第二話 色のない世界
作:ガトリングレックス(後攻)
優が目を覚ますと、そこはまるで白黒テレビに映った映像。
空も、草木も、川も、すべてが白黒。
どうやら山に迷い込んだ様だ。
左側には春樹がぐっすり寝ている。
「おい、おい起きろ」
体を揺すり、幼馴染を起こそうとする。
「うーん、どうした優? えっ!? ここどこだよ!?」
「どうやら俺達は異世界転移したみたいだ」
「そんなラノベみたいなことが起きてたまるかよ」
「よく考えてみろ。パンダ桜の手形に手をはめたら、砂埃に飲み込まれて、今ここにいる。つまりあの手形は転移用の装置だったわけだ」
優のくだらない話を聞いて、春樹は激怒する。
「俺はただ佳子に会いたいだけだ! 異世界転移なんて興味ないんだよ!」
「まあまあ落ち着け。もしかしたらここから脱出する手立てがあるかもしれない。入り口があるんだから出口もあるはずだろ」
「そっ、そうだよな。ハハ。よし、そうと分かれば、やってやるか」
そう言って、春樹は調子を取り戻し、優は胸を撫で下ろす。
川を伝って山を降りて行く。
すると黒いオーラに包まれた謎の生物が川の水を飲んでいた。
「なんだよ、あれ?」
「とりあえず、話せる相手じゃないのは分かる。早く逃げるぞ優」
2人は急いで回り道をしようとすると。
「ウッ、ウグ、ウグワー!」
いきなり謎の生物が叫びを上げ、爪を立て、全速力で襲って来た。
「おいおいマジかよ!?」
2人が全力で逃げる姿に再び叫びを上げる。
まるで仲間を呼ぶ様に………。
「こいつ、俺達を食べる気か!?」
「あぁそうだろうよ!?」
山を急いで降りて行くと、石で出来た階段を見つける。
足のバネを限界まで使い、階段を上って行く。
群れで追いかけて来る黒い者達。
「急げ!」
「分かってるよ!」
階段を上り、辿り着いた先は…………。
なんと古びた神社だった。
「あの本堂に隠れよう」
優の指示に従い、本堂に入ると、そこには狐の像が飾ってあった。
よく見ると2本の刀と白き槍を背中に背負っている。
春樹は狐の背負っている白き槍に手を伸ばす。
「なにやってるんだよ、早く隠れろ」
優は春樹の手を引っ張り、狐の像の裏に隠れようとする。
その時だった。
突然2人と同じぐらいの歳の髪の長い少女が襖を開けて来たのだ。
白いワンピースを着用し、麦わら帽子を被っている。
「あなた達、早く帰りなさい! ここはあなた達が居てはいけないところなのよ!」
その姿、その声、佳子そのものだ。
「佳子、佳子なのか?」
「私、誰かと勘違いされてる? 私には未來って言う名前があるんだから」
ムッとした表情がまさしく佳子にしか見えない。
「とにかく、ここ危険なの。早く帰って」
「その帰り方が分からないんだよ」
口論をしている間に、叫び声を上げ、本堂に黒い者達が入って来た。
「もうやるしかない!」
春樹は白き槍を狐の像から取り外すと、なにやら声が聞こえてくる。
「よくぞ私の封印を解いてくれました。私は信頼。あなたの敵を穿つ者です」
「やっ、槍が喋った!?」
「さあ、共に敵を始末しましょう。安心してください。敵を倒したい、その気持ちだけで戦えますから」
敵は待ってはくれず、爪が春樹を捉らえる。
「ウッ、ウオー!」
無我夢中で春樹は信頼で黒の者を貫く。
「アァーーーー!?」
悲鳴に近いその雑音が、本堂に響いた。
それでも黒の者達の攻撃は終わらない。
「おい! 優もその刀を取って戦ってくれよ!」
信頼を引き抜くと、黒の者は唸りながら崩れ落ちた。
「なに言ってるんだよこの罰当たりが。勝手に神社の物を使うなんて」
「これは緊急事態なんだ! お願いだから、頼む」
優は唾を飲むと、狐の像の2本の刀を鞘ごと取り外す。
「封印を解いてくれてありがとよ。俺は絶望」
「私は幸福。私達はニ振りで一振りです。決して私達を離ればなれにしないでくださいね」
「お前達も喋るのか。まあいいや。行くぞ絶望、幸福」
鞘から絶望と幸福を引き抜き、敵に向かって行く。
左手に持った絶望を右斜めに振るうと、敵の体が両断され、右手に持った幸福で次の敵も両断して行く。
(この刀、すごく軽い)
まるで綿の様に軽く、その斬れ味は一級品だ。
「残り3体。やってやろうぜ優!」
「よし、行くぞ春樹」
叫びを上げ、2体の黒の者が姿勢を低くし、加速して行く。
もう1体は高く飛び上がり、春樹に向かって牙をチラつかせる。
「オリャー!」
優の渾身の2連撃が、敵の体を分断し、吹っ飛び、ズシャーと廊下に上半身が滑って行き、崩れ落ちる下半身。
「ウァー!」
「この野郎ー!」
春樹の突きが、黒の者の脳天を貫き、ようやく動きが止まった。
「やっ、やった」
安堵の声を上げる春樹に、優は自分達が起こした惨状を見て、自分自身がとんでもない武器を手に入れたことを自覚する。
「分かったでしょ。ここは危険な奴らがウヨウヨいる。部外者が居ていいところじゃないの」
「だから帰る方法を教えてくれよ。じゃないと帰るにも帰れねぇ」
「そうだ。佳子、知ってるなら一緒に帰ろ、なっ」
「だから私は佳子じゃなくて未來だってば」
未來と言い張る少女の言動に困惑する。
「おい、体が消えていってるぞ!」
「春樹こそ! どうなってるんだ!」
2人が動揺していると、下から段々と消えて行く。
完全に消滅する前に、春樹は未來と名乗る佳子に手を伸ばす。
だが…………
意識を取り戻し、立ち上がると、パンダ桜の下にいた。
「戻って来たのか? そもそもあれは現実だったのか?」
「俺は現実だと思う。現に佳子がいたんだからな」
瞳をキラキラさせる春樹を見て、優は呆れてため息を吐く。
「なぁ、今日はこのへんにしておこうぜ」
「なんでだよ! もう一度あの世界に行こうぜ!」
「今日はって言ってるだろ。明日平日なんだから高校行かなきゃダメだろうが。行くんだったら毎週日曜日にしろ、そうじゃなきゃ俺、行かないから」
ふてくされる春樹だったが、納得しなければいけないと感じ、笑みを浮かべ、首を縦に振る。
「分かったよ。じゃあまた来週な」
そう言って2人は徒歩で帰宅するのだった。