐっと両手のこぶしを胸のあたりまで上げて 『ガ・ン・バ』 と合図を送ってきた。

 ロータスの必死な気持ちも分かる。

 親同士が決めた婚姻が珍しくない貴族の間で、この国では 『男子を最低二人』 という無言の決まり事がある。正妻との間に男児を最低二人もうけた後は、お互いに好きにしても良いという無言の了解で、裕福な家であれば正妻は別邸を設け好きな男と住み、本宅には夫の愛人が勝手に入り込み女主人顔をする事も珍しくはない。

 愛人に入り込まれた家は、使用人に取って喜ばしく無いことになる場合が多い。まともに家の切り盛りが出来る者は、そもそも自分の家が他にあるので入り込む必要が無い事が多いのだ。

 ジェンシャリオンの場合、夫婦仲に問題があれば、妻に別邸を渡すくらい何とも無いだろう。そして妻のシャクナゲは外交と貿易の国イステイジア出身。いくらシャクナゲが深窓の令嬢だとしても、国民総商人と言われるイステイジア人が、誇りを傷つけられて大人しく本宅におさまってはいないと思われる。

 使用人達の運命は風前の灯と言えた。


 シャクナゲと初めて会った時。そう、王城の前で、ジェンシャリオン・ロードデンドロン・ダンディリオンと名乗り、手の甲に口づけをした時。

 これはダメだと思った。

 シャクナゲは真っ赤になったかと思うと、ふっと力が抜けて卒倒してしまったのだ。

 自分の外見を国元で聞いて来なかったのだろう。23歳と聞いて来たのに40か50歳くらいの男が出てきたと思って気が動転したに違いない。

 ―――この女性は自分を愛することは無いだろう。

 政略結婚なのだから、最初からその可能性のほうが高かったのだ。諦めよう。

 倒れたシャクナゲをかかえ、王城の客間に取りあえず寝かせた。途中で合流した医者が手早く診察を済ませ

「精神的な疲れでしょう。2、3日は静かに過ごしていただきますよ」

とジェンシャリオンとイステイジアから来た侍女に告げ、下がった。

 しかし気丈にも、シャクナゲ本人からの申し入れで、次の日から予定通り打ち合わせが開始されたのだ。

 これにはジェンシャリオンは驚かされた。最初の印象から、か弱いばかりのお姫様かとばかり思っていたのだがどうやら違うらしい。式の打ち合わせや準備でも、気がつけば国の重鎮達と対等に話し合い、全てこちらでお膳立てしていた計画に少しずつ修正を加えて行った。当初の予定では打ち合わせとは名ばかりの一方的な説明を行い、残りの時間はダンディリオンの作法教育を少しと、多くの時間をジェンシャリオンとのお茶会と顔合わせに当てていた。シャクナゲが主体的に動いた結果、ジェンシャリオンとのお茶会が真っ先に削られ、顔合わせもほんのわずかになった。

 なるほど、あのような条件を出してくるだけの事はある。

 今回の婚儀は外交の一環だ。お互いの国から様々な条件が出されており、その中に少し変わった毛色のものが紛れ込んでいたのだ。

 それは通商条約の中にそっと書き込まれていた。

 シャクナゲが商売をする事を認めるという一文。

 両国からの支援も補填も全く無い。荒唐無稽で不可思議な一文であった。実効性のない、条約文の飾りの様に見えたが、これは案外本気かもしれない。

 仕事の合間の、わずかな時間にシャクナゲ本人に聞いてみると、意外にも、すまなそうな表情でお願いされた。

 イステイジア人は生まれながらの商人であり、どのような身分や職業であっても、商売をしたくなってしまう気質なのだと言う。誰にも迷惑をかけず、細々とやるので見逃して欲しい。元手を稼ぐ所から地道にやっていく。

 そのように切々と語られ、思った以上に小さな話だったので、趣味のようなものかとジェンシャリオンは了承した。

 忙しい毎日を共に過ごし、協力して婚儀の準備をする中で、知らず知らずの内にジェンシャリオンはシャクナゲに惹かれていった。気がついたら引き返せないところまで来てしまっていたのだ。いや、引き返さなくても良いのだ。結婚するのだから。

