二話目
ボレロはまず初めに、ブックを手に取り開いた。真っ白なページから浮かび上がるように自身の基本ステータスが表示される。
ゲームの時より少しステータスが低くなっており、クラスがオークと表示されている。ゲームよりステ低いな、クラスもグランドオークじゃなくなってる、と呟いた。また人ではないからか、レベルが無く、得た経験値をステータスのどれかに付与していき、一定値を超えるとその値が上昇、場合によってスキル習得という方式であった。装備はどうなんだろ、と呟くと独りでにページが捲れ、開いたページに装備のリストが表示された。アバター装備はゲームと同じナイトシリーズという一式で、一般装備もほぼそのままに近いスペックだった。
次に、アカウントのカードを出して見ると、突然データの画面がポップアップのように浮き出してきた。ハイテクだな、と呟きながら確認すると、各ステータスの強化値やマップ、規約、各種説明等、複数のタブが存在している。強化値や獲得ポイントは当然の如くゼロで、とりあえずマップで近くの村の位置を確認した後、とりあえずちょっとは強化しときたいし魔物でもいないかな、と言って移動を始めた。
暫く歩いていくと、猫の様な獣が愛嬌を感じさせる鳴き声ですり寄って来た。どうしていいのか分からず見ていると、それを隙だと感じたのか、突然ぎゃあと叫んで襲い掛かって来た。ボレロは驚き、目を瞑ってしまったが、体が勝手に剣を抜いてその獣を切り裂いていた。ポイントと経験値が入り、ドロップアイテムとして牙が残って腰に下げてある袋に吸い込まれた。吃驚した、無意識に切ってしまった、とぼやいて、他にもいるか見回すが、それらしい気配は感じられなかった。あれはちょっと心が痛むかな、と言ってまた歩き出した。
目的の村からまだ少し離れてるくらいの位置に差し掛かった時、遠吠えのような音と、血の臭いのようなものを感じた。
立ち止まり辺りを見渡すと、瞳をギラつかせた狼の様な獣達がボレロを囲むようににじり寄って来ていた。その状況に驚き、ひるんだ拍子に獣達が一斉に襲い掛かって来た。恐怖を感じ、急いで抜刀して対応した。敵に早さは感じるものの、剣の一振りで倒せる相手がほとんどで、またダメージを受けてもそこまでの痛みは感じなかった。だが、中に炎を吐いてくる獣がおり、盾で受けきることができずスキルの使い方を確認し忘れたことに気づく。リフレクションが使えればなあ、と思い、ダメもとで力んでリフレクション、と叫んでみた。すると、急に体から力が抜けるような感覚があり、光が全身を包むように出現した。炎はその光に阻まれているのか、ボレロは殆どダメージを受けなくなり、その炎は吐いた獣へと跳ね返った。ただ、リフレクションはゲーム同様に物理攻撃は通すらしく、ああそうか、と言ってプロテクション、と叫ぶ。すると、別の色の光が体を包み、物理攻撃のダメージが更に少なくなったように感じた。時間が経つと自信を包む光が明滅を始め、それが効果時間の終了を意味するようだった。
一撃のダメージは大した威力は無く、調子に乗って戦い続けていたが、次第におかしくないか、と思い始める。いくら倒しても全く数が減る様子が無い。ボレロはスキルを使う度に少しずつ気怠さの様な感覚が強くなって、今は大分怠かった。そして、攻撃を受け続けた体もヒリヒリと痛みが気になってきている。これはまずいかも、と思って眼前の獣達を集中的に対処しながら村へ向かって駆け出した。
村のすぐ傍まで来ると、さすがに獣達は追って来なくなり、ぐったりしつつも安堵して村の入り口に行くと、一人の兵士が現れ、アカウントカードを、というので見せると中へ通してくれた。通る際、兵士にアイテムの換金所だけ場所を確認した。
教えてもらった換金所へ行き、アイテム袋を眼前に持ち上げると、拾得したアイテムのリストが表示された。
「ウォルフのドロップアイテムか、ずいぶん集めたな」
そう換金所の男が言った。ボレロがいくら倒してもキリが無かったと言うと、ウォルフの群れはそういうもので、外から来た冒険者はこの村に着く前に襲われそのまま亡くなる者も多いと聞かされた。あまり相手せずに立ち塞がる奴だけ倒してやり過ごすか、他の町に行くのがセオリーらしい。
