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こんがりと焼けた肉の最後の一切れを口に入れ、咀嚼して飲み下した。
波の揺れで少なからず吐き気はあるものの食べ物が食べられない程ではなかった。
海の上が苦手ではないのかもしれない。
「どうだ。船の上の食事は?」
フーガッタがそう言って、肩に手を置いてきた。
「悪くないな。海の上でボタン肉を喰えるとは思わなかったな」
真っ白のフキンで口を拭いた。食器を片付けようとすると、フーガッタが手で制してきた。
「あんたらは客だからな。食器ぐらいこっちで片付けさせるよ。」
「至れり尽くせりだな」
「まぁ、忙しくなるまでは、もてなすさ」
フーガッタは後ろを向き、笑いながら狭い食堂を出て行った。
腹が膨らむと瞼が重くなってきた。他の者たちが寝たり、呻いたりしている大きな寝室に向かった。
眼を閉じると、また昔の事を思い出し始めた。
■ ■ ■ ■ ■ ■
スラムに来てからどれ程経っただろうか。
時間の感覚が希薄で、何日経ったか分からなかったが、振り返って考えると半年程だろうか。ここに来てすぐは暮らしていけるなんて到底思えなかった。
それがもう数ヶ月は生きている。その分、飯も喰えているのだ。
いや、飯なんて上等なものでもないだろう。
トニーがやってきた。
何やら嬉しそうだ。その証拠に歩きながら、スキップをしている。
「トニー、そんなに浮かれてどうしたんだ?」
「いやー、浮かれているね。これが浮かれずにいられるかってよ!!」
なんなんだろ。今度は本格的にスキップし出した。
「何かあったのか?」
「俺たちスラム育ちには今日は特別な日なのさ」
「特別な日?」
鼻を啜るような仕草をしたトニーが得意気に説明し出した。
「ああ、そうさ。今日は俺たちの誕生日なんだ。本当はいつ産まれたかなんてのは誰も知らねぇ。だからよ、タイガーパンチたち皆で決めたんだ。俺たちの誕生日は今日にするって」
「へぇ。誕生日だったのか。それはおめでとうな」
「へっ、そんな言葉はいらねぇな。言葉の代わりに俺たちは皆で皆を祝福する為にとびっきりのご馳走を用意するんだ」
「とびっきりのご馳走?」
俺がそう聞くと、トニーは「ふふん」と自慢げに手を後ろ手に組みゆっくりと俺の周り歩き始めた。
「いいか。ダイナスティ。俺たちは今日の為にとびっきりの食い物を見定めてきている。盗み、スリ、狩りなんでもアリだなぁ。少し前から『これは』と思うものを探しているんだよ」
「そうだったのか。俺は何も知らず、そんなことやってきていない。すまない」
「謝るこたぁねぇよ。お前は年こそいっているが、ここじゃルーキーだ。ルーキーってのは先輩の背中を見て大きくなるもんだろ? なぁ、ダイナスティ」
今日はいつにも増してトニーの絡んでき方がきつい。喋り方も兄貴分を演じている。
「じゃあ、俺も最大限トニーたちを祝えるものを探しみるよ」
「まぁ、ルーキーが焦るこたぁねぇよ」
やはり今日のトニーは絡み辛い。
だが、とりあえず今日は皆にとって特別な日らしい。俺も世話になってきた。少しでも役に立ってやりたい。
そう思って考えてはみたが、やはり肉屋の切り落としを集めるのが一番割りが良さそうだった。
いつも肉屋の所に行き、本来地面に落ちるはずの切り落としを丁寧に集めて行った。
「おい、ボウズ。今日はやけに粘るじゃねぇか」
肉屋おやじが接客の合間に話しかけてきた。
話しかけてきたと言っても、テーブルの下に向かって話しかけてきたりはしない。立ったまま俺だけに聞こえるぐらいの声の大きさで話しかけてくる。これももう恒例となっており、俺も驚いたりはしない。
「今日は、皆の誕生日なんだ。だから少しでも豪華になるようにって、全員張り切っているんだよ」
「誕生日か。そいつは良い。お前たちには全く世話にはなってはいないが、祝ってやろうじゃねぇか」
そういった肉屋のおやじがゲンコツをテーブルの下に持ってきた。
「おい、おやじ。そんな手なんか差し出されても俺はどうすりゃ……」
ゲンコツにしてはやけに大きいと思っていたら、それはゲンコツでも何でもなく大きな肉の塊だった。
「この肉は傷み始めているからな。客には出せねぇから、お前らにやるよ。タイガーパンチらを祝ってやりな」
とんでもない量の肉を手に入れてしまった。
俺の顔を覆い隠すと言っても過言じゃないぐらい大きな肉塊だ。
初めて、この肉屋の下に潜った時にも多くの肉をもらったが、今回は比べ物にならない程大きな肉だった。
「ありがとう! この恩はいつか必ず……!」
「できもしねぇ約束はするもんじゃねぇよ。子どもは本来大きくなるまで親に面倒見てもらうのが仕事みてぇなもんだ。何も恩に着る必要なんてねぇのさ」
目頭が熱くなるのを感じた。しかし決して泣いてはいけない。ここではいつ誰に見られているか分からない。
仮に泣いている所なんかが見つかってしまうと、次の日から泣き虫呼ばわりされてしまうのだ。
涙なんてものは出ないに越したことはないってもんだ。
あいつら絶対驚くぞぉ。
再び肉塊を見つめながら、そう思った。皆が驚き、喜ぶ顔が目を瞑ると目の前に見えてくるようだった。
気持ちに余裕が生まれ、上機嫌に歩いていると、血相を変えた子どもがこっちに走って来た。
長い距離を急いで走ってきたようで、息を切らしている。
「どうしたんだ?」
「はぁはぁはぁ」
息が整うのを待った。膝に手を置きながら、肩で息をしている。
「た、タイガーパンチさんが……」
「タイガーパンチがどうした?!」
「パンを買おうとしたんだ。そしたら、スラムの小僧なんかが金を持っているはずがないとパン屋が騒ぎ出しやがって、役人に捕まった!!」
「役人にだと?! それでどこに向かっている?!」
「広場で見せしめに処刑するとか言っている。最近領主が代わった所で、新任の祝いを兼ねて余興がてら処刑をするとか言っていた」
処刑が余興……だと……? 冗談じゃない!!
「すぐにタイガーパンチを救いに行くぞ!!」
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この物語の1話目です。
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