1-7
ガヤガヤと外が騒がしくなったかと思うと、入口の扉を開ける音がした。
ドタドタとガタイの良い男たちがギルド内に入ってきた。
「あら、お帰りなさい」
「「ララーさん、ただいま!!」」
見た目に寄らず、礼儀正しい男たち。続々と帰宅者が増え、20席あった椅子は全て埋まってしまった。
俺は、用意された大皿を運ぶ。見たことも無い程大きな魚をただ焼いたシンプルな料理だった。次の皿には豚にもイノシシにも似た獣をただ丸焼きにした料理が乗っていた。それをふらつきながら運んだ。
皿がテーブルに置かれた瞬間、ゴングが鳴らされたかのように男たちが競い合って自分で切り分けて食べていく。
ワイルドな食事だなぁ~。
「よく頑張ってくれたわね。ヒロトくんも食事にしたらいかが?」
「はい。ありがとうございます。料理はどこで食べたらいいですか?」
「あ。特に考えてなかったわ。あそこに混ざって食べてみる?」
ララーさんが指差した先は、今まさに料理を運んだ男たちが食事という闘いを繰り広げている食卓(決闘場)のことのようだ。
いやー、厳しいっす……。
でも、これまでのララーさんの恩に報いる為にも好き嫌いは言っていられない。
例え、まだララーさんが俺に本気じゃなくても……!! 男は惚れた女に語るのさ。その背中でな!
「じゃあ、俺も混ざってきます!」
ララーさん。見ててくれ、俺の雄姿を!!
戦に出るような覚悟を決めた。手にはフォークとナイフそして、自分用の小皿。
「うおーーーー!!!!!」
大きなテーブルに突っ込んでいった。
「俺のボタン肉を奪うんじゃねぇ!!!!」
そう怒鳴られたと思ったら、太い腕で押し出されて吹っ飛んだ。
ピュ~~~~~ン。
ポヨン。
床に叩きつけられると思い目を瞑っていたが、何か柔らかいものに着地したようだ。
優しい感触、赤子の頃を思い出される懐かしい匂い。そして、安心する暖かさ……。まさに癒しの世界……
もう、薄々気付いているんだけど、もう少し目を瞑っておこうか。う~ん。とてつもなく悩むが、今脳内にある妄想を具現化したい。
視覚の誘惑に勝てず、思い切って目を開いた。
やはりララーさんの胸の谷間だった。
うひょ~~~!!!!!
「あらぁ。ヒロトくんったら、そういうのはまだ時間が早くないかしら」
ララーさんはただ笑ってそう答えた。
俺としては、動揺して頬を一発ブタれるぐらいの覚悟はすでにできていたんだが、ララーさんの優しさは俺の予想を遥かに越えていた。
こんな女性がこの世界には存在するのか……!!!!
ララーさんから離れて、頬に残る余韻に浸っていると、それまで食事というバトルを繰り広げていた男どもが手を止め、こちらを睨んでいることに気付いた。
「てめぇ……、俺たちのララーさんに手ぇ出しやがったな!」
「こんな奴、ぶっ殺してやれ!」
「「うおーーーーー!!!!」」
20人が襲いかかってきた。ララーさんが止めようと前に出てくれた。
俺はララーさんの右肩に後ろから手をやった。
「ララーさん、下がって!!」
こんなに素敵な女性に何から何まで俺は世話になるつもりか?
好きな女を護りながら死んでいく、それも漢だろ?
俺はララーさんの前で両手を広げて歯を食いしばった。
その時、勢いよく入口のドアが開いた。
日本人が初めて西洋人を見た時、天狗と間違ったとされる説がある。
それ程大きく顔が真っ赤で、鼻が高かった印象が強いのだろう。
俺は天狗を間違えた人の気持ちが今なら分かる。このデカさはなんだ?
高さ2mはある扉をくぐるようにして、その大男は室内に入ってきた。
俺はこの男を知っている。俺たちが乗る馬車とそれを引く馬とを分断したあの大男、ハンマーフォールと呼ばれていた男だ。
大きなハンマーを引きずりながら歩いてきた。そのハンマーのもう片方は斧のようになっている。相変わらず豪快に笑っている。
「ガハハハ!! 大漁ぉ! 大漁ぉ!!」
俺に襲いかかってきていたギルドの20人も動きを止めた。
「は……」
「「ハンマーフォールさん!!!!」」
20人全員が声を揃えて、大男の名前を声に出した。
大男のハンマーフォールはその風体から怖がられそうなものだが、怯えるどころか、皆が彼の帰宅を喜んでいるようだった。
叫んで、泣きすぎて嗚咽する奴も現れる始末。
おいおい。なんなんだ。このおっさんは。
「おー、死に損ないの少年が立っているではないか」
「新人のヒロトくんですよ」
「なっ! ララーさん、こいつをこのギルドに入れたんですか?!」
「クライフ少し黙ってろ。名はヒロトか。少年」
「ハンマーフォールさん、よろしいですか?」
絶叫していた一人がハンマーフォールに耳打ちをした。
「なに?!」
ギロリと眼光鋭く、ハンマーフォールが俺に向かって眼を剥いてきた。
「貴様、ララーの胸にダイブしたのか?」
あまりの威圧感にしどろもどろしてしまった。
「あ、いやその、あれはですね。いわゆる事故というか」
大きな手の平が降りかかってきた。
うわー!! 殺される!!!
