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四話目

センバが目を覚ました時、そこは宿のベッドではなく、町の療養所の寝台の一つであった。すぐ傍で自身の持つアカウントを確認していたサフィーリアが彼に気付き、「ようやくお目覚めか」と言う。

「お前が石化してる間、大変だったんだぞ」と恩着せがましく言い、町長とのやり取りを説明する。

「あのジジイ、感謝するフリしてお前を薬の実験体にしようとしたんだぞ。あなたの仲間を最初にとか言ってな。なんで貸しだぞって言ってやったら“フンッ”だってよ。ま、実際薬には何の問題もなかったけど。」

センバはあまり状況が理解できず「それってどういう・・・?」と質問した。すると、横から薬師が自嘲気味に答える。

「冒険者としてのランクはそこそこだったんで実力も低くはない筈だし、それに雇われて数年経つ、割と信用はされてるつもりだったが、思い込みだったらしい。」

「あんたが石化した後、薬の合成に必要な素材を集めて作ったんだが・・・ね。」剣士もそこに居たらしく、気遣うように言葉を繋げた。

センバはまだよく分からないらしく、首をひねっている。弓兵が居ないことも気になっているようだ。サフィーリアは肩を竦めて見せ、剣士が苦笑いを浮かべて懇切丁寧に事のあらましを説明した。それを聞いて、彼はショックを受けたらしく「それなりに強くなったつもりだったのに、結局足引っ張って申し訳ない」と謝ってきた。「アホか」と返して、彼女は立ち上がった。弓兵に関しても、町に戻った時点で彼女は片腕だけでなく、片脚も踝より先が無く、更に残った方の腕も指は5本揃ってはいなかった。下山の際にはもう負傷者を守り切るだけの余力が無かったのである。彼女は傭兵どころか冒険者としての活動も厳しいと言って、それまでの給与を貰って引退していた。

療養所を出て行こうとしたら、どこへ行くのかと聞かれ、アカウントをちらと見せて「ジジイに沢山貸し作ったからな、今後について話に行く」と言って去っていった。センバは顔をしかめて「えぇ~」と呟く。


役所の受付で聞くと、特にアポイントは無かったがあっさりと町長に会うことができた。応接室に通され、暫く待つと町長が現れ、簡単に挨拶を済ませる。

「早速なんだが」そう言って手持ちのアカウントを見せる。

「ちょっと色々あってな、こいつらをこの町に来る客にそれとなく売ってもらえないかと思ってる。この国の人間も皆、冒険者にはなれるんだよな?」

町長は首を傾げ「ウン?別に構わんが・・・あまり必要性は感じないがの。まあ兵士は冒険者アカウントと違ってステータスが幾らか上乗せされる反面、ドロップアイテムや金銭は配属先の自治体に収められる仕組みになってたり、善し悪しはあれど色々と制約があるからそういう部分で冒険者を希望する者もおるやもしれんが・・・」と言って髭を擦っている。利益相反になるか効くと、そこは特に問題は無いらしい。装備の面は制限によって、冒険者の方がいい場合もあるので、例の三人組傭兵の様に、兵士とは別で雇うというのはよくあるようだ。

先ずは冒険者になりたいと思っているかを確認し、その気がある相手にだけアカウントを売る話を持ち掛けるように依頼をした。金額については、サフィーリアの提示金額に町長が自身の取り分として幾らか上乗せする形で構わないと告げる。どの程度売れるもんだか、と言いつつも町長は引き受けてくれ、町内の各宿屋に冒険者志望の宿泊者が居たら話を持ち掛けてくれるということになった。

上機嫌で療養所へ戻ると、センバはリハビリをしていた。話がまとまったぞ、と声を掛けると露骨に嫌そうな顔をして「なんであんな楽しくないこと好き好んでやりたいかな」と文句を言う。「いいだろ別に」と言い、センバの状態を確認してみる。ペナルティという訳ではないようだが、一定期間リハビリ等の運動をしないと能力値が減少した状態になったままになるようだった。いずれにせよ、装備は考え直してやる必要がありそうだなと考え、後日リハビリついでに装備を買いに行った。剣士の所持武器がそうだったらしいが、武器には属性が付与されたものがあり、相性が合えば魔法に対する抵抗力も増すらしく、二人の手持ちの資金で購入できるそれなりの装備を揃える。センバは高い装備を身に付けられて甚くご機嫌だったので、そのまま試しとリハビリの続きだと言ってサブアカウント育成に付き合わせた。最初はニヤ付きながら嬉しそうに手伝っていたが、次第にもっと強い敵と戦いたいとか、参加できなかった反魂草収集のクエストの様な難易度の高い依頼をこなしたいと頻りに言うようになっていった。