 問題なのは好意が一方的なものだという点であった。


 今夜、ロータスの応援を受け、意を決して寝室へ向かう。お互いに気持ちの準備が必要だと考え、自分の寝室だが、入る前に控えめにノックをした。

 返事はない。

 ひと呼吸置いて、そっと扉を開け中に入った。

 薄暗い照明の中、シャクナゲがベッドの上に両足をたたんで座っているのが見えた。

 ジェンシャリオンは、場違いかもしれないが、その薄暗い照明に感心していた。このように微細な明るさの調整ができるとは、シャクナゲの侍女は余程優秀な魔法の腕を持っているらしい。この侍女だけでも財産だ。

「ジェンシャリオンさま」

 シャクナゲがか細い声をあげた。

 両手の指を前方で合わせ、折りたたんだ両足の前方につき、綺麗な姿勢で頭を下げている。

「ふつつか者でございますが、幾久しくお願い致します」

 どうやらイステイジア国のしきたりのようだ。

 シャクナゲは、左右の身ごろを前方で重ねた、見慣れないイステイジアの寝巻きと思われるものを着ている。その白いシンプルな衣装は物足りない照明の中でシャクナゲの身体の陰影を際立たせ、胸や腰がてらりと光り、否が応でも視線が向いてしまい、シャクナゲを(おんな)というよりは人物として好ましく思っているジェンシャリオンをひどく狼狽(ろうばい)させた。

「顔をあげてくれ」

 ジェンシャリオンが声をかけると、やっとこちらを向いた。

 寝巻きと思われるものは、きっちりと首元まで重ねられ、とてもこれから自分を受け入れる意思があるようには見えない。

 ここは年長者の自分が度量を見せなくては・・・・・・。

「まずは呼び方を改めないか?夫婦になったのだから」

 ベッドへ乗って隣に座ると、シャクナゲの手が変な動きを見せた。よほど緊張しているらしい。

「国元での愛称は何だった?」

 シャクナゲの顔が少し傾いて

「なーたん・・・・・・です」

と言った。

 何だろう。小動物を見ている気持ちになって来た。

 言っている言葉の意味は分からないが、とても可愛いことは確かだ。

「ナータン?」

と繰り返す。

「いえ、あの。たん、は、ちゃん、が変化したもので」

 ふむ、と考える。小さな子供のころの愛称がそのまま残ったものだろう。ならば呼ばれ慣れた愛称を残した方が、イステイジアから遠く離れたこの地で、少しは安心して過ごせるに違いない。

「では、公の場では無い所では、なーたんと呼ぼう」

 シャクナゲ改めなーたんは、はっとした顔をした後、目を泳がせながら

「あっありがとうございます?」

と変なイントネーションでお礼を言って来た。

 なーたんに取ってダンディリオン語は異国の言葉。たまにイントネーションが変になることもあるだろう。今までシャクナゲが優秀過ぎて違和感が無かっただけなのだ。それに変に目をそらしている所を見ると、どうやら遠慮しているらしい。これは是が非でも 『なーたん』 と呼ばなければ。

「私のことも・・・・・・いや、私には愛称が無かった」

 とっさに 『ハゲおやじ』 や 『グランパ』 と呼ばれていることを隠してしまった。

「呼びたいように読んで欲しい。ジェーンでもシャリでもかまわない」

と告げると、真剣に考えるような素振りを見せ

「では、ジェン・・・とお呼びします」

と言ったかと思うと、手を握って来た。ますます、なーたんの小動物感が増した。

 よしよし、と頭をなでる。このような年上のおじさんに何をされるのかと怖い思いをして固くなっていたのだろう、かわいそうに。

「今日は疲れたろう。ゆっくりおやすみ」

と声をかけ、さっとすくい上げてベッドに横たえ、かけ物をかぶせてやると、直ぐに眠そうにむにゃむにゃと言い出した。

 何だろう、この小動物は。

 何か頑張って言おうとしている。耳を近づけると

「お米・・・・・・好き」

というつぶやきが聞こえた。

 癒される。

 愛玩動物と共に寝ているような心持ちになり、こちらも段々と眠くなって来てしまった。

 今日はこれで良しとしよう。なーたんが可愛いから、これでいいのだ。

 可愛いから、良いのだ。

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