アイテム自体の単価はそこまででもなかったが、数が多かったおかげで結構な額に換金できた。
ボレロは宿と食事処の場所を聞き、換金所を出た。
まずは食事だな、と勧められた店に入り、念の為金額を確認してから注文した。適当な席に着いて、食事をほおばりながら、アカウントカードとブックを確認した。ドロップアイテムもそうだったが、ポイントや経験値も結構な量貯まっていた。これはステ結構上げられそうだなあ、と思っていると、一人の青年が声を掛けてきた。
「こんにちは。君、冒険者だよね?」
ボレロは相手の方を向き、いやまだ未登録、と答えた。青年は少し困ったように、そういうことじゃなくて、と返し
「ごめん、分かりにくい聞き方だったね。国外から来たよねっていう意味なんだよ。」
そう言いながら、青年はボレロの向かいに座った。何か用か、と問うと、この村に立ち寄る冒険者がそこまで多くないので珍しかったらしく、いろいろ話したいと言った。ボレロは門から近いのに意外だな、と思った。
ちょうどいいので、ポイント制度に関して尋ねたが、門番以上の情報はあまり持っていなさそうだった。
青年は冒険者にあこがれているらしく、しきりとこれまでの経験や魔物に関して聞いてきた。青年に、冒険者にはなれないのか、と聞くと、国内の者は誰でも冒険者になれると言ったが、ただし、と付け加えてくる。
「冒険者以外は、基本リミテッドアカウントって言って、普通のよりも制限されたアカウントなんだ。冒険者登録する人は、このアカウントを外の人と同じのに変更することで制限を解除できるんだけど、代わりに衣食住のお金とかの優遇措置を受けられなくなるとか、そういったデメリットもあるんだ。それに、私みたいな普通の農民は制限解除しても大して能力値は出ないから、基本ステータスが高いとか、特殊スキル持ちだとか、そういった人以外は、補助する人でもいないと魔物を倒せないし、加えて言うと、その補助してくれるような冒険者自体も殆どいないよ。何だか、経験値とかドロップアイテムとかのトラブルが多いらしくって。
後は、兵士登録っていうのもあるけど、これは本当に限られた人だけで、例えばお金とか、ステータスの高さとか、所持スキルとか条件が結構厳しいんだ。でもステータスが補助強化されて、階級が上がるとその強化値上がるしスキルも付与されるらしいよ。」
と説明してきた。ボレロは一通り食べ終えたタイミングで、じゃあ力試しついでに補助してやるよ、と青年に言った。名前を聞くと彼は「農民1008」だと答えた。リミテッドアカウントだとそんな感じの名前らしい。
ボレロと農民1008はまず、アカウント登録用端末の場所まで行った。といっても、依頼斡旋所の冒険者登録用端末と兼ねているようだった。
農民1008は嬉々とした表情で、ボレロに説明しながら登録作業を行なっていた。
「変更と言っても、単にここでアカウント登録と冒険者登録するだけなんだ。ほら、確認メッセージ出てるでしょう?“このアカウントは制限がない代わりに・・・”って。何て名前にしようかな・・・」
そして徐に“ポークカレー”と入力した。ボレロは驚いて、ちょっと待て、と確定する前に農民1008を引き留めた。ゲームだったらありだけど、と思いつつなぜその名前にしたのか尋ねると、
「この村に所縁のある英雄が10人いるんだけど、その中でも私はポークカレーさんを一番尊敬してるんだ。他に使ってる人がいないといいな・・・」
そう言いながら、農民1008はアカウントと冒険者登録を「ポークカレー」という名前で登録した。すると、端末からカードとバッジが出てきた。バッジを翳しながら、冒険者登録するとこれがもらえるんだ、と言ってきた。ボレロが、ところで農民1008のリミテッドアカウントはどうなったのかと聞くと、どうも何も、もういらなくなったから破棄するだけだけど、と答えた。
加えて、「殆どのリミテッドアカウントは経験値が入らないようになってて、その代わりに年齢に応じて特定のステータスが上昇していくっていう仕組みなんだよ」と言った。
へえ、と返しながら、今までの一連の流れを見ていたボレロは、
「なあ、もしかしてなんだが、俺も新しくアカウント作れるのか?」
