4-4
「大丈夫。俺は出て行くよ」
大人達の怯えた表情を見ていると、ふと思い出した。
――――ソーナー。胸を張れ。皆が辛い時こそ、胸を張るんだ
――――恨んじゃいけないよ。あの人たちを恨んじゃいけないよ
俺の頭をワシャワシャと撫でる父と、優しく包み込むように抱き寄せてくれる母を思い浮かべた。
みんな、悪い人じゃないんだ……。そうせざるを得ないんだ。
最後は笑って、お別れだ。
「みんなありがとうございました」
友達のトニーが走って近付いてこようとしたが、親に止められた。
もう会うことはないだろう。
さようならトニー。さようなら俺の産まれた村。
さようなら、父さん、母さん。
村を出た。不安と悲しさで一杯だったけど、笑顔で村を出た。
村区切る古ぼけた木の柵を越えると、なぜだか清々しい気分になった。
あんなボロボロの柵を越えただけなのに、俺は今、新しい人生を歩もうとしている。ということに気付いたのだ。
2つ。
2つだけ、自分に誓おう。
人が苦しい時こそ胸を張る
どんなことがあっても人を恨んじゃいけない
1歩1歩が力強く感じた。
新しい門出に自ら祝福の闊歩をした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「隊長! 隊に出立の指示をお願いします」
気が付き横を見ると、トニーがいた。
俺の故郷の村にいた友達のトニーとは似ても似つかない。
故郷にいたトニーは肌が白く、あまり笑わない子どもだった。
ギルドのトニーは肌が黒く、笑うと白い歯が良く目立つ。
トニーの手にはノーマルウコーンの赤ちゃんがいた。
「どうしたんだ。そのウコーンは。喰うのか?」
「まさか! そんな訳ないじゃないですか。親とはぐれちゃったみたいで、お腹を空かせていたので、俺の分の兵糧を少しあげていました。大丈夫です。ほんの少しですから。俺の分が減ってしまうことはありません」
「ならいいが」
「討伐戦で一緒だった皆、隊長と同じ隊で喜んでいますよ。俺も嬉しいです。だから……、いや、なんでもありません。それじゃ、俺は戻ります」
トニーは、何かを言おうとして、去って行った。ムードメーカーでもあるが、人一倍気配りもできる。そして、根が優しいのだ。
小休止も終わりらしい。
辺りは暗くなり出していた。
疲れる程の距離をまだ走ってはいないが、馬には草を食ませていた。いつ食べられるか分からないからだ。
なにせ40日かかる道を10日で走破すると言っているのだ。
本当にそんなことが可能なのだろうか。クライフの余裕の笑みも気になる。もしかすると、クライフはもう10日での行軍を諦めているのかもしれない。
だから、こんなにのんびりとした行軍なのか。
「なぜこんなに行軍スピードが遅いんだ!?」
ジャッカルさんが怒鳴るように尋ねてきた。
「俺にも分からないんですよ」
「たいした大隊長だな。お前は」
ジャッカルさんの顔は全く笑っていない。相当に機嫌が悪い。機嫌が悪い要因は俺にあるんだろうけど。
「クライフに聞いても、話してくれなくてですね」
「そう思うなら、なぜ次の手を打たない? お前が何も指示を出さないことで誰が苦労をするんだ?」
はっとして、急ぎ駆けた。
「スターキルさんに確認してきます」
ジャッカルさんと話していると息が詰まるとは口が裂けても言えない。そして何より先輩の大隊長の意見を聞いておこうとも思った。
スターキルさんの隊がいる位置まで進んだ。隊は、前方からスターキル隊、ヘヴンリー隊、ダイナスティ隊の順に行軍している。ヘヴンリー隊とダイナスティ隊の間にクライフやハンマーフォールさんたちがいる。
3隊の後方にヴァンデン・プラスが率いる輸送部隊がいるが、今は特段何も運んでいないので、3隊の行軍に付いてきている。
輸送部隊が付いて来れられているのは、3隊の行軍自体がそこまで速いものでもないことも関係しているのだろうが。