最初は今一つな売れ行きだったが、最近ではアカウントがそこそこ売れるようになってきたので「わざわざ危険を冒すメリットが無い」と言ってセンバの主張はほぼ無視された。意外と冒険者の志望は多かったらしく、兵士から冒険者に転属する者も現れるようになった。興味本位で理由を聞いてみると、ドロップアイテムが所属組織に没収されることや、階級毎で使用する武器が決まっており、属性武器などは結構な階級でないと使用できなかったりすることが原因として多いようである。属性武器や防具を錬成可能な宝石を持っている状態にしたら、アカウントの売れ行きがさらに伸びていった。


ある日、宿を出る際ロビーにアカウントを売る旨のチラシが貼ってあることに気付く。サフィーリアは驚き、急いで町長の元へ向かった。

役所で町長を呼び出し、詰め寄ると「別にあんたのアカウントを取り扱わないという訳ではないじゃろ。売れるのに陰でコソコソするのも勿体無いのでな」と言って取り合ってはもらえなかった。サフィーリアの売っているアカウントとスキル構成を真似て町長等は大々的に売り始めたようである。しつこく大々的に売るのは控えるように言ったが、町長は早々に部屋を辞し、いつの間に雇ったのか、屈強な傭兵数名が立ちはだかり「どうしてもってんなら俺が相手してやるぜ」と嫌な笑みを浮かべる。「ああ、うぜーな」と吐き捨てて自身も部屋を出て行くと、去り際に嫌味なのか誘いなのか聞き取れない叫び声が聞こえた。

役所を出て宿に戻る途中、声を掛けられ、見ると剣士と薬師が居た。「よう、あんたここに来てたんだな」そう言って二人は折角だからと宿屋まできてセンバとも挨拶をする。町長がもっとランクの高い冒険者を傭兵に雇って、二人は性格の不一致やら給料の不満やらで契約を破棄することになったらしい。「町長とは例の薬の一件以来、あまりうまくいってなくてな。俺も家庭のある身だし、こんな不毛な町出て、故郷の方で仕事探すつもりだ。こいつも付き合ってくれるらしいからな」そう言うと、センバが奥さんいたんですか、とどうでもいいところに食いついていた。照れくさそうにあんたが石化してる間にまあと言って視線を逸らして黙ってしまい、センバが更に追求しそうな気がしたので、「察しろよ」と言って小突いてやると「え!・・・あ、察した!」と答えた。何となくそのまま話題が無くなり、お互い元気でとかまたどこかで逢えたらと挨拶を交わして町の出口まで見送った。

アカウントの大々的な販売開始により、まず最初に煽りを受けたのは兵士で、特に中堅クラスの兵士が多く流出し、彼らが減ったために自治体や軍、延いては国に納められるドロップアイテムや金銭の絶対量が減少していった。


しばらく経った或る日、サフィーリアとセンバはまだ生々しい血痕も残る廃村の中を歩いていた。国は上級兵士や魔術師達を囲い込み、辺境の集落などには殆ど派遣されなくなっていた。この廃村も兵士が派遣されず、冒険者を雇う資金も無かったらしく、魔物達に蹂躙され人がいなくなってしまっている。二人はそこから少し離れた町までやってくるようになった、廃村近くに住み着いた魔物の群れを討伐する依頼を受けて来ていた。

依頼で廃村の話しを聞いた時も、廃村に入ってからも、彼女は妙な居心地の悪さを感じずにはいられなかった。センバも何か責任のようなものを感じたのか、嫌がるサフィーリアを強引に依頼受注させ、今は殆ど言葉を発することなく魔物討伐に専念している。