と尋ねると、ああできるよ、と事も無げに返された。わざわざ冒険者を止めて農民や商人、兵士とかになる人もいるからね、と言う。ボレロは、ポークカレーの話を聞くともなしに聞きながら、端末を操作して自身の冒険者登録と、二つのアカウントを作成していた。そして、複垢できるんじゃん、と呟いた。
それじゃあレベル上げがてら、依頼も受けてみませんか、と何故か敬語で話しかけてくるポークカレーに連れられ、カウンターでバッジを見せた。どうやら冒険者のランクによって受注可能な依頼が決まるらしく、登録したばかりの二人はさして大きな依頼は受注できないようだった。ランクアップは達成実績と冒険者の強さが関係するらしい。この辺だったら何とかなるかも、と低級の魔物討伐依頼を指差してきた。ボレロにはそれがどの程度の敵なのかわからないため、とりあえずポークカレーの選んだ依頼を受けることにした。
ふと気になって、装備はどうするんだ、と聞くと彼はちょっと恥ずかしそうに包丁を見せ、あとお鍋とかお盆くらいならあるけど、と言った。ボレロはちょっと引きつった顔で装備屋に引っ張っていって、一番安い剣と鎖帷子を、貸しだからな、と言って渡した。残金を見ながら、へとへとになるまでウォルフと戦ってて良かったかも、と少し思った。
依頼に記載してあった場所に向かう間、ボレロはポークカレーに経験値とドロップアイテムについて聞いた。カードからパーティーを組めるらしく、ボレロに対して一生懸命説明してきた。
「アカウントカードにパーティーのタブがあるでしょう?そこから他の人を招待することができるよ。パーティーを組むと、経験値は均等配分されて、ドロップアイテムは各自ランダムで取得できるような仕組みなんだ。依頼の報酬は相談次第なんだけど、大体その三つが原因で発生するトラブルが多いんだよね。あと、冒険者登録すると、依頼っていうタブが増えてるでしょう?そこで今回受注した依頼を確認できるよ。」
と言って、いいよね、と自分を招待するように促してきた。
ああ、と答えてポークカレーに招待を送り、他二つのアカウントにも招待を送ってみた。そういえば、と言ってポークカレーのステータスを聞くと、慌てたように、本当に大したことないんだ、と言った後に、パーティーのところから確認できるよ、と答えた。見てみると、体力と筋力は多少有るようだが、それ以外は目立つところは無かった。
あれ、とポークカレーが声を上げ、パーティー四人なんだけど、と言ってきた。ボレロはカードを三枚見せ、貸しがいろいろあるだろ、手伝えよ、と言った。
現地に到着すると、目に見えて分かるほど特定の魔物が多かった。依頼内容を確認し、その大量発生した魔物の討伐を始めた。ボレロはポークカレーを後ろに下がらせ、自身にバフとヘイトアップを掛け、襲い掛かってくる魔物達を薙ぎ払っていった。すごい、と後ろでポークカレーが感心している声が聞こえた。
数時間程度経過するころには、大体の魔物がいなくなった。これって目的以外の魔物も倒して問題ないよな、と聞くと、そういった条件は無いよ、とポークカレーは依頼内容を確認し、カードをしまいながら答えた。ボレロは少し手を緩め、ちょっとは戦うか、と訊いてみると、驚いたようにこちらを見、そして不安そうな顔つきで、もっとステータス高くなったらで・・・と答えた。よく見ると、構えた剣の切っ先が震えていた。ボレロは残った魔物も一通り討伐し、村へ戻ることにした。
帰り道、ポークカレーは、とても興奮した様子で感動を口にしていた。
「初めての野営、初めての戦闘、初めてのレベルアップ、初めての依頼とその達成、冒険したって感じがします!」
戦闘はしたって言えるのか、とボレロは心の中で突っ込んだが、これからはもっとたくさんのこと体験することになるな、と適当に言葉を返した。彼は喜んで頷いたが、ふと
「そう言えばスキル発動するときにスキル名叫ぶんだね、あれ恰好良かったなあ」
と言ってきた。叫ばなくても良かったのか・・・と恥ずかしく思っていると、私もやってみようかな、と言い出した。
ボレロは背中に変な汗が伝うのを感じ、慌ててあれはより敵の注意を引くためにわざと大声出しただけだからと、適当に理由を作り、敵に行動パターンを読まれるから止めておけよ、と釘を刺しておいた。
ポークカレーはそんなボレロの様子に気づいていないのか、ただただ感心するばかりであった。