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パンダ桜の木の下で  作者: 稗田阿瑠(先攻)、ガトリングレックス(後攻)
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第一話 逢いに行こう

作:稗田阿瑠(先攻)

「俺、佳子(かこ)に会いに行く」


春樹(はるき)がそんなことを言い出したのは、久しぶりに2人で(ゆう)の家に集まった日の事だった。


優は、仰天して飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。


なぜなら佳子は、1年前に既に死んでいるからだ。


死者に、どうやって会いに行くと言うのだろう。


「は!?お前正気か?佳子はもう死んでんだぞ、いい加減受け止めろよ」


勢いでそう言ったあと、優は慌てて口を塞ぐ。酷いことを言ってしまった.........


俯いている春樹の顔をそっと覗こうと思ったが、やっぱりやめておいた。


佳子とは、2人の幼なじみであり春樹の初恋の人だ。


優はそれを知っているから、春樹の気持ちもわかる気がしたがやはり現実は受け止めないと、と佳子の死を受け入れられないもう1人の自分を殺す。


だが春樹は未だにそれができていないらしく、1年経った今でも突然「佳子は生きているんだ」とか、「今佳子と話してたの」とか言い出すことがある。


そのたびに優は、あふれ出しそうな涙を堪えていた。


「てか、どうやって会いにいくんだよ。また夢で会うとか言い出すんじゃねぇだろうな?」


優が顔をしかめて言うと春樹はへへっ、と得意げに笑って言う。


「違う違う、そんなわけねぇだろ」

「じゃあなんだよ」


優は苛立ってきて即答する。


春樹にはそんな優の気持ちすら伝わっていないらしい。


よほど、いい案を思いついたのだろう。


優は呆れ果てながらも、笑顔で親指を立てる春樹の顔をじっと見た。


「パンダ桜だよ。パンダ桜に頼みに行きゃいいんだよ」


パンダ桜.........そんな物もあったな、と優は懐かしい気分に浸る。


パンダ桜とは、佳子の自宅マンションの真隣にある桜の木のこと。


でも普通の桜じゃなく、まるでその木だけ彩度というものが存在しないかのように思わせる、つまり全く色がないのだ。


木にも花にも色がない、全て白か黒でできているから、パンダ桜。


パンダ桜という名前は、小学生の頃3人でつけた名前で、つけた時佳子が


「そのままじゃない、パンダ桜」


なんて言って笑っていたな。


よく、パンダ桜の木の下で3人で追いかけっこしていた日々を思い出す。


「てか、パンダ桜んとこ行ってどうするんだよ」


優が少し重い声でそう言うと、春樹は黙り込んでしまった。


..........重たい空気が、2人を包み込む。


優には、その空気に押し潰されないよう耐えるだけで精一杯で春樹に何か言葉を投げかけることすらできない。


「..........とりあえず行こうぜ、な?」


重い空気に耐えかねたのか、春樹が優の手を引っ張って走り出した。


仕方なくついていくも、優はほぼ呆れ果てていた。


何もないことは、2人ともわかっている。


でも、夢を見たくて。もう一度、佳子に逢えるような気がして。


気が付いたら、優も走り出していた。


2人で息を切らしながらも、思い出のあの場所目掛けて走る。


「まじで、なにする気なんだよっ」


今なら重い雰囲気になってしまうこともないだろうと、優は走りながら春樹に問う。


「わかんない、わかんないよ!でも、なんだかあそこに行ったら何かある気がするんだ。佳子にも逢えるかもしれない。だから行くんだよ」


春樹は、優の顔すら見ずただ前を向き走りながらそう答えた。


全く、あてもないのに行くのか.......


優は喉まで出かけたその言葉を必死に飲み込みながら一生懸命走った。


「ハァ、ハァ、着いた.......」

「久しぶりだな、パンダ桜見に来んの。」


2人は目的の場所に着くなり、肩で息をしながらパンダ桜を見上げた。


パンダ桜はまだつぼみの状態で、咲くにはもう少しかかりそうだ。


「本当久しぶりだな、もう二度と来ねぇと思ってたのに。」


春樹が、改めてパンダ桜の前に立ち木に触れながら言う。


「あぁ、そうだな。あの日から.......」


そう口にした瞬間、優は自分の頭の中で思い出したくない『何か』が再生され始めていることに気付いた。


嫌だ、思い出したくない......


