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1-8

 ギルドの朝は、大変だ。

 昨日あれ程暴れ回って、飲んで喰って大騒ぎした連中が朝目覚めると、またとてつもない量の朝飯を食っていく。


 あんだけ飲んで二日酔いもしないとは……。ああ、頭が痛い。


 朝食自体はピンクのフルーツ盛り合わせに鮭のような魚を焼いたものと、小ぶりな小さな野菜を蒸したものだけだったが、これをまた競うように喰っている。


 こいつらどんだけ食えるんだよ……。


 朝飯を喰うと、我先にと依頼掲示板に押し寄せる。

 俺も負けじとララーさんに前もって断りを入れて依頼掲示板前に行った。


 冒険者ギルドなんだ。仕事もやってやろう。俺はなんでもやるさ。


 しかし、もみくちゃにされたあげく昨日の食事の時と同じく、放り出された。

 唯一違った所は、昨日のようにマシュマロのように柔らかな聖地に着地できず、地面に落ちて何回か跳ねた後、井戸に頭をぶつけたぐらいか。


 二日酔いで頭がグルグルするってのに、余計に頭が痛くなるじゃないか。


 起き上がると、依頼掲示板の前には誰一人おらず、最後に残っていた1枚の依頼を手にララーさんのいるギルドの食堂へ歩いていった。

 依頼の紙には報酬額が100シルヴィと書いてあった。


 これは高いのか、安いのか……。

 相場が分からないな……。ララーさんに後で聞くか。


 食堂に帰ってきた。


「あらー! ヒロトくん血だらけじゃないの!」

「え? そうなんですか。まぁいいか。手伝いますね」

「え?! 大丈夫なの?」

「はい、何も問題ありませんよ」


 一度死んでから、心なしか痛みや死の恐怖に鈍感になったような気もするが、まぁ気のせいか。

 あ、そうだった。相場相場。


「ララーさん、昨日の泡のあるアルコールって1杯いくら?」

「ルービーのことね。500シルヴィよ」


 ルービーって、業界用語みたいだな。

 その後も色々な物のおよその価格を聞いてみたが、貨幣の価値はほとんど変わらないようだった。ありがたい。


 朝食の後片付けがある程度落ち着いた頃、ハンマーフォールさんたちが出かける所だった。


「あれ? ハンマーフォールさん依頼掲示板には行かなかったんですか?」

「おい、失礼だぞ! 不死者(アンデッド)

「なっ……!!」


 クライフ睨みつけながら近付いてきた。

 それを手で制するハンマーフォールさん。


 クライフという奴はホント失礼な奴だ。俺は不死者(アンデッド)じゃないって何度言えば……。

 

「クライフ。お前、想像力に欠けるぞ。ヒロトは昨日来たところだ。まだ依頼のランクについても知らんだろう」

「はあ、それもそうですね」

「ランク? ですか」

不死者(アンデッド)。お前が知る必要はない」

「おい、クライフ止めないか。何も知らないヒロトが勝手に依頼を受けてみろ。町中からクレームがこの冒険ギルドに届くぞ。そうなればどうなる?」

「……。嫌な言い方をしますね。ハンマーフォールさん」

「お前がクレーム処理でこれ以上激務になられたら、俺も困るからな。お前の為にもヒロトに教えてやるんだな」


 クライフがこちらを睨みつける。


「おい、不死者(アンデッド)。俺が今から貴様に説明してやる。感謝しろ。あと二度は言わないぞ」

「さんざん嫌味を言われて、はいそうですかと俺が言うとでも思ったか? お前なんかに教えてもらわなくても勝手にやるさ」

「おい……!! ヒロト」


 片手で頭を鷲掴みにされた。手の大きさで分かる。ハンマーフォールさんだ。まるでUFOキャッチャーのアームがでぬいぐるみを掴むように……。


「お前は、静かに聞くんだ。分かったな?」

「は、はい……」

 

 

 クライフが小さく溜息をついて説明を始めた。

嫌そうな顔をしながら、仕方なくといった様子だ。


不死者(アンデッド)。お前が行った依頼掲示板は、ランクG~ランクCまでの依頼が貼ってある掲示板だ。ランクB以上の依頼については、部屋に封書でやってくる。蝋で固めたシーリングスタンプをしてな」

 

 クライフが現物を見せてきた。

 シーリングスタンプってのは、あの赤い何かの文字とかが入って手紙にグチャッとくっついた感じのアレのこと。

 

「封書の中身は何が入っているか分からない。封書を受け取り開封した瞬間、その依頼を遂行する義務が生じる。中身を確認してから断ることも可能だが、その時は依頼主からの本来の報酬額の半分を支払わないとならない」

 

