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プロローグ(1)

実生活優先ゆるゆる更新です。

 月明かりを受け、都市を覆う結界が薄い銀、淡いピンク、水色へとゆらゆら色を変える。


 ダンディリオン国はこの日、387年目の建国記念日を迎えた。

 建国記念日とは言っても、大きな祭典が開かれるのは100年に一度。例年であれば大通りの一部に出店が並ぶ程度で、足を向けるのも大半がコインを握りしめた子供たち。式典も、城内で王族や国政に関わる主だったものだけが参加する、形式的なものが開かれるのみと、大半の国民に取ってはいつもと同じ一日に過ぎなかった。


 しかし、今年の建国記念日は違った。

 夜が明けきる前から家々は通りに面した飾り窓を開き、日々の日課となっているレンガ敷き通りの掃除や身支度を始め、開店準備を始める店まで現れた。

 みんな何かが待ちきれなくてそわそわしている。


 まだ薄暗いというのに、白い壁のパン屋の前にはちらほらと人が集まり出し、朝の挨拶を交わしていた。その客の中のひとり、花屋の娘がパン屋の店に向かって大きな声を投げた。

「おじさーん!今日はそろそろ開けるんじゃないかって、父さんが言うんだけれど。どんな感じ?」

 すると一拍置いて、店の雨戸が内側からガラガラと開いた。

 店の奥から恰幅のいいパン屋の店主が顔を出す。

「おぅ!今開けるから!うちも午後からは店を閉めるよ!」

 パン屋の店主が答える間に、扉を開けてせっせと開店準備をするのは、パン屋の息子だ。花屋の娘より2つ年上の彼は、ふと手を止めてこそっと花屋の娘に声をかける。

「午後から一緒に広場に行かないか」

「うん。あっ・・・・・・やっぱり、ダメ。広場で花を売るから」

 娘が少し残念そうな顔したので、パン屋の息子は芽があると見てさらに言いつのる。

「かまわないさ」

「いい場所を取ったり出来なくなるのよ?」

「俺も売れ残ったパンを売るよ」

 やっと花屋の娘がうなずいた。


 いつもは直ぐにあきらめるパン屋の息子が、今日は頑張った。

 今日は午後から広場の大聖堂で結婚式があるのだ。新郎はダンディリオン王弟のジェンシャリオン。新婦は東の小国から和平を結ぶ象徴として嫁ぐ事になった美しい姫だ。

 パン屋の息子は、この慶事をふたりで見ることで、幸せにあやかりたいと思っている。今日こそは、結婚を前提とした交際を申し込むのだ。


 ひと月前にこの国に到着した東方の姫に、ダンディリオン国民は夢中になった。

 この時はまだ、王都民にとって和平の婚儀は大きな関心事ではなかった。王弟のジェンシャリオンは、国政を担う重席にはあったが地味で己の責務を堅実にこなす性質で、他の見た目もきらびやかで自己主張も強い王族や貴族の中では埋没していた。

 その、年頃の娘たちに全く騒がれない王弟が他国の末姫を迎える―――――――――地味だ。喜ばしいことではあるが、地味だ。多くの国民の関心は、その後に始まる人や物の交流に向けられていた。




 今からひと月前のこと、姫は、見たことも無い空をかける大きな黒い牛に乗り物を引かせ、王都に入った。行列の乗り物や荷を引くのは全て黒い牛で、王都では当たり前の馬は一頭もいない。

「魔物・・・・・・か?」

 行列を見に集まった物見高い王都民の口に、そんな言葉が登ってもおかしくないほど、それは異質なものだった。

 そして、行列中ほどの姫に王都民の目は釘付けになった。

 乗り物前方のロールカーテンの様なものが上にあげられ、異国の姫はどこからも良く見えた。

 この国では見ることのない、クリーム色の肌。銀色の髪と瞳は光の加減によって淡い水色や薄いピンクに輝き、長い髪を結い上げず下ろしたままの姿は別世界の女神のようであった。歳は17との事だったが、それよりも随分と幼く見える。

 身体の線が全く分からない、丈の長い鮮やかな異国のドレスをまとい、わずかにほほ笑む姿に、老人は「天の()使い様じゃあ。ありがたや」と拝んだ。


 王城の前では婚約者の王弟が出迎えたが、姫は手の甲に口づけを受け、卒倒してしまったという。

 その話を聞いた王都民は、あのハゲおやじが相手では()もありなんとうなづいた。




 ハゲおやじとは言ったが、王弟のハゲ具合はそんなに進行してはいない。

 生え際が後退しているだけである。額が広いとは言いきれないほどには後退していたが。

 そして王都民に影で「おやじ」と言われているが、そう歳でもない。結婚適齢期の23歳である。

 王弟は老け顔であった。

 磨いた銅のように美しい髪と瞳を持っていたが、髪の3分の1は若白髪に覆われ、老け顔に拍車をかけていた。

 体躯だけは他の王族と同じように、長身で若々しく引き締まっている。そこだけ似るのかよ!と王都民ならば、すべからくつっこんでいた。


 その王弟ジェンシャリオンの隣で、美しい姫が幸せそうに微笑んでいる。

 大聖堂での儀式が終わり、王弟と姫が国民の前に姿を見せたのだ。

 王都のほぼ中心に位置する大聖堂は、薄い水色や淡いピンクに輝く透明の結界石がふんだんに使われ、この結婚を祝福するように陽の光を浴びて荘厳な雰囲気を見せていた。姫に魅せられた人々や修道士達が、今日のために結界石を磨いた努力の結晶であった。国民は皆、小国からやってきた天使のような姫だけを見に来たのである。

 姫はすっかりダンディリオン国の装いと振る舞いを身につけていた。

 姫は屋根のない馬車に乗り込み、国民へ、おっとりと微笑みながら手を振った。この広場から2キロほどの道程を、花々で飾られた馬車でお披露目をしながら進むのだ。これを見るために、王都民は皆店を閉め、広場とその道沿いに集まっていた。道だけではなく、それに沿った建物にも人が鈴なりだ。人々は口々に「おめでとうございます!」やら「姫さま、お幸せに!」と叫び、歓声で何も聞こえないほどである。

 淡い虹色に輝く銀髪を結い上げ、高価な宝飾品やドレスがほんの添え物であるかのように、本日の姫は美しい。

 姫を見たいのに、隣のハゲおやじが邪魔だ。

 王弟側の道沿いに陣取ってしまった人々は、反対側にすれば良かったという気持ちを全く隠しもしなかった。あぁ、ハゲおやじがいなければ、もっと姫を見られたのに。


その馬車を遠くに眺めながら、花屋の娘は

「あの馬車の花は、父さんが農家へ直接行って吟味して納品したものなの」

と、うっとりと眺めながら、誇らしげにパン屋の息子に教えた。

パン屋の息子は花屋の娘を見つめながら

「あぁ、本当に綺麗だ」

と同意した。

今日は上手くいきそうだ、と思いながら。

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