魔物を一通り討伐し終えると、センバはふうと一つ息を吐いて、「戻ったら美味しいものでも食べたいね」と言った。サフィーリアは「そうだな」と答え、戻り際、ちょっと村を振り返り手を合わせてから依頼受注した町へと引き返した。

それから数日後のことである。宿で朝食をとっていると、突然アカウントへ「重要なお知らせ」というのが表示され、確認すると、アカウント販売を禁止し、取り締まる内容の通知であった。

「来たか」そう呟くと、聞こえていたのかいないのか、同じ通知を見ていたセンバが「これでサフィーリアさんも悪事は働けなくなったねぇ」とちょっと嬉し気に言ってくる。サフィーリアは何でかムッとして「アホか、やれるとこまでやって稼ぐんだよ」と言い返した。「はぁ!?」と呆れ半分に驚くセンバを一瞥し、さっさと食事を済ませ、販売依頼している町長と相談しに行く。

町長も今更辞めることができないらしく、大々的に販売する以前よりもこっそりと販売していくという方針で話がまとまった。センバは彼等の話をげんなり顔で聞いていた。

収入は一時より減ったものの、禁止後もアカウントを欲しがる者が多く、それなりの売れ行きである。しかし少しずつであるが、使用していたアカウントが突然停止され、国に問い合わせると売買していたアカウントであることを指摘されるようになり、サフィーリア達の様な販売者が取り締まられることも散見されるようになってきた。

二人は朝起きてから夜寝付くまで、突然兵士達に声を掛けられるのではないかと妙な緊張感を常に感じるようになっていた。

そして、或る朝のことである。いつもの様に朝食をとり、依頼を探しに行こうと宿を出ると、ドアから少し離れたところで話し込んでいた数人の兵士達と目が合う。彼等の内の一人が眉根を寄せるようにこちらを見つめながら近づいてきて「尋ねたいのだが、あなた方はサフィーリア殿とセンバ殿で間違いないか」と訊いてきた。そうです、と答えると今から王城まで付いてくるように指示される。


王城へ到着し、城内を進み、二人を連れた兵士の内一人が、巨大な扉の前で述べる。

「恐れ入ります。かの二人組を連れて参りました。」

中から「よい、入れ」と声が聞こえた。

扉が開くと、例によって玉座の間である。また行動不能かと思いきや、そうではないらしく、兵士達が手持ちの武器で中へ入るよう強引に押してくるだけだった。王は二十歳半ば程であろうか、まあそれなりに民衆ウケの良さそうな相貌ではある。隣には如何にもという風貌の宰相らしき男が控えていて、二人は何やら言葉を交わしていた。

宰相(見た目)がマイクの様なものが付いた棒の前に立ち「王の御前である、跪け」と言うと、途端に自由が奪われ、身体が言いなりになる。すると「良いのじゃ良いのじゃ」と王がニコニコしながら言うので、宰相ははあと言って「楽にせよ」と述べると体が自由になった。

次に、何やら巻物を開き、それではと王に一礼をしてから話し始めた。

「えー・・・そなた等は事前の告知に従わず、自身に利用予定の無いアカウントを多数発行し、他社への譲渡又は販売を行ったという、罪があります。これに関して、異論はありますかな。」

サフィーリアはいえ、と答える。

「・・・認めるのですな。では次に、これは最後通告となりますが、今後はその行ないを改め、譲渡や販売等の禁則行為を止めると誓っていただけますかな?もし、できない場合でも、相応の理由なあるならば、減刑も考慮します。調べたところによると、貴殿等には功績もあるようですからな。」

宰相は言い終えると、また二人に視線を移した。サフィーリアはいえ、と答える。

宰相は肩眉を上げ「困りましたな」と言って、王の方を振り返り、肩を竦めて見せると、二人に向き直る。

「相応の理由もなく、またその行為を止められないというのは・・・どういうことかな。」至って穏やかに訊かれ、サフィーリアはどうこたえるか少し思案し、「依存症なんです」と答えてみた。

王と宰相は顔を見合わせ、センバは「そうなの?」と訝しげに小声で訊いてくる。そんな訳あるかと思ったが、センバが余計なことを言って面倒にならないよう、いいからと軽く手を振って制した。

