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起き出した皆が船に乗り込んでいく。
ジャッカルさんがそれを気が抜けたように眺めながら、呟いた。
「我らがギルドの軍師様は奇抜なことを考えるものだ」
「奇抜だけではないな。奇抜で意地の悪い軍師様だ」
スターキルさんがジャッカルさんの横に立ち、そう言った。
その後、二人が何か話をしていた。
話しが終わると、スターライトさんがジャッカルさんの肩に手をやった。
知らないフリをして、俺は船に乗り込んだ。
船自体は木で出来ていて、鉄で繋げている。
船の長さはおおよそ、50歩程でこんなものが川に浮くのかと思うと、なんだか訳が分からなくなってくる。
船の中は思っていたよりもさらに広く、寝る部屋も多くはないが、用意されている。
トイレはないようだ。どうやって用を足すんだろか。考えないでおこう。
食堂も質素な者が少し付いているだけだが、無いよりマシだ。むしろこれが水の上だということが疑わしくも思える充実した設備だ。
これ程の船が存在すること自体知ったのが始めてだし、こんな大きな船が川を走れるのか?
そんなことを考えながら、船内を歩いていると船内巡回でフーガッタがやって来た。
フーガッタはテンガロンハットを脱ぎ、かしこまった様子で話してきた。
「我が商船の内部はいかがでしょうか? 大隊長殿」
「こんなデカい船持っていたんだな」
「本来は海で使う船だったんだが、クライフから川で使える大型船を要望されてな」
「クライフが……?」
「ああ、大型船といっても海じゃこれよりも大きな船はゴロゴロある。川じゃ大きすぎる船だと浅瀬に捕まるからな」
「この船だと大丈夫なのか?」
「それこそ、大船に乗ったつもりでいな!」
船がガタっという音を立てて大きく揺れた。
言った傍から揺れたので、フーガッタへ無言の訴えを見せた。。
「ははは……。任せない」
フーガッタの部下の者がやってきた。
「まだ眠れないようでしたら、飯も準備しています。食べられますか?」
「ダイナスティ。船酔いすると飯なんて喰えたもんじゃない。お前が酔いやすいのかは分からんが、まだ眠くないから腹に詰めておくか?」
「旅行でもないんだから、無駄に喰うと良くないんじゃないのか?」
フーガッタが上を向いて大声で笑った。テンガロンハットがフーガッタの顔の動きと一緒に動くので、大きな鳥が鳴いているようにも見えた。
「ダイナスティ。お前はボンボンのように見えるが、そんな細かいことを気にしているのか?!」
「な……っ!!」
「船なんてのは、閉ざされた小さな孤島だ。商人である俺たちが餓死するような物資量で乗り込んでいるはずがなかろう」
フーガッタがまだ笑っている。
憎たらしい奴だ。それに俺が金持ちの家で育ってきていると勘違いしていやがる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
父と母がいなくなった村を出てから、何日歩いただろうか。
子どもが1人で歩いているのが奇異に映ることもあるのか、時々人に呼び止められる。
何か喰わしてくれる人もいれば、こちらの状況に付け込もうとする者もいた。
奴隷として売られそうになったこともあった。男が趣味として買おうとしてくることもあった。
命からがら逃れながら、大きな街にやってきた。
街に入るとそのままズルズルとスラム街に行きつき、似た年の子どもたちといるようになった。
スラム街にもトニーという名前の奴がいて、勝手な親近感からか自然と仲良くなった。
トニーは、目は細く、鼻は大きく子供らしい可愛さのある顔ではなかったが、右の犬歯と上の前歯が抜けていて、笑うと愛嬌があった。
トニーはよく笑った。その笑顔でこの街に来て落ち込んでばかりいた俺を励ましてくれた。トニーには感謝をしている。いつか恩返しをしてやりたいという思いを心の底に思っていた。
トニー曰く、ここには父と母を亡くした経験などは掃いて捨てるほどあるそうだ。俺の場合、両親を無くす前に裕福な時間を過ごせたことは羨ましいことだと言っていた。
ここでは産まれた日も両親の名前も知らない子どもが多くいる。教育も受ける機会がなかった為、識字率も低い。食い物も残飯は当たり前で、それでもひもじい時はネズミや虫なども追いかけた。しかし、ネズミなどは病気を持っていることは多く、喰った後腹を壊したり、吐き続けたりすることがあったので、何も食べられない時の奥の手のようなものだった。
「お母さんってどんなもんだ? 一緒にいて良かったか?」
ある日、トニーがそう聞いてきた。
トニーは両親を知らない。物心ついた時からここで生きている。
「母さんは温かいぬくもりがあった」
「暖かい服のようなものか?」
「少し違うかな。当時は分からなかったけど、母さんと一緒にいると心の底がじわーっと温かくなるような気持ちになるんだ」
「いいなぁ」そう言ったトニーが鼻を啜りながら、抜けた歯を見せて笑った。
トニーは、この荒んだスラムにいながらも人を妬んだり、嫌ったりすることがほとんどなかった。羨むことは幾度となくあっただろうが、それは妄想に耽ることで、そういった気持ちを自分で昇華しているようだった。
ここには人が当然享受するであろう、ありふれた幸福なんてありはしない。
あるのは、幸福とも思えない僅かばかりの幸せと、鈍く感じることも少なくなった不幸だけだった。
感覚が麻痺して悲しみを悲しみとも受け取らない子どもだけが身を寄せ合うようにして生きていた。
トニー以外にも子どもは多くいる。
中には偉ぶる奴もおり、勝手に自分をリーダーだと信じ込んでいる。
元々纏まりなんかもなかった子どもたちだから、こうやって皆を引っ張ってくれる存在はいてくれると、何かと都合がいい。
自称リーダーの名前はタイガーパンチという。タイガーパンチも両親の顔を知らない。気付いた時から、このスラムにいたようだ。元々別の名前で呼ばれていたが、リーダーを名乗るのと同時に名前を改めたらしい。
名前の由来は腕力があったことと、タイガーの様に強くなりたいという単純な欲望からだった。
「トニー。その新入りはなんて名だった」
「ソーナー・ダイナスティだよ。タイガーパンチ」
「苗字持ちかよ」
タイガーパンチが舌打ちをし、そして口元だけで笑った。
「皆にはダイナスティと呼ばれている。よろしくな。タイガーパンチ」
「ああ……」
タイガーパンチが「苗字持ち」と発言したのには、理由がある。物心がつく前からここにいた子どもたちは「苗字」を持っていない。
タイガーパンチも名前がタイガーパンチで苗字を持っていない。トニーもそうだった。
皆が苗字に対して憧れと妬みにも似た感情を持っていた。ここには子どもが20人程おり、その中で苗字持ちは俺を含めて3人しかいなかった。
俺以外の二人は、字は読めるものの、外に出たがらず、このグループの中でもお荷物に近かった。
そんなことから苗字持ち(・・)は使えないと思われていた。
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この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
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