頭を抱えても、嫌だともがいても、パンダ桜を見るだけであの思い出は頭の中で再生されてしまう。


そう、ここは3人で遊んだだけの場所ではない。




..............飛び交うサイレンの音、耳を塞ぎたくなるような警官の怒鳴り声、それを囲むように次々とやってくる野次馬達。


パンダ桜の木の下には、頭から血を流した1人の少女が息絶えていた。


佳子だ。


自宅の、マンションの10階から飛び降りて即死だったそうだ。


恐らく自殺だろう。


優が駆けつけた頃には既に春樹も到着していたが、姿が見えない。


必死に春樹を探す優が目にしたのは、信じられない光景だった。


「おい!あいつは俺の幼なじみなんだよ!離せ、離せって.....!」


警官に取り押さえられてもなお、もがき続ける春樹の姿。


優は駆け寄ったものの見ていられず目を覆う。


「おいっ、馬鹿.......っ」


優が震える声でそう言っても、泣き叫ぶ春樹の耳には届きそうもなかった。


「嫌だ!あいつは、あいつは........!俺らの仲間なんだよ!!!」


春樹はぎゃんぎゃん泣きながら、佳子の亡骸に向かって手を伸ばすが、もうあの世へ逝ってしまった佳子に触れることもできない。


優はそれをただ、ただ見ることすらも出来ず立ち尽くしていた。


「もう.........っ、やめろって.......!」


熱くなるばかりの喉からやっとの思いで絞り出した声でさえも、野次馬の声と雨音に掻き消されてしまう。


「通せよ!あいつの幼なじみなの!お願いだから.......通してくれよ...........もう一度触りてぇんだよ........」


春樹の、嗚咽混じりの声が優に突き刺さる。


佳子の色が、どんどんパンダ桜に吸い込まれていくようだった。




「う゛っ.........!」


頭に何かが突き刺さるような痛みを感じた優は、衝動的に唸る。


気が付いたら、優はパンダ桜の前に座り込んでしまっていた。


頭痛がしたのは、あの事を思い出してしまったからだろうか。


「大丈夫か?」


立ったままの春樹が、心配そうに優を見下ろす。


「嗚呼、大丈夫。なんか見つかった......?」


優は、パンダ桜に寄りかかりながらゆっくりと立ち上がった。


「見つかったよ!ほら、これ見てみろ!」


春樹がまた得意げに笑い、木の後ろに回ったかと思うと手招きした。


優が何かと思って木の後ろに回り、春樹の指差す方を見るとそこには.......


「ん?なにこれ。手形........?」


まるでそこだけをくり抜いたかのように彫られた、手形が2つあった。


一個は右手、もう一個は左手。


「こないだまではなかったよな、いつできたんだろうな」


優は不思議そうに手形を観察する。


春樹も同じく興味津々のようで、ハマるかな、何て冗談を言っては笑っていた。


「いやまさかね.......」

「そうだよなぁ.......」


2人でそう言い合いながらも、春樹は冗談半分で右手をはめてみた。


するとまさかの、ぴったりとハマってしまったのだ。


「嘘だろ!?」


驚いて叫んでしまう春樹。優も驚いて飛び上がる。


「じゃ、じゃあこっちは........」


優は震える左腕を右手で抑えながら、恐る恐る手をはめてみた。


するとやはり、ピタリとハマったのだ。


シュウウ.......と言う音を立てて、手形の周りが光る。


優が閉じない口を開けたまま春樹を見ると、春樹は目を輝かせて今にも飛び跳ねそうになっていた。


その姿に呆れそうになりながらも、優はまだ光っている手形とハマったままの手を見つめる。


ゴォォォ..........と言う音がして、ようやく2人は辺りの異変に気付いた。


どこからか砂埃が現れ、2人を取り囲みながら渦巻いているのだ。


「な、なんだこれ.....!」


春樹が目を細めながら言う。


「わかんない、でも砂埃が!」


優は、砂埃が入らないよう左腕で口を覆いながらそう言った。


ビュオォォォ........と風が吹き、砂埃はさらに激しく優達を襲う。


周りがなにも見えなくなり、2人は目を瞑った........




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