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パンダ桜の木の下で  作者: 稗田阿瑠(先攻)、ガトリングレックス(後攻)
5/10

第五話 イキドマリ

作:稗田阿瑠(先攻)

『20××年 4月26日


もう、あの日から1年経ってるなんて思ってもなかった。


私、1年間もの間牢屋みたいなところに閉じ込められてたみたい。


更にびっくりしたのは、あの灰鬼先生が助けに来てくれたこと。


体罰をしてたような先生が、助けに来てくれたなんて.......信じられない。


でも、灰鬼先生はなんか変な怪物になってしまって。


ここに私を連れてきた奴らとおんなじような、黒い何かになっちゃった。


優と春樹は元気にしてるかなぁ.......


こっちの世界に来てないといいな。


.........って、ここに書いても仕方ないか。(笑)』


「...........ッ!」


優は、自身の体から血の気が引いていくのがわかった。


思わず、持っていた日記帳を落としてしまう。


誰もいない自室で、パサっという音が響いた。


これは、つい最近の日付。年も書いてあるし、書き方が佳子だ。


おかしい、ここには自殺の原因とか何かしら過去の事が書いてあると思っていたのに。


何故、最近の日付が書かれているんだ......?


優は慌てて日記帳を拾い、ページをめくってみる。


しかし次のページは白紙で、まだ何も書かれていなかった。


その次のページも、更にその次のページも白紙。


優は確信した。


これは、向こうにいる佳子と繋がってるんだ。


慌てて、春樹に日記の写メを送る。


するとすぐに返事は帰ってきたが、どうやら春樹は日付のことはあまり気にしていないらしかった。


『え、あの灰鬼が!?体罰野郎でしょ、それ絶対やばいって!しかも今一緒にいるのそれ、絶対殺されちゃうよ!』


文面だけなのに、その焦りようがよくわかってしまう。


灰鬼(はいき) 現次(げんじ)


2人や春樹と同じ学校に属する、保健体育科の熱血教師。


学園アニメでしか見たことのないような、いつもジャージ姿で腰に手を当て怒鳴ってばかりいる先生だ。


毎日毎日、学校中に響き渡るような声で生徒を怒鳴りつけて行く。


生徒はそんな灰鬼が大嫌いだった。


それだけならただただ面倒なくらいで済むのだが、問題はこの後。


少し前、優達が学校に入る数年前。


灰鬼が生徒に体罰を下した、という噂が何処かから舞い込んできたという。


具体的に言うと、体調の悪い生徒が体育の授業を休んだところその後強制的にグラウンドを10周させられたとか。


その他にも、少しでも気に入らない態度を生徒が取るとその都度殴ったり蹴ったりしていたみたいだ。


まぁ、あの教師ならやりかねないなと生徒達は口を揃えて言う。


元々灰鬼が大嫌いだった生徒達の間でその噂は瞬く間に広がり、灰鬼は悪い意味で学校一有名になってしまったそうな。


それに耐えられなくなったのか灰鬼は、佳子が死んだ半年後に同じパンダ桜の下で死んでいるのが見つかったらしい。


だから、優と春樹の中では『灰鬼は体罰をしたくせに死んだ自業自得野郎』というイメージしかなかった。


『やばいよな、でもなんか......守ったとか書いてあるけど』

『ぜってぇ嘘だよ、はー怖い怖い、急いで助けに行かないと駄目だね』


優が日記の内容をちゃんと読め、と注意しても春樹の頭の中は初恋の人が体罰野郎に殺されそうになっている図でいっぱいのようだ。


『だとしても、何処にいるかわからねぇだろ』


優は、段々と苛立ってきて乱暴に文字を打ち始める。


そのため誤字が絶えず、少し送信する速度が遅くなってしまった。


『じゃあそこになんか書けば良いじゃん、だってそれ、繋がってるんでしょ?向こうの世界と。もしこっちから書いたやつが佳子にも届けば、何処にいるかわかるかもしんねぇ』


春樹の返信に、優ははっとする。


そうか、その手があったか。


そして考えてもなかった春樹の提案に、「たまには良いこと言うじゃんこいつ」と呟き急いで日記に何かを書き始めた。


『佳子、佳子なんだよな。


もしこれを見たら返事してくれ。


優だよ、春樹じゃなくてごめんね。


俺らはパンダ桜の裏側にある色の無い世界のことを知っちゃったんだ。


謎の生物のことも知ってる。


俺らはあれを、「ブラック」って呼んでるよ。


今、自分が何処にいるかわかる?


大体でいい。パンダ桜からの経路を教えて欲しいな。


そうしたら俺らが助けに行くから。


灰鬼は体罰野郎だから気をつけて。


春樹がすげぇ心配してた。


俺も心配してる。


気をつけてね、あいつになんかされたらいつでも助けに行くから呼んで。 by優』


感情に任せるあまり、箇条書きになってしまったなぁと優は苦笑いをしながら自分の書いた日記を読み返した。


届いていたら良いな。


もしこれで届いていたら、きっと返事が来るはずだ。


『おーい、なんか書いたぁ?』


書き終えてすぐ、ピコンと携帯の通知が鳴った。


春樹からのメッセージだ。


呑気に小文字までつけやがって、あいつ自分が書けとか言ってたくせに........


