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ここスラムで生きる子どもたちをどこかで軽蔑している自分がいるのかもしれない。
そう思ったのは、「苗字持ち」に対するここの奴らの反応が良くなかったことからだった。
なぜ、こんな掃き溜めにいる奴たちに偏見の目で見られなければならない。
ふとそんな感情が込み上げてきた。俺は心の底ではスラムの子どもたちを軽蔑している。こんなにも良くしてくれているトニーも含めて軽蔑して見ていることを自覚した。
しかし、そんな感情が数日で拭えるはずもなく、俺が苗字持ちとしてここの奴らに軽視されている、その事実は俺のプライドが許すことはなかった。
苗字持ちが使えない? 冗談じゃない。俺の何も知らない奴らに勝手に決められて、この掃き溜めで末端の存在になんてなってたまるかよ。
偏見に満ちたここの奴らの考えをここは変えてやるしかない。
ムキになっていた。しかしそれも仕方がないと思った。俺はこの間まで自分の家があり、両親とともに平和に暮らしていたんだ。
こんな薄汚い下層民に下に見られるのは侮辱この上ない。
タイガーパンチの前に立った。
タイガーパンチは背が高く、金色の髪の毛を逆立てている。真っ黄色のシャツが所々黒く汚れ、まさにトラの様な見た目だった。
そのタイガーパンチが俺を見下ろしてきた。
「タイガーパンチ。お前、苗字持ちは使えないと思っているんだろ」
「否定はしねぇな」
「どうせスリとか盗みばかりしているんだろ? 情けねぇな」
タイガーパンチが腰を曲げて胸倉を掴んできた。再びタイガーパンチが腰を伸ばそうとすると、それだけで俺は浮かび上がりそうになった。
「情けねぇだと? ここじゃスリも盗みも立派な仕事だ」
そう言って、タイガーパンチが凄んできた。
俺も負けじとタイガーパンチの胸倉を掴んだ。タイガーパンチはより一層背筋を伸ばしたので、俺は本当に浮かび上がった。
浮かび上がった状態の俺は胸倉を掴むというより、タイガーパンチのしがみついているように見えたかもしれない。
タイガーパンチが俺に顔を近付けてくる。激しく睨みつけてくる。
「半端者は黙ってな! 自分が生きる分ぐらい自分で稼いでみろ。それができた奴以外、ここでは誰も認めんぞ……!!」
要するに俺が使えるのか腕試しようってんだろ。
いいだろう。
俺はタイガーパンチに連れられて、出店が立ち並ぶエリアまで出てきた。俺たちが暮らしている暗く湿った場所とは違い、ここは明るく活気にも満ちていた。
「ダイナスティ。足手纏いにならない為にもしっかりと見ておくんだな」
タイガーパンチが連れていた奴が見本として、盗みをやった。
盗みといっても、地味なものだった。地面に落ちた試食用に切ったフルーツの切れ端を集めていた。
店主も見て見ぬふりをしている。度が過ぎると「シッシッ」と手で払われた。
見本を見せた少年はグチュグチュになった果実の実を手一杯に広げて、満面の笑みで得意気そうにこちらに戻ってきた。
タイガーパンチが俺を見て、顎を動かした。あれをやれと言うのだ。
少し戸惑った俺を見るなりタイガーパンチが嬉しそうに喋りかけてきた。
「苗字持ちにはできない仕事か? これだから苗字持ちは。何もできない癖にプライドだけはデカいからな」
タイガーパンチの嘲笑う顔を見て、カーッと頭に血が昇った。
なめんなよ。俺はなんだってできる……!!
見本を見せた少年同様、しゃがみ込みながら後ろから回り込み出店の台の下まで進んだ。
先ほどと同じ店ではフルーツの切れ端は無く、場所を代えることにした。
それを見ていたタイガーパンチたちがゲラゲラと笑い始める。遠くから複数人の子どもの笑い声が聞こえてくる。タイガーパンチの笑い方は引き笑いが多く、離れていてもすぐに分かってしまう。なんとも腹立たしい。
同じ店では切れ端がないことぐらい、アイツらには分かっていたのだろう。それなら教えてくれたっていいじゃないか。
そんなイライラとした感情のまま別の出店を探した。
2軒離れた出店の台の下に行った。
ハムのようなものの切れ端があった。ここは肉屋らしい。
肉の切れ端であろうものなら何でも拾い始めた。指の爪よりも小さな肉片でも集めた。
店主が先ほどと同様、手で払った。それでも俺は肉片を集め続けた。肉の臭いに釣られてか猫もやってきた。
ネコを手で押しのけて黙々と肉片を集める。
しばらく肉片を集めていると水滴が滴っていることに気が付いた。
雨でも降っているのだろうか。いや、ここは台の下なので雨なんかは落ちてきやしない。
集中して汗でも掻いたのだろうか。いや、手で拭ってみたが、汗なんか掻いてやしなかった。
しかし、水滴は落ちている。何の水だろうか。
不意に自分がしゃくる様に鼻を啜っているのに気が付いた。鼻水が垂れたと思い、鼻を拭うと頬も濡れていた。
眼の下に手をやると、眼から水が溢れだしていた。ここでやっと気が付いた。俺は無意識に泣いていたのだ。
分かった途端に今まで心に蓋をしていた感情が大波のように押し寄せてきた。
こんな切れ端を必死に集めて……、食えるかも分からんものを。
手で払われて……、俺たちは人間と認識されていないのだ。
石や砂、そして埃で泥だらけになったフルーツを集めて、満面の笑みを浮かべていた少年……、俺もいずれああなるのだろう。
タイガーパンチを見返してやろうと思って粋がって、自身を憐れむ感情に蓋をしていたのだ。しかし、一度流れ出した感情の水は蓋をしようとしても収めることはできなかった。
肉片を右手に握り締めたまま、その場でヒックヒックと肩を上げ、泣き続けた。
そのまましばらく時間が経ち、見かねた店主が人の少なくなってきた時を見計らい試食用の肉を3切れ渡してきた。
「分かったから泣くな。これでも食え。俺も昔、ひもじい思いをしたことがある。どんな状況でも絶望をするな。胸を張れ」
台で顔は見えなかったが、その言葉は俺に向けて発してくれた言葉だった。
奪うように試食用の肉を取ると、礼も言わず急いで皆がいる所へ行った。
俺が手を広げると、薄汚れた肉片の他に立派な肉が3切れあるのを見て、皆が驚きそして喜んだ。
タイガーパンチも肩を組んできて、気安く話しかけてきた。
「こんなに度胸の据わった苗字持ちは初めてだぜ!!」
嬉しかった。とてつもなく嬉しい感情で満たされた。それは仲間たちに褒められたのもあったが、肉屋の店主に人として接してもらえたことが一番に大きかった。
やり方次第では、こんな生活でも人として生きていけるのかもしれない。
そんな希望の火が心に灯った。
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この物語の1話目です。
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