眼を瞑った俺の肩に大きくて暖かいものが置かれた。それはハンマーフォールの手だった。2、3度軽く叩かれた。
「ヒロトと言ったか。なかなかやるじゃねぇか!!」
「へ?」
「ライトブリンガー家のご令嬢を助けただけでなく、どさくさに紛れてララーとも仲良くなるとはな」
「はあ」
俺が助けた? いや、ライトブリンガー家の令嬢はサラの事だろ? 彼女は俺が助けた訳じゃない。それはこのハンマーフォールも知っているはずだが……。なんだこの違和感は。
「グティエレスがお前をここに運び込むと判断したのは正解だったな。気に入ったぞ。ヒロト」
「グティエレスという人がなぜ俺を助けたんです? なぜ俺はここに?」
「まぁ固いことは言うな。そういう小難しいことは、また今度改めて話してやる」
肩に腕を掛けられた。
お、重い~!!
「よ~し、今日はヒロトの歓迎会だ! 俺が全て出すぞ!! 飲め! 食え! そして騒げ!!」
建物中が揺れる程、歓声が上がった。いつの間にか人も増えていて、お祭り騒ぎのようになった。
「ヒロト! よろしくな! おれはイヴァン・ビアホフと言う。まぁここにいる奴らは俺のことをハンマーフォールとか言ってやがるがな」
「よ、よろしくです……。ハンマーフォールさん」
この人の笑った顔に惹き込まれた。自然と「さん」付けで呼んでいた。
いや、信じ切っちゃダメだ。この人たちは俺を殺すかどうかで相談していたんだ。
ハンマーフォールさんには特注のジョッキ? 特大ピッチャーがあり、それでビールのようなアルコールを流し込む。
流し込む度に喉は大きな音を立てている。
促されて俺もビールを飲むことにした。空きっ腹にはビールが浸みる。いや、酔いが回るぞこれ。
イノシシのような獣の肉が切り分けられ俺の前にも出された。
焼き加減が絶妙でナイフがスッと入る。腹が減り過ぎてもう我慢が出来なかった。もし、俺を殺そうとするのであれば、何もこんな皆が見ている所で殺さなくてもいいはずだ。
大丈夫。この肉は喰っていい。って、そういうことじゃなく、俺はこの肉が喰いたい! 喰って死ぬならそれまでだ! おりゃ!
頬張ると肉汁が溢れ出し、身体の隅々には力が行き渡り、身体の中から燃えるような気になった。
「うんま~~い」
おっと。俺としたことが、言葉に出してしまっていた。
フルーツも色々とあった。ピンク色のブドウみたいなものに、メロンかな?これもピンクだな。みかんっぽいのもピンク……。フルーツは全部ピンクかな。
ブドウの皮を剥くと中は薄いピンク色だった。
「あんま~~~い」
美味さは異常! 日本のフルーツも美味いけど、こっちのは美味さのレベルが違う。桁違いだ。くそ! なんて語彙力だ。まったく。
こんなに美味いフルーツ喰ったことないよ!
咀嚼すると、さらに身体の中から熱いものが湧き起ってきた。
ビールも進むぞ! どんどん飲める!!
「ガハハハ! おい、クライフ」
ハンマーフォールさんが青髪の男性を引っ張ってきた。この男もサラの救出の場にいた。
「こいつがクライフだ。誰よりも腕が立って、頭も切れる。すぐ頭に血が上るのがたまに傷だがな。まぁこいつあってのこのギルドだ」
「何言ってんだ。このギルドはあんたのモノさ。ハンマーフォールさん、あんたのように俺は人望もないからな」
ハンマーフォールさんがまた景気よく大声で笑っている。
ただ、クライフという青髪の男は俺に挨拶もしない。だが、じっとこっちを睨んでいた。
「俺はお前がここに居るというだけで虫唾が走る。この不死者が。人と同じように飯を喰うなよ」
「おいおい、クライフよさねぇか」
クライフはハンマーフォールさんに嗜められながらも、また険しい表情で俺を睨んでくる。
ハンマーフォールさんが慌てて、話題を変えた。
「ララーだけでは頼りないだろ。お前の世話役を見繕っておくな」
「何から何までありがとうございます」
「そう固くなるな。すぐに慣れるだろう」
ハンマーフォールさんが先ほどまでの豪快さとは打って変わって優しく笑った。
この人が慕われるのも分かる気がする。
俺を不死者かどうかだとか、皆もうそんなに気にしてないんじゃないのかな。あのクライフって奴だけで。
ああ、気持ちいいなぁ。ビールってこんな美味かったか?
頭がグルグルして、視点が定まりやしないや。
へへへへ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今は異世界に来てから2日目の朝。
目の前にいるのはハンマーフォールさんで、俺はこの人とクライフという青髪の男に命を狙われているかもしれない。
ハンマーフォールさんが人懐っこい笑顔を見せた。
この人が俺を不死者と疑っているとは思いたくはないが、信じ切る証拠はまだない。
俺はハンマーフォールさんやララーさんたちの事も思い出したついでに、この頭の痛みの原因も思い出していた。
人生初めての二日酔いというやつだ。
これが噂に聞く、二日酔いか。
そう思った途端、また気分が悪くなって、窓の外に汚物を吐き出した。
ハンマーフォールさんが笑いながら大きな手で俺の背中を擦ってくれた。
擦られながら決心したことがある。
いつ死ぬか分からないが、それなら、この異世界を精一杯楽しんでやる。