「なんと可哀想に」と王が何故か真に受けたような言葉を漏らすと、宰相もうんうんと頷いている。そして「宜しい。では、沙汰を言い渡しましょうか。」と宰相が言い出す。そんな理由がまかり通るのかとサフィーリアとセンバは思ったのか「へ、へぇ」と、何とも言えない相槌が二人同時に出た。宰相は一つ咳払いをして話し始める。

「改善できないという場合、本来ならば厳罰に処するところである。が、とても幸運なことに、実は王がサフィーリア殿を后にと仰っていてな。更に、貴殿が極悪人であればどうしようもないところであったが、本件に関しては病気によるもので、仕方がなかったと言う。」

一度話を止め、宰相は少し振り返ると、王が大きく一つ頷いて見せた。

「よって、貴殿を王の后として迎え、その病に関してはこれから国の最先端技術と王の寛容な御心でゆっくりと治療していく、ということで、一件落着ですな。」

そう言って宰相は巻物を閉じる。サフィーリアは啞然として言葉を失ってしまう。「いや・・・いやいやいやいや、ええ!?ご冗談ですよね?」とセンバが動揺した様子で言った。

「ははは、冗談なものか。センバ殿は我々がその様な事を告げるために貴殿等を呼んだと思うのかね」宰相は平然と答える。それに、と付け加えて「サフィーリア殿の状態を鑑みると野放しにはしておけず、かと言って厳罰に処するのも可哀想だと王も仰っておられるし、そうなるとやはり、一つ所に留まり療養することがよろしいでしょうな」と取って付けたような理由を述べた。

「サフィーリアさん・・・!なんか物凄い方向に進んでるんだけど、何も言わなくていいの?」と不安げな表情でセンバに声を掛けられて、ようやく少し我に返った。冗談じゃない、と心の中で呟く。

「も・・・申し訳ありませんが、そのお話は辞退させていただきたく存じます。エルフの女なら、他にも沢山いると思いますので。」まだ頭がうまく回転しないのか、サフィーリアは辞退の旨だけ述べた。すると、王がすくと立ち上がって口を開く。

「其方はいけずじゃのう。エルフの女なら良いという訳で無いのは分かっているだろうに・・・」そう言って、ゆっくりと彼女の方へと歩み出してくる。

「あ、お前はもうよいぞ。今迄御苦労だった」と言って、ついでの様にヒラリと手を扇ぐとセンバは突然光に包まれ、講義と疑問の入り混じった叫びを上げて彼は消えてしまった。

サフィーリアはゾッとして飛び退るかのように立ち上がった。対して王はにこやかな表情のまま「なに、恐れることは無い」と言う。そのまま更に近づいてくるため、距離を取ろうと、彼女はゆっくりと後退りする。魔法やスキルの類は使えないようで、アカウントを確認したら宰相も指摘してきた。

仕方ないと、手持ちのアカウントを一括で操作する。「何故抵抗したがるのか」と宰相は困った様子で言い、王は余裕の表情で彼を振り返り、突然のことで不安なのだろうと答えた。

「さあ、こちらへ」と王が手を伸ばした刹那、サフィーリアの体は俄かに光を纏い始める。「まさか」と宰相は驚き、周囲の兵士達も焦りを見せる。彼女には今しがたセンバに起こった事と同様の現象が発生している。

「お前等な、何でも思い通りに行くと思ったら大間違いなんだよ!捕まってたまるか。そもそも・・・ただちょっと金稼ごうと寄っただけの国に、もう用なんてねー!」

都合よく、言い切って思い切りドヤ顔したタイミングで彼女は光の粒子の様になって霧散した。最後の瞬間に見た王は、驚きと悲しみを綯い交ぜにした様な表情で、差し出した手も降ろさずに固まっていた。


国境の壁外にて、自身を包む光から解放された彼女は、ほんの束の間物思いに耽った後、壁沿いに歩き出した。

暫く歩き続け、感覚的には半日くらい経ったのではと思う頃、しゃがみ込んで頭を抱えている青年を見つけた。

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