第九話 記憶の奥底に
作:稗田阿瑠(先攻)
———ここは何処だろう。
佳子は、何も無い闇の中にプカプカと浮かんでいる。
何も無いはずなのに佳子の周りは少し暖かく、そして何処か懐かしい雰囲気を漂わせていて。
時々、佳子の足元には水の中で押される様な叩かれる様な衝撃が走る。
初めて来た場所の筈なのに、遠い昔の記憶を辿れば来たことがありそうな場所。
あれ.....?私、ここにきたことあったっけ。
佳子はそんな空間で丸まりながら1人考える。
果たしてここには本当に来たことがあるのか、それともデジャブとやらなのか。
佳子にはわからなかった。
一体ここは何処だろう、いつここから出られるのだろうと考えているうちに遠くから何かが聞こえて来た。
少し不思議に思いながらも佳子は耳を澄まして見る。
すると、微かだが聞こえてきたものは......
産声。
鈴の音を転がすみたいに高くて綺麗な産声が佳子の耳に飛び込んできたのだ。
その瞬間、視界がパァッと明るくなって。
佳子はその眩しさに思わず目をつむる。
そして目を開けるとそこには.......
もう1人の....自分?
佳子と同じ顔、佳子と同じ肌、佳子と同じ髪をし、白いワンピースを纏った少女が立っていた。
彼女は何かに引っ張られる様に、ゆっくりと佳子から離れていく。
お互いに手を伸ばすも、その手が届くことはない。
———待って.....待って待って待って!
「ダイジョウブ、カ?」
佳子は誰かに揺すられる衝撃と、キッちゃんの声に目覚めた。
どうやらあれは夢だったらしい。
それにしてもかなり不思議な夢だったなぁと佳子は目を擦りながら考えた。
「キッちゃん、私すごく不思議な夢を見たの」
佳子は、ぼんやりとそんなことを呟いてみる。
その言葉にピクッと反応したキッちゃんは、「ドンナユメ、ダ?」と少し不思議そうに聞いた。
「んー、言葉では言い表せないわ。とにかく不思議な夢!」
へへっ、と少し無邪気さが混じった笑みを浮かべる佳子。
そんな佳子を見てキッちゃんは呆れた様に笑った。
暫く笑い合っていた2人だが、何かを感じたのか佳子は
左手を庇う様にして唐突に蹲った。
「ダイジョウブ、カ?ドウシタンダ」
キッちゃんは心配そうに手を伸ばす。
どうやら痛みか何かを感じた様で、佳子は蹲ったまま唸り始めてしまった。
「い゛.......ッ!左手が.....!」
その場から動けぬ佳子を前に、焦りを抑えそっと言葉をかけるキッちゃん。
人間味は時間が経つにつれ失われていたがまだ記憶は少し残っていた様で、元教師らしい態度を取っていた。
「ドコガ、イタイ....?」
その言葉に佳子は顔を上げ、涙目になりながら左手を差し出す。
キッちゃんが佳子の手元に目を向けるとそこには、いつのまにか黒く変色してしまったうえにまるでアニメに出てくる鬼の様に爪が伸びてしまった佳子の左手があった。
嗚呼...これはまずい。
と言わんばかりにキッちゃんは何かを察した様な表情になる。
佳子も同じく何かを悟った様で、俯くやいなや
「どうしよう......」
と消え入りそうな声で吐き出す様に言った。
佳子も、キッちゃんと同じくブラックになりかけているのだ。
このまま放っておけば、2人はこの世界をただ彷徨い歩く怪物へと化してしまう。
だがしかし、キッちゃんも佳子もその解決法なんて知るはずが無い。
とりあえずこの世界から脱出してしまえば怪物エンドは免れるのか?
いや、そんな甘くは無いかもしれない。
佳子の頭の中で色々な感情がグルグルと渦巻く。
「トリアエズ、デグチヲサガソウ」
と立ち上がるキッちゃん。
だがそんなあて当然どこにもないし、そもそも何がこの世界の出口なのかすら2人は知らないのだ。
でも、歩かねば道を見つけることもできない。
仕方なくキッちゃんは佳子を傷つけぬ様に優しくおぶり、背後に出来るだけ意識を向けながらまた歩き出した。
.......何故、バレてしまったんだろう。
未來は、変身を遂げた春樹を目の前にして唖然としていた。
ちゃんと.....隠していたつもりだったのに。
『俺は佳子を救って未來の未来を変える!』
頭の中では、春樹の言葉がまるでやまびこのように反響していた。
なんで自分がここへ送られてきたか、なんで佳子がここへ来たのか。
全部知っているなんて言えるはずもなかった。
嗚呼.......もし、やり直せるのなら。
「........馬鹿じゃないの」