ヘヴンリー隊を追い抜き、スターキル隊の所までやってきた。
スターキル隊は想像していた通り、穏やかさとは程遠い印象だった。
皆無言で表情も変えず黙々と進んでいる。
スターキルさんは隊の後方付近にいたので、馬を寄せた。
「スターキルさん、お疲れ様です」
「ああ、ジャッカルのところの……」
そう言いかけて、スターキルさんの目が少し大きく開いた。
スターキルさんは、黒い装束を身に纏い、頭や口元にも布を巻いている。足の付け根からふくらはぎにかけてと、手首から肘の手前にかけて包帯のようなものでグルグル巻きにして黒い装束が邪魔にならないように縛っている。
身軽に動けそうな服装で、以前スターキルさんを初めて見たヒロトが「ニンジャだ!」と叫んでいた。
その「ニンジャ」というものを俺は知らないが、東の方では諜報活動や暗殺を行う者たちをそう呼ぶらしい。
「すまない。悪気はなかったのだが」
「いえ、気にしていません。ジャッカルさんが俺の下なのは俺自身が不思議に思っていますから」
「そうか」
口を覆った布を下げて、謝罪したスターキルさんが再び、布を口元にもどした。口元を隠すことで、眼と鼻の付け根ほどしか顔が出ていない状態だ。
「わざわざ俺の所へ来たのは何か用があってのことか?」
今度は布を下げずに話していた。布越しにも口が動いているようには見えなかったが、なぜか声だけはよく聞こえた。
「俺はこの行軍がなんだか不気味で。クライフは何も指示もくれないですし、教えてもくれません。スターキルさんなら何かご存知かと思いまして」
「聞いてはいない。だが……」
スターキルさんの次の言葉を待った。
「明日になるまでには判明すると思う。俺の推測が当たっていればだがな」
「推測って、どんなものですか?」
「いや、まだ確定した訳ではない。憶測を出ないものが広まるのも良くはないだろう」
確かに、スターキルさんの言う通りだ。
ふと、周りを見渡すと、スターキルさんと俺の周りを囲むように5人の兵がいた。5人ともスターキルさんと同じような装束を着ている。だが、微妙に青く濃紺の色をしている。
月が今日は明るく、月明かりだけでも走れそうだったが、各隊の前方と後方には松明を持って走るものがいた。装束の色の違いも松明のおかげで判断できた。
「同じ服装をされているんですね。この5人は」
「ああ。この5人は俺が里を出る時に一緒に付いてきた仲間だ」
聞いたことがある。スターキルさんが数百年以上前から続く諜報・暗殺を得意とした家の出自だということを。
セカンドJr.という名前も本家の二男の子どもという意味らしい。
黒装束で全身を隠しているのも全身に刃傷があるからなど、スターキルさんのそれっぽい噂は嫌という程聞いたことがある。
急に5人の内の一人が猛スピードで走り始めた。
部隊の先頭よりも先までグングンと走っていき、道沿いに生えた木に登り始めた。
「あれは何をしているんですか? スターキルさん」
「先頭の部隊だからな。斥候は出さないといけないのだが、どうにもギルドの連中はそういったことを嫌うし、訓練も受けてきていない。軍ではないからな」
確かに、言われればそうだ。斥候についてよく分からないまま行っても逆に危険が増すだけだ。
「下手に斥候を出すぐらいなら、夜目の利く俺の部下に高い所から四方を確認させることで、まぁ斥候の代わりぐらいにはなるかと思ってな」
スターキルさんが微かに笑ったように見えた。
いや、気のせいだろう。この人は笑わないらしい。これも噂ではあるが。
1-1
https://ncode.syosetu.com/n1211ff/1/"
この物語の1話目です。
是非こちらからも見て下さい。
2-1はこちらから!
https://ncode.syosetu.com/n1211ff/12/
3-1はこちらから!
https://ncode.syosetu.com/n1211ff/34/