優は、さっきとは違い全く焦りの見えない春樹の文面に少し口を尖らせてこう返事をする。


『うん、書き終わったよ........てかなんでそんなに呑気なの』


ついでに、さっき書いたページの写メも添えて。


『わりぃわりぃ、呑気なつもりじゃなかったんだけど.........届いてると良いな』


どうしてもどこかのんびりさが否めない書き方で、またもや返事が来た。


返信の早さからして本人は焦っている『つもり』なのだろう。


『いい、今からそっち行くから.......』


もはや呆れ果てたようで、優はそう打ってすぐにスマホをポケットにしまいダッシュで玄関に向かった。


ピコン、ピコンピコン。


通知の嵐が優の耳を襲うも、優はそんなことも気にせず猛スピードで靴を履いて全速力で春樹の家へと走った..........



「え、お前本当に来たのな」


驚いた様子で、春樹はドアを開け優を家の中に迎え入れる。


ハァハァと息を切らす優に返事をする余裕はないようで、その真剣そうな顔と紅潮しきった頬を見て春樹は


「もう少しゆっくり来てもよかったのに」


と思わず呟いた。


「あれ、今日親いねぇの」


優が、春樹に連れられて廊下を歩きながらそう言う。


「おう、まだいねぇ」

「仕事?」

「うん」


そんな会話を繰り返しながら、2人はリビングの椅子に座る。


過保護で、いつも家に帰ると玄関で出迎えてくれる優の母とは違い春樹の家は共働き。


家に帰って「ただいま」と言っても、返ってくる言葉は無かった。


まぁ、だからこうやって親に邪魔されることもなく色々話せるんだけどね、と笑う春樹の顔には少しだけ寂しさが浮かんでいた。


「んで、問題の五連休がもうすぐなわけなんだけど」


台所でジュースを入れる春樹に、優はそう切り出してみる。


「おう、そうだよな........」


春樹の声が、急に変わった。


普段の戯けたような声とは違う、真剣な声。


やっぱり好きな女の子のことになるとあんなバカでも変わるのかなぁ、なんて考えが頭の中に思い浮かんで、優は思わず少し笑ってしまった。


「な、何笑ってんの。不気味なんだけど」


春樹が優の方を振り向いて、少しだけ顔をしかめる。


「あ、ごめん。続けて」

「おう........」


少し不安そうに頷いて、春樹はまた台所の方へ向き直った。


「佳子がどこにいるかもわからねぇ、灰鬼がなんで佳子と一緒にいるのかもわからねぇ。どうすればいいんだ俺ら」


不安や恐怖が混じった表情で、春樹はジュースの入ったコップを2杯持ってくる。


「本当にな。俺らどうすればいいんだ......佳子の返事を待つ?灰鬼と一緒にいることがそもそも不安なんだよなぁ..........」


2人でコップのジュースを少し飲んだ後、春樹がコップと一緒に持ってきた重い空気に飲み込まれた優も真剣な表情でそう言った。


暫くの間、沈黙が流れる。


優は、この重くて熱苦しい空気が大嫌いだ。


頭を抱える春樹を、ただ見つめる時間。


何も思い浮かばない。


ただただ、不安と恐怖だけが募っていく。


「っあー!思い浮かばねぇ!なんっも思い浮かばねぇ!」


そんな空気を破ったのは、やはり春樹だった。


春樹はそう叫んで苛ついたようにコップのジュースを一気飲みしては、ガン!と音を立てコップを机に叩きつけるように置く。


「うん、俺もなんも思い浮かばない.......」


落ち込んだように、優がため息を吐いた。


それが移ったかの様に、春樹もため息を吐く。


「............とりあえず、行ってみる.......?明後日」

「そうだな........俺らなんもわかんねぇけど、あっちの世界で会ったミライってやつのこともあるし」


虚な目をしながら、2人でそんなことを話し合う。


最初は勢いだけで乗り切ってきたけど、いつのまにか俺ら真剣になって、慎重になって。


冗談半分だったはずなのに、いつから一体こんなに迷う様になってしまったんだろう。


あれ?俺らは一体どこへ向かってるんだ........?


優は、力なく机に突っ伏した。



日曜日。


2人はとぼとぼと、パンダ桜の前まで歩いてきた。


2人は、自分がどこを目指しているのかもわからずただいつもの流れで窪みに手をハメる。


最初に来たときの期待感とかワクワクだとかは、何処かへ飛んで行ってしまったかの様に消え去っていた。


いつも聞く、砂埃のゴォォォ.......という音さえも不快に感じてしまう。


嗚呼、またあそこに..........色の無い世界に、行くんだ。


今わかっているのはただそれだけ。


2人は、不安と恐怖にお互いの手をぎゅっと握りしめて目を瞑った。

























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