 ハードだな……。

 依頼主からの依頼額が元々10,000シルヴィだったとしたら、1人目が断ったら5,000シルヴィを支払わないとならない。

続けて2人目が断れば1人目の5,000シルヴィと2人目の5,000シルヴィで、3人目の冒険者は依頼を遂行すると20,000シルヴィを貰えるということなんだろう。


「しかし、クライフ」

「早速呼び捨てか。いい度胸だな不死者(アンデッド)。まぁいい。俺も『さん』付けで呼ばれるのは嫌いなんでな。仕方がないがクライフで結構だ」

「じゃあ遠慮なく、クライフ。ギルドは依頼をこなしてナンボだろ?そのやり方じゃ、面倒な依頼は断られてばっかりじゃないのか」

「そうとも考えられるかもしれんが、困難な依頼は残れば残る程、報酬が多くなる」

「それはそうだが」

「およそ見当はついているかもしれないが、元々の依頼主が提示した報酬額の半分と冒険者が断った回数が上乗せ金額になる」

「なるほどね」

「断ったキャンセル料は常に初めの報酬金の半額だから、断る奴が2人になれば依頼額の2倍の報酬を手にすることができる。10人断れば6倍だ。6倍もあれば色々な方法を考え出す奴が出てくる。例えば……」

「複数人で依頼を達成するとか……?」

「ああ。それが一番多い方法だな。他にも色々とあるが、いずれ目にするだろう」


 肩にズシンと重いものが乗ってきた。ハンマーフォールさんの手だ。

 

「ガハハハ! ヒロト、一緒にパーティを組める日を楽しみにしているぞ」

「は、はい!」


 改めて依頼の内容を確認してみた。


 ≪道具屋でフライパンと包丁、肉屋でボタン肉200シルヴィ分、それに父ちゃんが大好きなルービーもビンで3本。父ちゃんルービーを切らすと機嫌悪いからさ。依頼主 約束を守る男≫


 これって、所謂、正にガキのつかいってやつか。

 依頼主の名前もふざけてやがる。何が約束を守るだ。母ちゃんのおつかいも碌にできない坊主のくせに。

 それより報酬額の100シルヴィって、買い出しにいる金額は別だよな?

 考えていても仕方がない。とりあえずこの約束を守る男とやらに会いに行くか。


 依頼主の家の前についた。

 特に裕福そうな家でもなく、貧乏な感じもない。ごく普通の家だ。

 とりあえず、木戸をノックした。

 

「すみませーん。依頼の件で来ました。冒険者です」

 

 家の中が急に慌ただしくなった。

 木戸が開くと一緒に少年が胸倉を掴んできた。


「おい! ノロマ! デカい声を出してるんじゃねぇやい! って、お前酒臭いな」


 胸倉を掴んだ手を離した少年。ブツブツと何かを言っている。


「初めての仕事なのに、初めての二日酔いも重なって、辛いんだ。すまん」

「へっ、ビギナーかよ」

「依頼書にあった買い物をしたらいいのか?」

「ホント、酒臭いな……。購入にかかる金も出す。プラスで報酬も用意した。少ないが勘弁してくれよな」

 

 なんか大人びた奴だな。背の感じ小学3、4年ぐらいにしか見えないが。

 

「俺は別に母ちゃんからの依頼を(なま)けたい訳じゃないんだ。念のため言っておくけどな。ただ、男には守らないとならない約束ってもんがあるんだ。分かってくれ。母ちゃんに嘘を付くようで嫌なんだが、俺も男だ。約束だけは(たが)えたくねぇ。それぐらい大事な約束なんだ」

「そうか……」

「ああ、絶対人には喋れないが、男は一度交わした約束は違えられねぇからな」

「………」


 少年がチラチラとこちらを覗くように伺い、ソワソワし出している。


 これは、聞いて欲しいんだろうな……。

 約束ってのが何なのか、聞いて欲しんだろうな。

 

「その約束って……」

「ダメだ! あんたがいくら俺の依頼を受けてくれるからって、それは踏み込み過ぎじゃねぇかい?」

「そうだな。すまなかった。もうこれ以上は聞かな……」

「仕方ねぇ。あんたがそこまで頼んでくるなら、俺も男だ。言ってやるよ」

 

 少年が流し目で笑いかけてきた。

 すーっと息を吸い込むと一気に喋り出した。


「俺には将来を誓った相手がいるんだ。まだ付き合ってはないが、今日は一緒に絵の宿題をすることになってるんだ。その為に俺は公園近くの海岸に行かないとなんねぇんだ。俺も面倒だとは思ったよ。でも将来の嫁からのお願いだったからな。断りきれなくてよ。ああ、この年で、もう束縛されちまうのかな俺。へへ。まぁ、あんたには無縁の話かもしれねぇがよ」


 なんかすっごい早口だった。

 「へへ」とか含めても全て早口だった。練習してたのかな、この少年……。


 言い終えた後、俺が何も言わないので、明らかに表情に不安の色が(にじ)み出してきている。

 ここは俺もこの少年を大人として扱ってやるか。


「なるほどな。お前の決意、伝わったぜ。買い物は俺に任せな。彼女を泣かせるんじゃねぇぞ」

「年だけが俺より上ってだけで、偉そうだなあんた。でも今日ばかりは依頼を受けてくれたあんたに感謝だぜ」

「今日のお前の行動について俺は何も知らなかった。そういうことにする。上手くやれよ。少年」

「ああ、あんたもな」


 自然と拳と拳を突き合わせていた。

 少年。これが男と男の誓いだぜ。まあ、俺もよく知らないが。

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